第40話 ゼロパーセント

 パチパチパチという拍手と共に、

「いやぁ、凄いキモいね! 人間と妖体の恋? 異類婚姻譚って奴だね、キモい!!」 と声がした。

 赤狼と桜子がその方を見ると如月が立っており、その左右に弓弦と桔梗がいた。

 拍手をしていたのは如月だった。

「弓弦、そう言うな、健気じゃないかぁ、僕はそういうの嫌いじゃないよ」

「え、如月様マジで? 僕は駄目、キモいよ。人間じゃないのと好き合うなんてさ。赤狼って本性は狼なんだろ? 桜子とベッドインする時は狼なの? 狼だから要するに犬だよね。飼い犬とエッチしちゃう感じ? うわ、マジで駄目、気持ち悪い。桜子、犬に舐められて感じちゃうんだ、キモ~~」  

 弓弦はおえっと喉の奥を鳴らした。

「頭がおかしいのか?」

 と赤狼が静かにそう言った。

「赤狼君」

 桜子が赤狼の腕を押さえたが、赤狼は桜子に優しく微笑んでその手を解いた。

「ちょっとあいつ殺してくる」

「だ、駄目よ!!」

 と慌てる桜子に、

「もしもーし、狼君? 土御門の式神は一族の人間を殺せないって事を忘れちゃったのかなぁ?」

 弓弦はまだ赤狼を挑発する。

「どんなに強くても所詮、飼い犬なんだから、大人しくご主人様には尻尾を振ってた方がいいよー? あっはっは……え、何だ……これ……」

 弓弦は自分の喉を押さえて苦しみだした。

 赤狼は何もしていない。一歩も動かず弓弦を睨みつけただけである。

「え、き、きさら……ぎさまぁ」

 喉を押さえたまま弓弦の膝が崩れて落ちた。

「やはり馬鹿なんだろうな」

 と赤狼が言い、桔梗が弓弦の側に駆け寄って身体を支えた。

「一体、どういう事? 土御門の式神は一族の人間を襲ったり出来ないはず」

「なるほどその項目を持ち出してきたのか。金の鬼を召喚して使役しようなんて馬鹿みたいに危険な事をするはずだな。土御門の式神が一族の人間を殺せないというカビの生えた契約を頼みの綱にしているわけか。俺たちですら忘れてしまっているような古い契約条件だな」

「え」

 と桔梗が顔色を変えた。

「だが俺は土御門の人間を殺せる式神なのさ。俺は前世で一度死に、土御門との契約が切れた。だから正確には土御門の式神ではなくただの野良神さ。今は桜子と契約しているが、それは個人契約だから土御門には関係ないね。俺がこの世で殺せないのは桜子一人だ。分かったか、クソ野郎ども!!」

 と赤狼が言い、弓弦の意識が途切れたのかぐったりと目を閉じた。

「如月様」

 桔梗は如月を振り返り、困ったような顔をした。

「素晴らしい!! さすがは三の位の強者だねぇ!」

 如月はまたぱちぱちと拍手をした。

「僕も君だけは敵にまわしちゃいけないって事を肝に銘じておくよ」

 と続けて如月は言ったが、少しばかりその声は震えていた。

「鬼を使役するのは諦めたほうがいいぞ、絶対に無理だ。あの鬼が承知するはずがない。人間の魂を千個ほど贄にしたところで無駄だぞ」

「やってみなければ分からない。僕は選ばれた人間だ。金の鬼も僕の式神になれば旨味はあるはずだ。千年もただぶらぶらと生きているだけよりも、僕の手先なったほうが面白い事がたくさんある」

 如月の顔はうっとりとした表情をしていた。

「漫画の読みすぎ」

 と赤狼が言った。

「何?」

「お前、金の鬼の事を漫画に出てくるような凶悪な鬼を想像してんだな?」

「違うのか?」

「違わない。凶悪で残忍、残虐で我が儘そのものだ」

「なら」

「誰かに面白い事を提供してもらわなくても自分一人で充分楽しめるって事だ。暇つぶしに目障りな人間どもなんか瞬殺だぞ」

「だったらお前達が説得しろ。金の鬼を。この僕の式神になるように」

 如月は自信満々にそう言い放った。

 赤狼と桜子は顔を見合わせた。

「ふざけるな」

「ふざけてなんかいないよ。桜子、お前は赤狼の主だろう? ではまずは赤狼に命じろ。金の鬼を僕の式神になるように説得しろ、と。でないと、人間の魂千個は鬼に渡す前に全部僕が潰すよ」

「え?」

 桜子は憤りを感じた。他人の感情などお構いなしな性質は知っていたが、自分では何もせずふんぞり返っているだけの如月に腹がたった。何の関係もない人間を千人も襲って魂を抜いておいて、まだそんな無茶を言うのか。

 如月はひゃっひゃと笑った。

「どう? いいアイデアだろ? 桜子、千人の人間を救えるかどうかは君次第だ。今すぐ赤狼に命じろ。さあ、早く!」

「桜子がそう命じて、俺がそれに従っても鬼が承知するはずがない」

「承知するまで説得するんだよ! 頭の悪い狼め! いいのか? 桜子、人間を千人も殺すのはお前だぞ? 今夜、金の鬼を召喚する。 お前達も招待するから必ず神道会館の道場へ来い。鬼を召喚したら、説得しろよ。いいな?」

 如月はそう言ってから桜子と赤狼に背中を向けた。 

 桔梗が慌ててその後ろからついて行くが、気を失った弓弦はそのまま置いてけぼりにされてしまった。

「仲間意識ゼロパーセントな奴だな」

 如月と桔梗の背中を見送ってから赤狼が言った。

「確かに」

 と桜子もうなずく。

「赤狼君、どうしよう。金の鬼を説得なんて出来るの?」

「次代が友情に目覚めてこいつを助けに来るくらいの確立かな」

「え、そんな、ゼロパーセントって事?」

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