第23話 パンケーキ

「何だったのかしら? 川姫さんが如月様から離れてるの珍しいわね。いつも如月様にべったりなのに」

 と言って桜子は川姫の飛んで行った方向を見上げたが青い空にはもう影も姿も見えない。桜子が視線を戻すと赤狼が地面から白い球を拾い上げるところだった。

「それ、何? 川姫さんが落として行ったわね?」

「こいつは人間の魂だ」

「ええ? もしかして佐山先生の? どうして川姫さんが……」

 桜子は赤狼を見上げた。

「主から預かってた物を落としていくとは間抜けにもほどがあるな」

「主って、じゃあ、如月様が先生達の魂を抜いたの?」

「そうだろうな。本家の蔵の中には門外不出の術がたくさんある。如月の霊能力の高さならば成功する術もあるだろう」

「何故? 人間の魂を抜く目的は何?」

「さあ……な」

 と赤狼は鈍い返事をした。

「これ、先生の魂か一緒にいた男の子の魂なのか分かる?」

「亀なら見分けがつくだろ」

「紫亀先生? じゃあ、見てもらおうよ」

 桜子がまた校舎の方へ方向を変えたので赤狼は不服そうな顔で、

「パンケーキ」

 と言った。

「え? パンケーキ? そんな事言ってる場合じゃないでしょ」

「嘘つき女」

 この間桜子は赤狼に命を救ってもらったわけだが、その礼を聞くと甘い物が食べたいと言われたので、今日の放課後はパンケーキを食べに行く途中だったのだが。

「紫亀先生に見てもらってからでも遅くないでしょ? カフェは八時頃まで開いてるもの」

「……」

「何よ、そんなにパンケーキ食べたかったの? あ、そうだ、じゃあ、テイクアウトで紫亀先生にも買って行こうよ! ね」

 良いアイデアだ、とばかりに桜子はカフェのある居住区の方へ歩き出した。


「うっひょ~~マジで、おごり? 桜子ちゃん、ありがとうなぁ」

 社会科準備室にパンケーキ持参で訪ねていくと紫亀はやはり暢気そうに茶をすすっていた。

「うわぁ、嬉しいわ。甘いモンなんか何年ぶりやろ」

 二枚重ねのパンケーキに生クリーム、あんこのトッピングを渡された紫亀は嬉しそうにプラスチックのナイフとフォークを持った。

「あ、赤狼のは何や? チョコバナナか! また美味そうやな!」

 テンションの高い紫亀に反して赤狼はふてくされたような顔をしていたが、

「待て、喰う前にこれを視ろ」

 と白い球を紫亀の方へ差し出した。

「なんやぁ……興ざめやなぁ。パンケーキが冷めてまうやろ……」

 と言いながらも紫亀は白い球を手に持ってそれを視た。

「これ、どうしたんや? 佐山先生の魂やんけ」

「そうなんですか?」

「ああ、そやで」

 と言いながら紫亀はすでにパンケーキを切り分け、口をもぐもぐと動かしている。

「川姫さんが落として行ったんです」

「へ? 川姫って次代のあれか?」

「ええ」

 会話は紫亀と桜子に任せて赤狼は自分のパンケーキが入ったプラスチックの容器の蓋を開けた。まだ暖かく、ふわぁっと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 今、赤い狼に変化すればふさふさした赤い尾がゆっさゆっさと揺れているに違いないが、赤狼はクールを気取って何気ない風にパンケーキを食べ始めた。

 妖は全般的に甘い物が好きである。

 人間を喰らう怪異でさえ人体は甘くて美味いと称する。

 年を取った人間よりも乳だけ与えられた赤ん坊の方が甘くて美味いのだ。

「ほな、魂を抜いたのは如月か。あの場で佐山先生がネズミ男に襲われてるのを助けもせずに魂だけ横取りか。たいした次代様やな」

 呆れたように言う紫亀のパンケーキの容器はもう空っぽだ。

「ちょっとばかり調べたんやけどなぁ。魂を抜かれたが原因で意識不明になった人間があちこちにいてるみたいやで。もちろん人間の医者なんかに魂が抜かれてるなんて事は分からへんからただの奇病や」

「これ、佐山先生に戻せないんですか?」

「うーん。これは……なあ、赤狼」

 紫亀は言いにくそうに赤狼を見た。

 赤狼は最後の一切れを口に入れた瞬間だったので、フォークをくわえたまま桜子と紫亀の方を見た。

「ん?」

「なんや、それ可愛いアピールか。イケメンに変身してからに」

「変身しなくてもイケメンだし、俺」

「あーあーそうですか。で? これを佐山先生に戻す手立ては? わしには一つしか思いつかん」

 赤狼はフォークをくわえたまま腕組みをした。

「何? そんなに難しいの? そうよね、魂を抜くのだって門外不出の術なんでしょう? 戻すのはもっと難しいのね?」

 と桜子が心配そうに言った。

「そうでもない」

「え……」

「つまり、だ。術を解くのは簡単だ。術者を倒すだけの話さ」

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