第757話 花の都フローリス

「バカな……」


 崩れ去り消えていく『兵器』に、大きく身体を震わせる黒仮面のリーダー。


「都市を落とすほどの『兵器』を、冒険者ごときが破壊するなど……」


 その衝撃に、思わずヒザを突く。

 もはや前後不覚となった黒仮面リーダーは転移宝珠を取り出すと、そのままどこかへと消えていった。


「お疲れさま。本当にまもりの防御がこの街を守った形になったわね」

「い、いえいえいえっ! みみみ皆さんがいてくれたからですっ! 私なんか全然ダメージも取れてないですし……っ!」

「直撃を受けての大ダメージという形は、ほぼありませんでしたね」


 残りHPが16のツバメも、思い返してみれば必殺技級の攻撃は受けていない。


「まもりちゃんのおかげだよーっ」


 恐縮するまもりに、メイも尻尾を振って歓喜の声を上げた。


「おお……」

「終わったのか?」


 するとそこに、ビルダ老人とエンリケがやってきた。


「もうあの変な装置もねえし、兵士たちもいない……」

「そうか……終わったのじゃな」


 ビルダ老人は、フローリスを眺めながら大きく息をつく。


「ありがとう。まだ少し、毒素や壊れた建物は残っているが、今度こそ種をまけそうじゃな」


 そう言ってビルダ老人が笑うと――。


「おいじいさん! あれを見ろ!」


 エンリケが驚きの声を上げる。

 見ればこちらに向かってやって来るのは、避難していた街の住人たち。


「じいさんとエンリケが何かしてるって聞いて、来てみたんだが……」

「街が……こんなに直ってるなんて」

「まさかこれ、じいさんとエンリケがやったのか?」

「ワシとエンリケと、強き冒険者たち……じゃな」

「俺たちにも何か手伝わせてくれ! 街を復活させるんだろう!?」

「ああ、もちろんじゃ」


 笑顔で応えるビルダ老人。

 持ち込んでいた花の種を渡すと住人たちは走り出し、すぐに各所の修復作業を始める。

 水宝珠を使った毒素の洗い流し、エンリケの錬金術のための素材運搬。

 まるで街の大掃除のような光景は活気があり、メイたちも笑みをこぼす。


「……君たちはフリーロスを救った、我らの英雄じゃ」

「ああ、その通りだな……そうだ! 街が輝きを取り戻したら、デカい銅版画を教会に飾ろう!」

「そ、そそそ【装備変更】っ!」


 メイ、大慌てでうっかり【野生回帰】状態だった装備を通常のものに戻す。


「レンちゃん……間に合ったと思う?」

「どう、かしら」


 もし銅版画が、この会話が行われた時の装備だったらと、冷や汗を拭うメイ。

 レンも大慌てで、使わなかった眼帯と包帯を取り去った。


「もう、これも要らんな……!」


 ビルダじいさんはそう言って、長らく張っていた天幕を取っ払う。


「……おお」


 そしてその中にあった小さなプランターから、一つの芽が出ていることに気づいた。


「フローリスはこれから花の街に戻ってくのじゃろう。またその時、見に来てくれ。すぐにでも美しい街の姿を見てもらいたいのじゃが……こればかりはな」


 街の改修が終わり、種をまき終わる。

 だがさすがに、まいてすぐ花が咲くというわけにはいかない。

 どうやら花の都に戻るには、時間の経過が必要になるようだ。

 そして花が満開になった時にまた、最後の物語が進むのだろう。

 そうなれば自然とレンたち、そして【密林の巫女】の存在を知っている掲示板組は、メイに目を向ける。


「いいのかな?」


 気づいたメイが、首と尻尾を傾げる。


「いいんじゃない?」

「いいと思います」

「わ、私も、見たいです」

「そういうことなら、おまかせくださいっ!」


 一斉にうなずく観客たち。

 皆の期待の視線を受け、メイは軽やかに走り出す。


「それではいきますっ! ――――大きくなーれっ!」


 右手を上げながら【密林の巫女】を発動して一回転。

 すると街角の一帯に、パパパパッと花が咲く。


「「「おおっ!」」」


 一気に華やぐ光景に、思わずあがる歓声。


「大きくなーれっ!」


 左手を上げれば、民家に並んだプランターの全てに一斉に花が咲く。


「すげえ……」

「もっともっと! 大きくなーれっ!」


 街中で踊るようにしながら、メイは両手を広げてくるくるまわる。

 その姿に、誰もが見惚れてしまう。

 メイが行く先行く先、両手を上げればみるみる花が咲いていく。

 大通りを、公園を、店を、色とりどりの花が覆い、フローリスはかつての美しい姿を取り戻していく。


「【ラビットジャンプ】!」


 そして最後、メイは教会の鐘の上に登って大きく手を上げる。


「――――大きくなーあれっ!!」


 するとシンプルな見た目の教会も、あっという間に花に包まれた。

 フローリスにしかない、花の教会のでき上がりだ。


「すごい……」

「これは……ちょっとすごすぎないか」

「……すごいぽよ」

「120%のすごさだ……」


 掲示板組、いよいよ語彙が「すごい」しかなくなる。

 いつもは中二病を決め込んでいる黒少女に至っては「……しゅごい」と、発音が怪しくなる始末。

 色づいていく街の光景はあまりに見事で、そして震えるほどに美しい。


「前より、花やかかも……」


 まもりも思わず、見惚れてしまう。

 花の都フローリスはかつてよりさらに花の数を増し、『星屑で一番美しい街』を取り戻したのだった。


「女神さまが遣わした奇跡かもしれんの……君たちのような英雄が、潰れかけのこの街に来てくれたのは」


 街を花が覆えば、物語は再び動き出す。

 そう言ってビルダ老人は、自らの命を助けたミッションのお礼の品をメイに差し出す。


「フローリスの枯れない花で作った、花冠じゃ」


 色とりどりの花で作られた美しい装飾品。

 これを受け取ったメイは、まもりの方に振り返った。


「これは、まもりちゃんに付けて欲しいな」

「…………え、ええっ?」

「いいわね」

「いいと思います」


 長らく住んでいたフローリスを復活させるために、長いプレイヤー生活の中で初めて組んだパーティ。

 いつかの日のために磨き続けた盾の技は確かに、この街を救う一役を担った。

 そしてすでに、メイの頭には『耳』がある。


「い、いいのでしょうか……」

「もちろんだよっ」


 自信なさそうにするまもり。

 メイは一歩前に出ると、そっと花冠を差し出した。


「こんなに綺麗な街が見られたのは、まもりちゃんのおかげだよ」


 そしてそのまま、まもりの頭の上にそっと乗せる。


「一緒に冒険できて、すっごく楽しかった」


 そう言って、メイがほほ笑む。

 思わず、涙目でほほ笑み返すまもり。

 レンもツバメも、笑みを浮かべて二人を見守る。

 そんな美しい光景を前に、ついに掲示板連中が――――浄化されて消えた。

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