第416話 広報誌と星城家

「ただいま……っと」


 可憐は玄関に入ったところで、買い物袋を手にしたまま息をつく。


「あ、また服を見るの忘れてた……」


『星屑』のために、学校と自宅を往復するばかりの生活をしている可憐。

 メイに「おいしくて、レンちゃんっぽい」ということで勧められた期間限定クッキー『ブラックムーン』はしっかり買ってきたのに、足りてない私服は買い忘れる。

 まだしばらくは、制服を私服としても使うことになりそうだ。


「…………」


 そして手にしたのは、新刊の広報誌。

 思わず、ゴクリとノドが鳴る。

 可憐は恐る恐る、その表紙に目を向けていく。


「っ!」


 そこを飾っていたのは、ローブ姿で動物たちと戯れるメイの姿。


「よかった……これはいい表紙ね」


 しれっと含まれたコカトリスの存在によって、ローブと魔獣の組み合わせが魔法学校の世界観をよく表現している。

 その中身は、皆が楽しそうにしている姿ばかり。

 可憐自身も、ホウキレース時のカッコいい一枚が使われていた。

 これには安堵の息をつく。


「メイが青バラの【コメットストライク】を撃ち返した瞬間は、ふふ、メイらしくていいわね。決闘クエストのツバメも、ちょっとボケてるけど格好よく映ってるし……メルーナが案内役のような立ち位置でちょくちょく出てるのなんて、すごくいい構成だわ」


 オレンジマフラー姿のメルーナは、どのページでもすごく楽しそうだ。

 クインフォードの冒険を思い出して、自然と笑みを浮かべる。


「……可憐姉」


 するとそこにやって来たのは、妹の香菜。

 なぜか、怪訝そうな顔をしている。


「なによ、ビクビクしちゃって」

「これ……なに?」


 そう言って香菜が突きつけてきたのは、一冊の本。

 その表紙を見た可憐は、思わず目を見開く。


「な、な、何よこれぇぇぇぇぇぇ――――っ!?」

「それはこっちのセリフなんだけど……」


 その本は、『星屑』広報誌の増刊号。

『クインフォード特別号』と銘打たれた一冊だった。

 今回のメイたちの冒険は取れ高がすさまじく、魔法学校の紹介を兼ねた特別増刊号まで作成されたようだ。


「あの世界観だし、一冊で終えるのはもったいなかったんでしょうけど……!」


 昼の特集になっている広報誌の表紙は、誰もが目を引かれる魔法世界のメイ。

 そして夜の特集となっている特別増刊号の表紙は――――儀式真っ最中のレンだった。

 輝く魔法陣の上で手を掲げ、今まさに悪魔召喚を成し遂げようとしてるレンの姿は、【宵闇の包帯】もあって雰囲気が段違いだ。


「まさかのこの瞬間が……別冊号の表紙になるなんて……っ!」


 安堵、一転して白目。

 昼のメイ、夜のレン。

 その対比によって、魔法学校の魅力がこれでもかと引き立った形だ。

 今回はPVで一気にその名を知られることになったメイや、クインフォードの世界観の凄さもあり、頒布数は過去最高レベルになっている。

 増刊号の中身も、天井を蹴って落ちてきたツバメや、メルーナの『スターダスト』、アーデンバルドを翻弄するメイの姿もしっかり収録されていて、出来栄えは文句なし。

 そしてレンに至っては三人がかりの【コレクト】はもちろん、ベルゼブブ戦で包帯を外した瞬間や、魔法獅子戦でゼロ距離魔法攻撃を決めた瞬間など、見事な『闇の使徒』チョイスがされていた。


「メイちゃんが見たくて情報を追ってたんだけど、悪魔を召喚してるところの動画もあったよ。可憐姉の……全力のやつ」

「あれはそういうクエストだから仕方なく! って、動画まであがってるの!?」


 その情報に、可憐は愕然とする。

 レンの召喚はクエストの手本になる動画として公開されて、すでにとんでもない再生数になっている。

 そしてこの後さらにベルゼブブ戦の公式アーカイブ化が運営から依頼されることを、可憐はまだ知らない。


「……可憐姉」

「な、なに……?」

「まさか……また儀式を始めるの?」

「始めないわよ!」

「…………」


 香菜、明らかに信用してない目で姉を見る。


「それなら、その鶏肉はなに? 生贄じゃないの?」

「これは頼まれて買ってきた鶏もも肉よ! こんなのが儀式の中心に置かれてたらおかしいでしょ!?」

「何がおかしいのかなんて、分からないもん」

「うぐっ……て、ちょっとどこに行くの?」


 そんな姉妹の横を通り過ぎて行くのは、母。


「ご近所さんに、先に謝りに行かないといけないでしょう?」

「だからやらないっての!」


 すぐにその腕をつかんで引き留める。


「そもそも、やってもいないのに謝りに行くのもおかしな話じゃない」

「そんなことないよ。ちょっと前は今夜辺りやりそうだなって時に、先に謝りに行ってたから問題にならなかったんだよ?」

「ああいう年頃だからぁ、妖しい儀式とかにハマっちゃってるみたいなんですぅって」

「ぎ、儀式のことまで説明してたの!?」


 告げられる驚愕の事実。

 そう言われて、可憐は不意に思い出す。

 全力で召喚儀式を行っていた、中二病最盛期。

 外出時に出会った近所の住人たちが、妙に優しかったことに。


「……っ!」


 一瞬で、顔が真っ赤になる。

 隣のおばさんの笑顔も、向かいの老夫婦の穏やかな笑みも、後ろ隣の大学生の爽やかな笑いも全て『わかってるよ』の意味だった。

『あるよね……そういう時期』という笑顔だったのだ。

 走り出した可憐はそのまま、自分の部屋へと駆け込んだ。

 そしてそのままベッドに飛び込み、枕に顔を押し付ける。


「こ、こんなの、明日からどんな顔して街を歩けばいいのよーっ!」


 枕を抱きしめたままゴロゴロ転がって、散々足をバタバタさせた後、動かなくなる。


「…………こう、なったら!」


 そして現実逃避のために手を伸ばしたのは、『星屑』のヘッドギアだった。

 現実逃避先は、やはりゲーム。

 星城可憐、どれだけ恥ずかしくてもそこはブレない。

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