第106話 オカルトから機械へ

「【スティール】」


 驚異的な速度を見せる剣閃を、見事に回避していく【裸足の女神】状態のメイ。


「【スティール】【スティール】【スティール】」


 メイがしっかりと妖怪侍の攻撃を引き付けているため、下手に魔法を撃てないレンはじっと観戦モード。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】」


 そんな中、ひたすら3時間【スティール】を続けたツバメ。


「本当に……盗めるのでしょうか」


 ついに、クエスト自体に疑問を抱き始める。


「大丈夫よ、そういうクエストなんだから」


 刀を鞘に納める妖怪侍。

 次の瞬間、十字のライトエフェクトが走る。


「きたっ!」


 その技は四連からの二連、さらに三連という凄まじい連続抜刀攻撃。


「【バンビステップ】! からの右左右っ!」


 高速の斬撃を、裸足のメイは踊るような動きで潜り抜ける。

 一発で樹を斬り落とすほどの斬撃にも、もう慌てることはない。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【加速】で退避……レンさん」

「なに?」

「もしかして……バグなのでは……?」

「いよいよゲーム自体に疑問を抱き出してる……っ」


 不測の事態を本気で信じ出す、切羽詰まったツバメ。

 それからさらに――――スティール1278回。


「ツバメ、確率物の耐久は精神にくるものよ。とにかく落ち着いてね?」

「……いい手があります」

「どうしたの?」

「一度部屋の四隅に盛り塩をしてきてもいいですか? それによって悪い運気が消滅するはずです」

「も、もう妖怪侍なんかより、ツバメの方がオカルトじゃない……っ!」


 さすがにツッコミを入れずにはいられないレン。


「……見えてきたかも」


 そんな中、メイがつぶやいた。

 妖怪侍が放つのは、驚異的な速度の居合術。


「右右左、右左」


 ついにメイは、妖怪侍の『手の動き』で次に来る剣筋が分かるようになっていた。


「みぎみぎひだーり。くるっと回って、とっつげきー! ……みぎまえうしろ、いっかいしゃがんで、とっつげきー!」


 その動きはパリィを使ったリズムゲームのようだ。しかし。


「……あ、あの技は――ッ!!」


 僧兵が、驚愕と共に叫ぶ。

 駆け抜けるライトエフェクト。

 それは超高速の四連撃を、三度に渡って放つ妖怪侍の奥義だ。


「懐かしいなぁ……この感じ」


 走り出す緊張感の中、メイは遠くジャングルを思い出す。

 ゴールデンリザードに向き合い続けた日々のことを。

 最初の四連は【バンビステップ】で回避しつつ、技の軌道を確認。

 次の四連撃は足を止め、身体の動きのみで全弾回避。

 続けて迫る、軌道を変えた連撃も小さな跳躍を使ってやり過ごす。

 そして最後、一瞬遅らせて放たれる全力の一撃は――。


「……一歩半かな!」


 しっかり引き付けたところで、宣言通り一歩半ほど足を後退。

 地を割るほど強烈な振り下ろしを、5センチのところでかわしてみせた。

 メイ、妖怪侍を完全捕捉。


「スティールスティールスティール。後方へ加速して、また距離をつめてスティール」


 その時ツバメは、白目をむいていた。


「スティールスティールスティール。後方へ加速して、また距離をつめてスティール」


 念仏のように、ただスキルを繰り返す。


「スティールスティールス……ティールスティールスティールス……」

「は、早く盗ませてあげてーっ! ツバメがおかしくなっちゃう!」


 いよいよスティールを続けるだけに機械なったツバメに、悲鳴をあげるレン。

 どうやらツバメには、耐久プレイへの耐性があまりないらしい。


「……レンさん」

「な、なに?」

「皆さんと一緒に、妖刀……手に入れたいです」

「ツバメちゃん! わたしならまだまだ大丈夫だよっ!」

「……メイさん」


 いよいよ、視線を外しながらでもリズムで回避できるようになったメイ。

 無表情のまま【スティール】を続けるツバメ。

 もうこんな空気なのに、まだ緊張感をみなぎらせている僧兵NPC。


「私の頭の方が、先におかしくなりそう……」


 奇妙な空間に、レンは頭を抱えたのだった。


「――――【スティール】」


 続く強奪作業は、さらに1時間。

 突然、ライトエフェクトが弾けた。

 それは成功の証明。

 ツバメの手に、妖刀が収まった。


「あ……ああ……ああああああ――っ!!」


 ツバメが、歓喜と狂乱に崩れ落ちる。


「来たああああーっ!! 【連続魔法】【ファイアボルト】! メイ、今よっ!」

「え? あ、はいっ! 【ソードバッシュ】! からの【ソードバッシュ】!」


 レンの放った魔法を妖怪侍が斬り払っている隙を突き、メイが跳び込んで放つ一撃。

 返す刃までしっかり叩き込んだところで、妖怪侍は煙のように消え去った。


「やったねツバメちゃん!」


 すぐにツバメのところへ駆けつけるメイ。


「メイさん、レンさん……やりました……っ」

「よくがんばったわね」


 レンがそっと肩に手を乗せると、ツバメはその顔を上げた。


「私にも……私にも……修学旅行のいい思い出ができました……っ」


 妖刀を手に、歓喜の笑みを浮かべるツバメ。


「……このクエストって、そんな話だったっけ?」


 抱き合うメイとツバメを尻目に、レンは首を傾げたのだった。


「うむ、見事だ!」


 僧兵は受け取った妖刀をうっとりと見つめた後、懐から一冊の本を取り出す。



【四連剣舞】:四連続の高速斬撃を放つ。武器の属性効果や状態異常も添付される。



「ツバメ! これ、かなり良さそうなスキルじゃない! やったわね!」

「……ありがとう……ございますっ」


 ツバメはうれしそうに、スキルブックをギュッと強く抱きしめた。

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