第56話 出遅れた人たち【改稿しました】

りんとが莉奈と事務所で合流した時刻はもう月が天高く昇っていたころだったため、ゆうきの家に行くのは明日に決め、仮眠をとる二人だった。


そして次の日。



 太陽が頭上に上がった時、二人はゆうきの家に到着した。インターホンを押すが反応がなかったので仕方なく手持ちのカードキーで家に入ったが、そこには誰もいなかった。


「やっぱり遅かった!草薙が昨日は連絡取れていたって言っていたから...まだそう遠くまで行っていないはずだ!探すぞ!」


こうして二人は家と外を探しに行くのだった。




一方その頃ゆうきは....






三時間目が終わり、休み時間。




ゆうき「今回の数学は少し難しかったね~」




昌「少しって、結構むずかったぞ?」




ゆうき「そ、そうかな?」




昌「賢いゆうきには簡単だったってことかぁ」




ゆうき「そんなに賢くなんてないからね!?あ、次が終わればお昼じゃん」




昌「また少し弁当を恵んでください」




ゆうき「も~しょうがないなぁ」






日付で動いている二人は曜日感覚が薄いので気が付かなかったが、今日は平日である。もちろん、学校があるのだ。

自分を探して二人の大人が走り回っていることに知る余地もないゆうきはいつも通りの学校生活を送るのだった。




◇◇


気が付くと辺りは茜色に染まり一日の終わりを告げる風景へと変わる。


「少し買いすぎちゃったかなぁ」


いつもより膨れた買い物袋をもって帰路をたどるゆうき。


今日の夜ごはんは何にしよう。そんなことを考えているゆうきにはいつも通り家路を急ぐのだった。



◇◇◇



「ただいま~って!?」


疲れとともに帰宅したゆうきは一瞬で全身が強張る。いつも閉めているはずの部屋の扉が開いているのだ。それだけならまだ閉め忘れを考えるが、全ての扉が開いていて、しまいにはクローゼットまで開け放たれている。お姉ちゃんは今週は大学の関係で来れないと言っていたし、父さんは出張で県外。


冷や汗を感じながらゆうきは電話を構えてゆっくりとリビングに向かう。




そこには横たわっている黒い影。


固唾をのんで恐る恐る近づく。


「すやぁ~」


「え?」


横たわっているのは同じ事務所の先輩である莉奈だったのだ。しかも寝ている。


「え?どうしてここに!?なんで寝て...」


状況が呑み込めず混乱しているゆうきにもう一つ音が聞こえた。


「はぁ...」


男の声だった。今度こそ不審者だ!そう思ったゆうきはスマホを構え直し声のした方に体を向ける。


「りな~やっぱりみつから...なかっ...た?」


「え?父さん?」


出張でいないはずの父さんがいるということは置いておいて、ひとまず見知った人で安心したのは付かぬ間父さんがボクを抱きしめた。


「よかった!よかった!!」


「え!?ちょ...父さん!?ええ??」


「なんのさわぎって....!ゆうきくーん!!よかったぁ!!!」


「え!?莉奈さん!?えええ!?」




いきなりのことに驚いていると、この騒ぎで起きた莉奈が今度は後ろから抱き着いてきた。



二人が落ち着くまで少し時間がかかったことは言うまでもないだろう。



二人の言い分を簡単にまとめると...

 ・完全に”重なった”と勘違いしていた

 ・今日が平日で学校があることを忘れてボクを探しに来た。

 ・どこにもいなかったから、隠れていると考えて家中の扉を開けまくった。

 ・外まで探しに行ったがいないかったので帰ってきた。


「大体こんな感じでいいかな?」


「あ、ああ、そうだ」


”なぜか”正座をしてるりんとが答える。


「心配してくれるのはうれしいけど...何で最初に電話しなかったのかなぁ」


「う゛っ!...まったくもってその通りです....」


更に縮こまるりんとを見かねた莉奈が話題をそらす。


「まあ、お説教は後にして...くーちゃんから重なりかけてるって聞いてたんだけど...」


「えっと...その”重なる”って何です?」


「ああそれはだな」


りんとは過去の体験をもとに重なるということを説明した。


一種のロールプレイであった【円】が素の自分【りんと】と同じような存在になってしまうこと。

【円】の状態だと自己催眠のようになるため、より危険だということ。

【円】としての自分と【りんと】が重なったように感じるので”重なる”と表現していたことを話した。


「えっと、そのことは...難しいんですけど...」


「いまはどうなんだ?」


説明を聞いたうえで悩むゆうきに食い入るように聞くりんと。それにこたえたいのは山々だが、ゆうきはうまく言葉が纏まらないようで悩む。


「うまく言えているかはわからないけど、【ボク】は【ボク】であって【ボク】じゃない」


「それは!」


危惧していた発言が出たことでりんとはあせる。だけどゆうきは言葉を続けた。


「それでも、【ボク】だから。意識したら変われるけど、ゆいはただのロールプレイじゃなくてボクの一部になっただけだよ...というよりも、元々ボクだったっていうのが正しいんだけどね」


「えっと?どう言うこと?」


いまいち理解できていない様子の莉奈とは対照的に納得した様子を見せるりんと。


「...そういう、ことだったのか」


「え?りんとはどういうことかわかったの!?」


「ああ、つまりはだな...」


ややあって、【彼】は答えた


『こういうことですよ』


「!?あ、ああ...色々言いたいことはあるけど...おかえり!マスター!」


一瞬瞳を潤ませた莉奈だったがすぐに満面の笑みに変わり、りんとにそう言った。




この時、りんとの心になにがあったかはわからない。だが、一つ言えるとするならば円が帰ってきたということだけだ。






またセカプロがVtuber界隈に激震が走らせるはもう少し先のお話。




そして、ゆうき自身にも大きな変化が起きようとしているのはまだ誰も気がついていない。

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