第51話 出会い

 次々と流れていく巨大なトレーラーの群れ。それを縫うようにして誠は公用車を運転する。


 まだ10時を過ぎたところと言う微妙な時間帯。営業車が一斉に出かけるのか工場の正門にはそれなりの車の列ができていた。誠はとりあえずそのまま産業道路と呼ばれる工業地帯に向かう営業車とは反対側にハンドルを切り、豊川の駅に車を走らせた。


 豊川市は同盟成立以降の好景気の影響による再開発が始まったばかりで工事中の看板が目立つ。誠はいつものカウラの運転を思い出し、裏路地を通って駅へと向かう。


 気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区である。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手をふさがれて、どうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。


 誠はすぐに二人の女性士官の姿を見つけることができた。相手も誠の司法局の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。


「貴官が遼州同盟司法局実働部隊所属、神前誠曹長だな」 


 甲武海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。誠の嵯峨かえでの印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の西園寺かなめとは一つ違い、従姉妹の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜と同い年になるわけだが、その脱色した金髪は姉のかなめよりもむしろ従姉妹の茜に似て落ち着いた雰囲気が感じられた。


「かえで様、彼があの神前曹長なんですか?」 


 青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。


「何と言いますか……この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」 


「思い人?」 


 誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。西園寺の姫様と聞いて誠はかなめのことを思い出した。たしかに嫌われてはいないようだとは思っていたが、そう言う関係じゃないと思っていた。しかも目の前にいるのはかなめの妹で嵯峨家の当主とその家臣である。万が一だがかなめがそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。


「あ、あのー日野少佐……」 


 自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。


「どうした?養父上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。かえででいい。あれが迎えの車か?」 


 さすがに甲武四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。


「あのー……かえでさん?」 


 誠の声にかえでは怪訝そうな表情で振り向く。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。


「うん、なかなか気がつくな」 


 そう言うとかえではそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。


「荷物少ないんですね」 


 誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。


「屋敷に生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」 


 ハッチを閉めながらかえでが不審そうな瞳を誠に向ける。


「それじゃあ……」 


 誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、かえでの手がそれを止めた。


「別にリムジンに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」 


 そう言って初めてかえでの顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。


「それじゃあやってくれ」 


 運転席でシートベルトを締める誠にかえでが声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺要大尉はじっと誠をにらみつけている。


『なんだか怖いよ』 


 冷や汗が誠の額を伝う。


 駅のロータリーを抜け、そのまま商店街裏のわき道に入る。ちらちらと誠はバックミラーを見てみるが、そこでは黙って誠を見つめるかえでの姿が映し出されていた。まるで会話が始まるような雰囲気ではない。しかもかえでも連れの大尉も話をするようなそぶりも見せない。


 沈黙に押し切られるように誠はそのまま住宅街の抜け道に車を走らせた。


 商業高校の脇を抜けても、産業道路に割り込む道で5分も待たされても、菱川重工豊川の工場の入り口で警備員に止められても、かえで達は一言もしゃべらずに誠を見つめていた。


「あの、僕は何か失礼なことをしましたか?」 


 大型トレーラーが戦闘機の翼を搬出する作業を始めて車が止められたとき、誠は恐る恐る振り向いてそうたずねた。


「なぜそう思う?」 


 逆にそう言うかえでに、誠はただ照れ笑いを浮かべながら正面を向くしかなかった。とりあえず怒っているわけではない、それが確認できただけでも儲けものだと自分を慰めながら司法局実働部隊のゲートに差し掛かる。


「おう、ご苦労さん」 


 当番の技術部の兵士に声をかけられて誠は助かったとばかりに視線を上げる。誠の表情が明らかに疲れているのを見て当番の兵士は後部座席をのぞき込むが、そこに少佐の階級章の士官が乗っているのを見てなんとなく納得したような顔をしてゲートを開いた。そしてロータリーを抜け、正面玄関に誠は車を止めた。


「すまないが案内をしてもらえないだろうか?」 


 車から降りるとかえではそう言いながら自分で荷物を下ろし始めた。


「僕はこの車を……」 


「わかっている。僕達はここで待っているから」 


 そう言うとかえで達は正面玄関に降り立った。誠はそのまま車を公用車の車庫に乗り付ける。


「なんだか……不思議な雰囲気の人だな……」 


 そう言いながら誠は公用車のキーを箱に戻した。誠は苦笑いを浮かべながらかえで達の下へと走り出した。

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