祝杯

第45話 勝利と酒

 司法局実働部隊運用艦である高速巡洋艦『ふさ』はバルキスタン内陸の荒涼とした山岳地帯上空を北上していた。眼下には誠の攻撃で意識を失うか全身麻痺の症状を起こしている政府軍、反政府軍、そして難民達が時が止まったように動かないでいるのが見える。そしてその救援の為に派遣された同盟加盟国の軍や警察、医療機関スタッフの車両走り回る様を見ることが出来た。


 誠は一人格納庫の小さな窓から自分が発した非破壊兵器の威力には恐ろしさと戦闘を未然に防いだという誇りを共に感じながらたたずんでいた。艦の整備班員達は焼酎を回し飲みし、戦勝気分を味わっているが誠にはその輪に入る勇気が無かった。


「おい、ビールくらい飲むだろ?」 


 かなめはパイロットスーツの上をはだけてアンダースーツを見せるようにして、手にしたビールの缶を誠に渡した。誠はそれを受け取りながらダークグリーンの作業服の襟を整える。


「これだけの地域の制圧を一人でやったんですね」 


 艦船の他国上空での運行にかかわる条約の遵守の為に低速で飛行している『高雄』だが、すでに07式を回収した地点からは30分も同じような光景が眼下に繰り広げられている。上空を行く『ふさ』に手を振る兵士の姿が見えた。


「それだけたいした力を見せ付けたってことよ」 


 アメリアの声が聞こえて誠は振り返った。そこにはパーラと二人でよたよたとクーラーボックスを運んでくる紺色の長い髪の女性、アメリアの姿が見えた。


「おっ、気が利くじゃねえか。ビールか? それ」 


 かなめの手にはすでにウォッカの瓶が握られている。アメリアはかなめを見つめながらにやりと笑うと格納庫の床に置いたそのクーラーボックスを開く。中には氷と缶ビールが並んでいる。


「どうぞ、どんどん取ってよ。あちらもかなり気分良くなっているみたいだしね」 


 アメリアが振り向いたので、かなめと誠はそちらに視線を走らせる。そこではほとんど飲み比べという勢いで酒を消費している整備班員の姿があった。


「じゃあ私も飲もうかな。疲れたしな」 


「え!」


 突然のカウラの言葉に誠は声を上げていた。


「そんなに驚かなくても良いじゃないか」 


 そう言うと珍しくカウラが自分から缶ビールに手を伸ばす姿が見えた。


「オメエはできれば飲まない方向でいてくれると助かるんだけどな……月島屋の帰りとかに」 


 ウォッカをラッパ飲みしながらかなめがいつものように皮肉を飛ばす。いつもの月島屋での騒ぎを思い出しているようで特徴的なタレ目がきらきら輝いている。


「運転代行を頼めばいいだけだろ?」 


 カウラはそう言うと缶を開ける。先ほどのアメリアとパーラが運んできた時の振動で震えていたのかビールの泡が吹き出し格納庫の床に広がる。


「おいおい、慣れねえことするから、神前!雑巾取って来い!」 


 酔ったかなめの言葉に誠はため息をつきながら立ち上がった。


「いいわよ、神前君。私が持ってくるから。アメリアも一緒に飲んでて」 


 そう言うとパーラが居住ブロックに駆け出していく。


「いい奴だよな、あいつ」 


「そうね。本当にいい娘よ」 


「それにしちゃあお前さんは色々押し付けるんだな、面倒ごとを」


「世話好きなパーラだもの……生きがいを与えてあげてるのよ」 


 かなめとアメリアのやりあいを聞きながら誠は味わうようにして瓶ビールを飲み干した。


「そこの三人!来い!」 


 叫び声に振り向いたかなめと誠にランが手を振る。


「そうだな、ヒーロー!」 


 かなめは誠の肩に手を回そうとするが、その手をアメリアが払いのける。


「何をしようとしていたのかしら?もしかしたら誠ちゃんと肩を組んで……」 


「な、な、何言ってんだ!誰がこんなへたれと肩を組んでキスをしたりするもんか!」 


 そこまで言ったところでかなめに視線が集まる。技術部の酒盛りを目の前に仕事を続けている隊員達の視線がかなめに集中する。


「……誰もキスするなんて言ってないわよ」 


 アメリアの言葉が止めを刺してかなめが頬を赤らめて黙り込む。


「ビールがうまいな」 


 突然、場を読まずにカウラがそう言った。かなめは誠から離れてカウラの肩に手をやる。


「うまいだろ?仕事のあとの酒は。オメエは飲まないだけで飲もうと思えばパーラぐらいは飲めるはずなんだから。さあぐっとやれ!」 


「あからさまに話をそらそうとしているわけね……じゃあ」 


 そう言うとアメリアが誠の肩にしなだれかかる。その光景に口笛を吹いたり手を叩いたりして技術部の酔っ払い達は盛り上がった。振り向いたかなめが明らかに怒っている時の表情になるのを誠は見ていた。しかし、タレ目の彼女が怒った顔はどこか愛嬌があると誠はいつも思ってしまい、顔がにやけてしまう。


「そこ!何してんだよ!」 


「あら?かなめちゃんはカウラに酒の飲み方を教えるんでしょ?私は我等がヒーローと喜びを分かち合う集いに出るだけよ」 


「じゃあ、だったら何でそんなに誠にくっついているんだ?」 


 誠は自分の顔が茹でダコのようになっているのがわかった。明らかにアメリアは胸を誠の体に擦り付けてきている。長身で痩せ型のアメリアだが、決して背中に当たる彼女の胸のふくらみは小さいものではなかった。


「うらやましいねえ、神前曹長殿!」 


「色男!」 


「あやかりたいなあ!」 


 そんな誠への野次が飛ぶ。話し合ってはにやけてみせる技術部の面々に誠はただ恥ずかしさのあまり視線を泳がせるだけだった。


『みんな!楽しんでいるところ悪いけど、島田達のお迎えが出るので移動してもらえる?』 


 格納庫に不愛想な操舵種のルカ・ヘスの声が響く。技術部の面々はそれぞれに酒瓶を持ちながら床に置いた銃を拾って立ち上がった。


「じゃあオメエ等それ持て」 


 かなめはそう言うとビールと氷の入ったクーラーボックスを足で誠達の前に押し出す。


「私達で?」 


 アメリアは露骨に嫌そうな顔をする。アルコールが回ってニコニコとし始めたカウラが勢いよく首を縦に振る。


「すみませんね、アメリアさん」 


 そう言うと誠はクーラーボックスのふたを閉めようとした。


「もう一本もらうぞ」 


 カウラはそれを見てすばやくクーラーボックスの中の缶ビールを一本取り出す。


「意地汚いねえ」 


 そんなカウラを鼻で笑いながらかなめはウォッカの酒瓶を傾けて、半分ほどの量を一気に飲み干した。


「さっさと武器の返還してと!飲むぞ!今日は」 


 部下達にそう言うとランは笑顔を誠に向けてきた。


「これで……終わりなんでしょうか」 


 次々とベストからライフルのマガジンを取り出しては担当兵士に渡していく技術部の兵士達を見ながら誠がつぶやいた。


「カント将軍……食えない人物だとは聞くが……」 


「主力部隊はほぼ壊滅状態……そんな中でいまさら何ができるのよ……一件落着じゃない」 


 カウラとアメリアの言葉に誠はこの戦場の跡地の主の名前を思い出していた。


 缶ビールをちびちび飲むカウラを呆れた視線で眺めながらアメリアは冷えた両手をこすって暖めている誠の背中を押すようにしてエレベータに乗り込んだ。


 エレベータに無理やり誠が体を押し込むと扉が閉じた。居住区を同型艦よりも広く取ってあるとはいえ、エレベータまで大きくしたわけでは無かった。さらにビールの入った大きなクーラーボックスがあるだけに全員は壁に張り付くようにして食堂のフロアーに着くのを待った。


 ドアが開いて誠がよたよたとクーラーボックスを運ぼうとするがアメリアを押しのけて飛び出していくかなめに思わず手を放しそうになって誠がうなり声を上げた。


「ちんたらしてるんじゃねえよ!」 


 かなめの言葉に苦笑しながら誠とアメリアはクーラーボックスを運び続ける。目の前には『ふさ』自慢の格段に広い食堂の入口が目に入ってきた。


「おい!先に行くからな」 


 そう言いながら新しいウォッカの瓶を手に入れるべくかなめは走り出した。


「神前!」 


 食堂の入口に立つと先ほどまで以前の部下と談笑していたクバルカ・ラン中佐が声をかけてきた。


「今回の作戦の最大の殊勲者はテメーだ。とりあえずこれを」 


 そう言うとランは誠に小さなグラスを渡す。そこにはきつい匂いを放つ芋焼酎がなみなみと注がれていた。


「良いんですか?」 


「当たり前だ」 


 ランに即答され、技術部員とかつてのランの教え子の二人に囲まれてビールを並べる作業に従事しているアメリアに助けを求めるわけにも行かず誠は立ち尽くしていた。


「姐御の酒だ!飲まなきゃな」 


 ウォッカをラッパ飲みしながらかなめが笑う。


 逃げ場が無い。こうなれば、と誠は一気にグラスを空ける。


「良い飲みっぷりだ。カウラ、オメーからも酌をしてやれ」 


 そう言って一歩下がるランの後ろに、相変わらず瓶を持つか持たないかを悩んでいるようなカウラの姿があった。


「ベルガー大尉の酌か!うらやましいな」 


「見せ付けてくれるねえ」 


 すでにテーブルに並んでいるつまみの乗ったクラッカーを肴に酒を進めていた技術部員の野次が飛ぶ。


「誠……いいのか、私の酒で」 


 覚悟を決めたと言うように瓶を持ったままカウラがそろそろと近づいてくる。気を利かせた警備部員のせいで誠の前には三つもグラスが置かれていた。誠はそれを手に取るとカウラの前に差し出した。


 真剣な緑の瞳。ポニーテールのエメラルドグリーンの髪を震わせカウラは不器用にビールを注ぐ。


「あっ!もったいない」 


 技術部の士官が叫ぶ言葉は誠とカウラには届かない。注ぎすぎて出た泡に誠とカウラは口を近づけた。二人はそのまま見つめあった。


「あーあ!なんか腹にたまるもの食べたいなー!」 


 かなめが皿を叩く音で二人は我に返った。


「ああ、ちょっと待ってください。チーズか何か持ってきますから」 


 そう言って誠はかなめをなだめようとする。だが誠を遮るように立ち上がった技術部員が首を振りながら外に駆け出していく。


「良い雰囲気ねえ。私も見てるから続きをどうぞ」 


「アメリア。何か誤解しているな。私と神前曹長は……」 


 ニヤニヤと細い目をさらに細めてカウラを見つめるアメリアにカウラは頬を赤らめる。


 当然技術部の兵士達は面白いわけは無いのだが、ランがハイペースで灘の生一本を飲み続けながら睨みを効かせているので手が出せないでいた。


「まあ、いいや。神前。今日はつぶれてもいいんだぜ」 


 そう言いながらかなめはもうウォッカの一瓶を空ける勢いだった。アメリアは悠然とテーブルを一つ占拠して高そうなつまみを狙って食べ始めている。


「じゃあ遠慮なく」


 いつもの癖で言われるままに誠はアルコール度数40度のウォッカを胃に流し込む。


「馬鹿が……」


カウラのつぶやきが耳の中に心地よく響くのを聞きながら誠はそのまま意識を失っていった。

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