第34話 出撃
日が暮れると、司法局実働部隊のハンガーの前に広がる草野球の練習用グラウンドは砂埃に包まれた。誠が見上げれば大型輸送機がいつも誠が立っているマウンドに向かいゆっくりと降下してきていた。
「菰田もやるもんだなあ」
出撃前の作業服姿のかなめがそう言いながら誠の肩を叩く。
「すぐに乗り込むぞ」
かなめの言葉にうなづいた誠はそのままハンガーへ足を向けた。
「野次馬は結構だが自分の仕事を忘れるなよ」
ハンガーの入り口で同じように作業服姿のカウラがエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせて二人を迎え入れる。
「焦りなさんな。叔父貴がおらんでもやることは変わらねえんだ。神前!とっとと済ませちまおうぜ」
そう言ってかなめは自分の白く塗りなおしたばかりの05式狙撃型へと足を向ける。誠も自分の機体を見上げた。05式乙型は整備員が張り付いて反重力エンジンや対消滅エンジンの調整を行っている。
そんな中、誠はコックピットに上がるエレベータに乗り込む。そのまま上昇してコックピットに張り付いている西の隣に立った。
「ご苦労様」
そう言った誠に西はその童顔をほころばせる。助手一人の整備班員は調整用端末のジャックを取りまとめていた。
「法術系の対応出力はかなり上がってますからね。まあチャージレートなんかはシミュレーションの設定にかなり近づけましたからそれなりの戦果は出してくださいよ」
ひよこの言葉に誠はうなづいた。法術兵器による広範囲攻撃。誠の知る限り、いやたぶん知らないところでもこのような兵器の実戦投入は初の試みだろうと思うと誠の鼓動が高鳴る。
「本当にうまく行くのかな?」
誠のこわばった表情を見てひよこの表情が厳しくなった。
「神前さんのそう言うところ直した方がいいですよ。私達は万全を尽くしたんですから。少しは人を信用してくださいよ。それと自分自身も」
そう言って笑うひよこに笑顔を返そうとするが、誠にはそのような余裕は無かった。手元のコンソールが光り始め、機体のチェック項目が次々と終了していく。
「ひよこさん!オールグリーンだ!」
「よし!誠さん、頼みましたよ!」
ひよこに背中を押されて誠はコックピットに身を沈めた。ハッチと装甲板が降り、全周囲モニターが光を放つ。目の前では搬入のために起動したかなめの二号機がゆっくりとハンガーを出ようとしているところだった。
『どうだ?異常はないか?』
回線が開いてカウラの心配そうな顔が映る。
「大丈夫ですよ、ひよこさんとかが完璧に仕上げてくれましたから」
そう言うと誠は関節を固定していた器具の解除のランプがついたのを確認して操縦棹を握り締める。一歩、そして二歩。誠の機体が歩き始める。
『こけないように』
「馬鹿にしないでくださいよ」
突然開いた回線で笑っているアメリアに誠はそう返すとそのままハンガーを出た。足元では大漁旗や自作の寄せ書きを振るう整備員の姿がある。そのまま誠は彼らをすり抜けて後部のハッチを全開にした輸送機の格納庫へと機体を移動させた。
『2号機積み込み完了!固定作業開始。続いて3号機!』
管制を担当するパーラの声に合わせて誠は機体を輸送機に移動させる。一歩、一歩、確実に滑り止めのついた輸送機の後部搬入口を歩く。
『こけるんじゃねえぞ』
心配するかなめの声がしたのを聞くと誠は機体を振り返らせ、固定器具に機体を沈める。すぐに整備班員が間接部の固定作業に入る。誠はそのまま機体の上腕を持ち上げた。そこに先日誠が試験した05式広域鎮圧砲と仮称が決定したばかりの大型のライフルがクレーンで下ろされる。
「確かにこれは大きいですね。空中ではどうなるか分かりませんよ」
『おい、誠。そんなの抱えて空中戦をする気かよ。酔狂だねえ』
モニターの中でかなめが嫌味な笑みを浮かべる。誠はただ黙って目の前の大きな砲身を見つめていた。
『それじゃあ1号機!』
パーラの指示がカウラ機に移ったのを確認すると誠はハッチを開けて斜めに倒れこんでいる05式乙型から飛び降りた。
「ご苦労さん!それじゃあアメリア達のところに行くか」
そう言ってかなめが狭い通路を歩いていく。かなめの機体、誠の機体。整備班員は忙しくそれぞれの機体の固定作業に集中していた。かなめは前部の倉庫のハッチを開く。そこには仮設の司令室が作られ、運行部の女性士官達がセッティング作業を行っていた。
「カウラちゃんも搭載完了!それじゃあ菰田君。発進準備、よろしくね」
部隊統括であるアメリアは誠達に手を振りながらパイロットの菰田に指示を出した。
「よく借りれたな、こんなの。P23は最新型で……三春基地に去年3機配備だっけか?そして現在も配備待ちの基地がちらほら……東和宇宙軍も人がいいねえ」
そう言いながらかなめは低い天井に手を伸ばす。誠は空いている席を見つけて座った。
「隊長が出発前に押さえておいてくれたのよ。そうでなければ借りれるわけなんか無いじゃない」
アメリアの言葉にかなめは納得したようにうなづく。再び後部格納庫のハッチが開いてカウラが顔を出す。
「本当に大丈夫なのか?この鈍足の輸送機では制空権が取れていない状況ではただの的だぞ」
そんなカウラの言葉にアメリアは目の前のモニターのところに来いと言うように手招きした。誠とかなめもカウラと並んでアメリアの前のモニターを覗き見る。そこにはバルキスタンの地図が映し出されていた。
「まあ、進入ルートについてはこちらで随時検討するから良いとして……東和宇宙軍による航空制圧地域を重ねてみるわね」
アメリアはそう言うとバルキスタンの北半分を多い尽くす範囲を指定した。
「そんなことは分かってるんだよ。東和政府のベルルカン大陸での飛行禁止措置の解除がされていないことも完全に理解済み。その上で言ってるんだ。相手が紳士ならこの範囲の中にいる限りこの鈍い輸送機でもピクニック気分で行けるかも知れねえ……けどなあ」
かなめの表情は相変わらず暗かった。
「まあ護衛は東和最強で知られるパイロットをよこすってちっちゃい姐御も言ってたから大丈夫なんじゃないの?」
アメリアのランを指す『ちっちゃい姐御』の言葉がつぼに入って笑い出してしまった誠にかなめとカウラの冷ややかな視線が降り注ぐ。アメリアも咳払いをしながら説明を再開した。
「こちらの進入空域に関しては技術部の面々がいろいろとダミー情報を流してくれているからそう簡単には政府軍にも反政府軍にもばれないわよ。さらにバルキスタン政府軍のレーダーはあと5時間後にクラッキングを受けて使用不能になる予定なの。完全復旧には三日はかかるでしょうね」
「技術部の連中、ボーナスの査定時期だからって気合入れてるなあ」
そう言いながらかなめは笑う。誠も伝説になっている実働部隊技術部のクラッキング技術を知っているだけに少しばかり安心して笑みを浮かべていた。
『クラウゼ少佐!発進準備完了しました!』
「では発進よろし!」
アメリアの言葉が響いた後、輸送機のうなる反重力エンジンの駆動音と共に軽い振動が誠達を襲った。
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