第31話 殿上貴族

 響き渡る笙の音が殿上会の始まりを告げる。


 『鏡の間』と呼ばれる殿上会の開かれる間に続くいくつもの広間には集まった貴族たちが上座に向けて首を垂れていた。


 そんな間を四人の人影が上座へと向かう。


 先頭を歩くのは十二単を身にまとった殿上貴族。彼女の名は九条響子だった。年は28歳。静々と歩くその雰囲気は左大臣と言うこの場にいる最高位の貴族であることを示して見せた。


 それに続くのは武者装束の貴人、田安麗子。落ち着き払った九条響子とは違って、こちらはどこか間の抜けた表情で響子と同い年で右大臣と言うには少し貫録が無い浮ついた表情を浮かべていた。


 続く武者装束のかえでと公家装束の嵯峨惟基。こちらはと言えば場慣れしたほど良い緊張感をはらみながらそのまま鏡の間へと向かう廊下を歩いていた。


 殿上貴族達はその様子をかたずをのんで見守りながら四人が鏡の間に入るのを見守っていた。


 空位の最上位の太政大臣の席をはさんで左に響子、右に麗子が座り、その下座にかえでと嵯峨が控える。


「内府殿……」


 響子は嵯峨を呼ぶと静かに空いた太政大臣の席に目をやる。


「左府殿、かなめは……」


「そうですね、ですがいつまでも太政官が不在では……」


 響子の冷たい声に嵯峨は首を横に振った。


「全く、かなめさんと来たら……殿上会は甲武の礎ですのに……」


 不服そうにつぶやく麗子だが、その感情的な口調に響子とかえでが責めるような視線を投げかけた。麗子はそれに気づくとすぐに手にした尺で口元を隠す。


「本日は殿上会……良き日良き方を選びてなしたる日。甲武百官の首たる余の為衆人こぞって来は目出度き限りなり……」


 儀式ばった響子の一声に殿上貴族達は図ったように拝礼をする。


「左府殿。まずは大納言楓子就着について……」


 静かに嵯峨はそう言うとかえでに目配せする。かえではそのまま静かに響子の前に進み出て首を垂れた。


「藤原朝臣三位大納言楓子。就着の議、ご苦労である」


 響子はそう言って扇子を目の前にかざした。


「教悦至極に存じまする」


 かえではそう言って再び拝礼した。


「内府殿……かなめちゃ……じゃなかった、要子不在にてさぶらうが、藤原朝臣一位響子、太政大臣推挙の議……」


 麗子がそう言った瞬間、続きの間にざわめきが起こった。


 響子が太政大臣に着けば甲武貴族第一位はこの場にいないかなめから響子に移ることになる。


 響子は甲武の貴族主義者からは事実上の首領として扱われる存在だった。その響子が太政大臣に君臨すれば議会を制するかなめの父西園寺義基との衝突は避けられない。


 殿上貴族達の戸惑いと恐怖を含んだざわめきを聞きながら響子は静かに首を横に振った。


「新田朝臣二位右大臣麗子殿……内府殿から左様な議は上申されておりませぬ……」


 響子はそう言うと呆けたような表情の麗子に笑みを返した。


「では、太政大臣による御采配は……」


「太政大臣は空位なれど、前太政大臣は下座に控えておられる……御差配は宰相の一任でよろしかろうと」


 響子はそう言って目の前に控える嵯峨に目をやった。


「左府殿の御裁可……見事にございまする……では、次なる議を宰相より奏上させていただきまする」


 嵯峨のそんな一言が発せられると、鏡の間の御簾が上がり、かなめの父、宰相西園寺義基が静かに現れた。


 四人の前に椅子と机が用意され、西園寺義基は手にした書類を机に広げた。


「では、宰相として大臣閣下に御裁可を頂き等ございまする、まず第一に……」


 西園寺義基はそう言って一礼すると議会を通過した法案の報告を始めた。緊張した雰囲気の中、嵯峨は安どの表情を浮かべて兄の奏上に耳を傾けていた。

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