特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本直

プロローグ

第1話 草野球

 振り下ろした左手からボールが離れた瞬間だった。遼州司法局実働部隊、草野球サークルのサウスポーエース神前誠しんぜんまことは後悔の念に囚われた。打ちにかかる四番打者相手にインハイに相手をのけぞらせるために投げたボールは肩口から甘く真ん中に入った。勘が当たったとでも言うように相手の四番打者は腕をたたんで鋭く振りぬく。


 早い打球が三塁を守るアメリア・クラウゼのジャンプしたグラブの上を掠めてレフト線上に転がる。三塁塁審はフェアーのコールをした。ゆっくりとスタートを切った三塁ランナーがホームを踏み、クッションボールの処理を誤ったレフトの誠の天敵の管理部長代理菰田邦弘がアメリアにボールを投げる頃には一塁ランナーもホームを駆け抜けていた。


 回は最終回7回。得点はこれで4対5。三塁側のベンチでは女監督の西園寺かなめが手を上げていた。ショートを守っていたエメラルドグリーンのポニーテールの大柄な女性、カウラ・ベルガーがすぐに呼び出されてマウンドに向かう。


 誠はそのまま歩み寄ってきたキャッチャーの先輩の巨漢の技術部員からボールを渡された。


「すまないな。俺のせいだ」


 パスボールで二塁ランナーを三塁に進めてピンチを広げた太っちょのキャッチャーの言葉にセカンドの運用艦『ふさ』の火器管制官のサラ・グリファンが苦笑いを浮かべながら首を振った。


「違うわよ。公式戦初登場で5失点で行ければ御の字よ……一応、あちらさんの方が格上だし……まあ、確かにアメリアの悪送球がきっかけで始まったピンチだけどね……」


「私のせい?あれくらいの球を取れないファーストのパーラが悪いんじゃないの……タイミング的には取ればアウトよ」


「もう何とでも言って……もう疲れたから」


 サラ、アメリア、パーラの内野の三人の言い争いに誠は呆れながらマウンドを後にした。


「神前。お前はよくやった。あとは任せろ」 


 マウンドに登ったカウラはそう言うと誠からボールを受け取った。誠は力なく市民球場の仮設のダグアウトに向かう。背後でアンダースローのカウラの投球練習の音が響いていた。


「まあ、あれだ。オメエは限界だった。これはアタシの采配のミスだ。気にするなよ」 


 かなめはそう言ってうつむき加減でベンチに入ってきた誠を迎えた。外野の控えでスコアーをつけていた最年少の技術兵西高志兵長がその肩を叩く。誠は静かにグラブをベンチに置いた。


 ピッチャーの交代に盛り上がる敵のベンチ。豊川草野球秋季リーグ第一戦の初戦の勝利が見えてきた相手は乗りに乗っていた。


「さすがに初登板から上手くはいかないか」 


 そう言うと誠は目をつぶり頭を抱えた。そんな誠の背後に人の気配がした。


「おい、落ち込んでいるところすまねーが……出かけんぞ」 


 ダグアウト裏からちっちゃな顔を出しているのは、部隊の勤務服姿の司法局実働部隊機動部隊長、クバルカ・ラン中佐だった。誠は彼女の言葉を聞くとうなづいて静かにロッカールームに向かった。


「アタシは野球は分からないからなんとも言えねーけど……さっきのは打球の飛んだところが悪かっただけだと思うぞ……ミスは誰にでもあるもんだ……アタシだってミスる時くらいある」 


 そう言いながらランは指で車のキーを回している。


「そうなんですけどね。そう言うゲームですから」 


 ロッカールーム。上着を脱いで誠は淡い青色が基調の司法局の勤務服に着替えた。見るからに落ち込んでいる誠にそれ以上はランも何も言えなかった。誠はそのまま着替えを済ませるとベンチから様子を見に来た西に荷物を渡した。


「大丈夫ですか?神前曹長」 


 気配りの人と呼ばれる西の手で荷物が運ばれてくる。まるで去るのを強制するかのような西の気遣いが逆に誠を傷つけた。


「じゃあ行こうか」 


 腫れ物にでも触れるようなランの態度に誠は少しばかり傷ついていた。なんとも複雑な表情のまま誠は球場の通路に出る。先を急ぐランに誠は付いていくだけ。外に出ればまだ秋の日差しはさんさんと照りつけてくる。歓声が上がる豊川市営第二球場を後に誠はランの車が止めてある駐車場に向かった。


「法術兵器の実験っていうことで良いんですよね?」 


 気持ちを切り替えようと仕事の話を持ちかける誠だが、ランの目には余りに落ち込んでいるように見えるらしく目を合わせてくれない。黙ってドアの鍵を開く。沈黙の中、二人はランのセダンに乗り込んだ。


「無理はすんな。なんなら眠ったほうがいいかもしれねーな。とりあえずオメーの健康が今回の実験のカギだ。そのためにこうして実験に先立って東和軍射爆場に前乗りするんだから」 


 ランは誠を一瞥した後空気を換えようと少し窓を開ける。秋の風が車の中を吹き抜けた。


「どうせ裾野の東和陸軍射爆場に着くには時間がある。十分休んでろ」


 そう言うとランは車を後退させて駐車場を出た。誠はランの好意に甘えるようにいつもの車酔い止めの錠剤を呑むと目をつぶった。そしてそのままこみ上げる睡魔に飲み込まれるようにして眠りに落ちて行った。

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