第37話 再開
「イグっ!大丈夫っ!?」
腹を押さえて蹲るイグの元に不安な表情をしたリュオが駆け寄る。彼女はイグの背中を抱えた。
「俺は平気だ。リュオ……、すまなかった」
「何が?」
「あいつらにあんな酷いことを言わせてしまった」
「……そんの気にしてないよ」
ビッツ村にいた頃から、酷いことを言われ慣れてきたリュオは先程の罵声よりもイグに怪我がないか心配していた。
イグが起き上がるとリュオは彼が無事だと分り表情を和らげる。
二人は荷馬車に戻る。御車台の椅子の扉が開きっぱなしになっていて、箱の中が漁られていた。イグは箱の底の板を少し上げる。二重底の下にはアンヌ金貨100枚が入った袋がある。イグの仕掛けでこの金は奪われずに済んだ。
「お金、取られなかったね」
「ああ」
イグは底板を戻し御車台の蓋を閉めた。
その時リュオの耳がピクっと動く。
「細い路地から甲冑を着た人が来る」
リュオの呟きでイグは荷馬車に凭れ掛かりながら、暗い路地を睨んだ。
ガシャン ガシャン
路地から十数人の兵士が出てきた。
先頭を歩く兵士は他の者が着ている仕立ての悪いみすぼらしい甲冑とは違い、細部に装飾が施された一際美しい甲冑を着込んでいた。胸には大きく昇竜印のマークが入っている。
そして顔はその美貌から女性のようにも見える。金髪のショートヘアに赤い瞳。身長は170センチ程だろうか。
その兵士がイグを見て驚く。
「イグ……なのか?」
「なっ、……前は」
先頭にいたリーダー兵は叫ぶ。
「こいつは俺の知り合いだ。お前たちは先に北門に援軍に行け」
「「「はっ!」」」
他の兵士達はイグとリュオの横を足早に通り過ぎ北門へ向かった。
二人はそれを睨みながらやり過ごす。
「クリス、なのか?」
「その名は捨てた。今は男として生きている」
リュオは鼻がいい。このクリスという兵士の臭いを嗅いで女性だとすぐに気付いた。
「……ふっ、まさかこんなところで再会するとはな」
「ああ」
「何だお前、結婚したのか?」
クリスは薄い笑みを浮かべながら強張った顔をしているリュオを見た。
「いや、こいつはそうじゃない」
「お前もアイツを見習って女を囲ったか?」
クリスは微笑みながらイグを睨む。
「いやそういう関係じゃない」
「まぁいいさ。俺はあいつが殺された時……嬉しかった。あいつの籠の鳥だったからな。これで自由になれると思った」
「俺は今でも親方を尊敬している」
「私を抱いたことをまだ後悔しているのか?」
「それは……」
「お前が修道院から逃げたことは聞いていたよ。迎えに来てくれると思っていたんだがな」
「そんな余裕なくて……、助けに行けなくてすまなかった」
「いいさ。私は出世した。だから満足している。まぁ今でも爺の籠の鳥だがな」
クリスは自分を卑下するように微笑んだ。
「この街はテンウィル騎士団が支配する。逃げるなら今の内だ」
「テンウィル騎士団はメリア王国から輸入されるシルクを独占しようとしているのか?」
イグは知り合いの両替商からシルクの話しを聞いた時に、テンウィル騎士団が生地の流通を独占しようとしていたことを思い出していた。
アトラス大陸最東端のエネルポートから最西端のブリトリーデンまでシルクは運ばれる。その間に何度も行商人や商会に売り買いされて、町を通る度に関税が掛けられ、シルクは恐ろしい程に値段が高くなっていく。しかしその関税を支配できれば、売り買いを独占できればその莫大な利益は全てテンウィル騎士団のものになる。
「シルクロード……か」
クリスは呟いた。
「確かにその目的もある。だが本命は違う」
「……」
イグはクリスを睨む。
「ふっ、金(きん)だよ。ブリトリーデン王国は本格的にゼムリア王国から金を輸入することにした」
「……そうか、そう言うことか」
イグは無精髭を撫でながら納得する。
ゼムリア王国はメリア王国より更に東にある国。世界で最も金の採掘量が多い国としても有名だった。本格的に金の輸入が始まれば金はシルクのようにアトラス大陸を横断することになる。そこにとてつもない利益が産まれることは明白だった。
「ねぇ、イグの知り合いならオルトハーゲンを返して」
リュオが真剣な顔で訴えるようにクリス言う。
「オルトハーゲン?」
「イグの荷馬だよ」
「取られたのか。だがそれは無理だな。ここにいる兵は3日は何も食べていない。そんなやつらが今夜のメインディッシュを返すと思うか?」
「オルを食べるってこと?」
「ああそうだ」
「……」
それを聞いてイグとリュオは顔を歪ませる。
「俺はそろそろ行く。元気でな」
「……」
クリスも他の兵を追い夜の街へ消えていった。
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