第3話 旅立ち


 夜、マイズミンの家でイグは料理をごちそうになっていた。イグとリュオ、それに主のマイズミンとその妻のミーミアが食卓を囲っている。


 蝋燭の明かりに照らされた部屋は薄暗いが、ここにいる者達の温かい雰囲気で明るい空気に包まれていた。


「これ何という料理なんですか?凄く美味い」


 鳥の唐揚げを食べたイグがミーミアに驚いた表情で質問する。


「今日、急にリュオが作ったのよ。不思議ね……、こんな料理、私も知らないわ」


「こりゃ確かに美味いな。俺も色んな国を回ったが、こんな料理は食ったことがねぇ」


 三人はリュオを見た。


「え、えっと、急に思いついて……。その……、どうしてもイグに食べてもらいたくて。あははは」


 リュオは挙動不審に回答をした。笑ってごまかそうとしている。

 三人はそんなリュオを詮索せず、初めて食べる唐揚げに舌鼓を打った。


「このシチューも美味い。これで料理屋をやったら儲かりますね」


 イグは冗談ではないといった感じで真剣に語る。


「がっはははは!違いねぇ。リュオには料理の才能があるのかもな。……なぁフロイツ!連れて行ってやれよ」


 酒を豪快に流し込んだマイズミンが上機嫌にイグを睨んだ。


「行商人なんて……、マイズミンさんは心配じゃないんですか?」


「そりゃ一人で行くってんなら心配だぜ。けどな。お前と一緒だったら話は別だ」


 マイズミンは更に酒を呷る。


「まだまだ貧乏商人ですが、そこまで信用されているってことは私も出世したんですかね?」


「おう。立派になったと思うぜ。俺がお前くらいの時はまだ下働きだったからな。大したヤツだよお前は」


 マイズミンはビッツ村の生まれではない。若い頃は行商人をやっていた。そしてこの村に来てミーミアと恋に落ち行商人から足を洗ったのだ。


「イグ、シチューも鳥の料理もたくさん作るから、アタシも連れてって」


 イグの隣りに座っていたリュオが彼の服の裾を掴み、真剣な表情を向けてくる。


「うっ。……はぁー」


 イグはそれに気圧された。

 目の前に座るマイズミンは酒に酔って頬と鼻の頭を赤くしながらニヤニヤとイグを見ている。ミーミアはそんな家族に程々にしないよと言いたそうな雰囲気だ。


「俺がエネルポートにいた頃、リュオの両親にずいぶんと世話になったんだ。だからよ。幸せになってもらいてーのよ」


 エネルポートとはイグ達が暮らすアトラス大陸の最東端にある街だ。そこは海を隔てたユーリアス大陸にあるメリア王国と流通が盛んな街だった。毎日たくさんの船がアトラス大陸とユーリアス大陸を行き来している。

 アトラス大陸は人族が統治している大陸で、獣族は殆ど住んでいない。逆にユーリアス大陸は獣族が統治していて、人族は殆ど住んでいない。

 その為エネルポートでは多くの獣族を目にすることができたが、内陸部へ行くと獣族は珍しく流通の盛んなクロッフィルンでさえも獣族を見かけるのは年に数えられるほどだった。


 リュオの両親はエネルポートに住んでいた。そしてリュオが幼い頃に亡くなっている。

 その頃ビッツ村に落ち着ていたマイズミンはその知らせを聞いて、身寄りのないリュオを引き取ったのだ。


「行商人になっても幸せになんてなれませんよ。むしろきついことの方が多いくらいです。だから今頑張っているんです」


「ふん。行商人から足を洗って自分の店を持つってやつか?」


「はい」


 イグの夢は自分の店を持つことだった。


「ふっ。……幸せってのはな。ずっと先よりも案外目と鼻の先に転がっているもんだぜ」


 マイズミンは目を細め、彼の隣に座るミーミアは俯いて微笑んだ。


「ほらイグ!ここに転がっているよ?ねっ?」


 そんなしっとりとした空気を無視してリュオはイグの服の裾を引っ張る。


「くくくっ。だってよフロイツ」


 マイズミンはそんなリュオを見て嬉しそうにしている。


「はぁー」


 イグはまた溜息を吐いた。


「すみません。やはり連れて行くことはできないです。今は本当に余裕が無い。できれば30までに店を持ちたいですし、それから嫁探しも……」


「まぁ決めるのはお前だ。ふっ、しっかりしてるよ。お前は」


 イグとマイズミンは酒を飲みかわし、リュオは横からイグにちょっかいを出して夜が更けていった。






 翌朝、出発の時を向かえる。

 リュオやミーミア、それからお世話になった村の人達の顔もあった。


 いつもよりも多く麦を積んでもらってることにイグは心から感謝し、マイズミンと固い握手ををしながら話しをする。


「いつでも戻って来いよ」


「事業に失敗したら、またお世話になります」


「がっはははは!精々そうならないように祈ってるぜ」


「ではまたいつか」


「ああ」


 こうしてイグは相棒のオルトハーゲンと共に、クロッフィルンに向けて走り出した。









 フルリュハイト大森林を進み、日も傾きかけた頃、いつもの野営スポットに到着したイグは馬車を降りて今夜の床の準備をする。

 そこは片側が断崖絶壁の岩の壁で片側が森になっている場所だった。


 オルトハーゲンを岩に繋ぎ、水と干し草を与えた。それを美味そうに頬張る相棒を無精髭を撫でながら見つめイグは呟く。


「結局リュオから人参をもらえなかったな」


 相棒は干し草に夢中でイグの言葉なんて無視をする。

 

 するとその時、森の方からガサガサと音がした。


 イグに緊張が走り腰のナイフに手を添えた。音の主が狼や熊であればお帰りしてもらわなければならない。

 緊張しながら森の茂みの音がする方を睨んだ。



 すると。


「お腹すいた~~」


 茂みから出てきたのはリュオだった。


「お、お前ッ!どうして」


 イグは驚き、ナイフから手を放してリュオに歩み寄る。


「あと一日は隠れて追いかけようと思ったんだけどね」


「そういうことじゃなくてだな……はぁー」


 イグはため息を吐き、頭を掻いた。


「アタシも行くッ!」


 リュオは強い視線でイグを見つめた。


「ダメだ」


「お願いだから。絶対に役に立つから」


「お前な~。……とにかく今日は休もう。固いライ麦パンしかないけどいいか?」


「うんっ!」


 追い返されなかったことに安心したリュオは微笑んで元気よく返事をし、イグは頭を抱えた。


(今は叱ってもしょうがない。明日の朝、村に引き返そう)


 そんなことを考えていると、また森の方から音がした。リュオとオルトハーゲンの耳がピクリと動く。


「今度はマイズミンさんだったりしてな」


 イグはあきれ顔で呟いた。だが隣りにいた少女はいつものふわっとした表情ではなく、眉間に皺を作り森の中を睨んでいる。


「狼だよ。10はいる」


「ああ」


 少女の呟きに男は薄い笑みを浮かべて返事をした。




 ガルルルル グルルルル


 茂みの中から十数頭の狼が出てきた。唸り声を上げいつでも飛び掛かってきそうな雰囲気である。


「アタシが追い払う」


 リュオはイグの前に出て身構えた。


「いや、危ないから下がっていろ」


 だがイグはそれを制す。



 そしてイグは右手を前に掲げ口を開いた。


「我に眠る火の精霊よ その力を解き放て

 ……烈火 炎壁(えんへき)」


 イグが詠唱を終えると、二人の周りに火のサークルができた。その火は一気に燃え上りリュオの身長を超す激しい炎の壁となった。

 狼はそれに驚き一目散に逃げていく。


「これは、 ……魔法」


 リュオが炎のサークルの中で呟く。激しい炎に照らされたその表情は驚きに満ちていた。



 炎が収まると狼はいなくなっていた。





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