第8話 人の力
『■■■■■■』
カイのドリルと、巨神のモーターが鉄の咆哮を張り上げて憤怒し互いに突貫。
凡人には眼にも止まらぬ巨神の連撃を軽く払い、カイは下から突き上げて蜘蛛型巨神を上に向かせてガトリングよろしく高速の瞬撃を続けざまに腹に浴びせる。
一秒間に七発、八発とその速度を上げながら、一発一発の威力もいよいよ重火器の領域に踏み込む。
だが巨神は何を思ったか、カイの攻撃を無視してその圧倒的巨躯と質量を生かして倒れこんできた。
「お姉さん!」
メイリーの叫びも空しく、巨神の影は勇ましき戦士を飲み込んでその巨体を砂漠に叩き付けた。
「ッッ……!?」
メイリーの瞳が見ている映像を否定しようとして、だがやはりそれは現実であり、あまりの出来事に悲鳴を上げられなかった。
砂漠の静寂を乱すのはエンジンの稼動音と、ギアと、モーターと、ドリルの回転する音だけだ……
ドリル? とメイリーが伏せかけた顔を上げて耳をすます。
無機質な機械の音に紛れて聞こえる、熱く、凛とした声は紛れもなく……
「ハァアアアアッ!」
清廉なる意思を込めたドリルと共に巨神の背中を突き破り飛び出した美しき戦乙女にメイリーの顔に光が刺した。
「お姉さん!」
カイが砂の上に着地し、穏やかな笑みを湛えて外に出てきたメイリーに歩み寄ると、巨神は盛大に煙を噴出して沈黙した。
泣きながらしがみついてくる少女の頭を撫でてやりながら、カイは語り掛けた。
「無宗教の私だが、ちゃんとお前を守れたぞ」
何度も頷きながら泣きじゃくる少女の姿に安堵し、カイは思わずその場に座り込もうとした。
しかし、教会からふらつく足取りで出てきたノーデルに、その気を削がれてしまう。
無言のままに歩み寄るノーデルに、カイは今一度睨みを利かせるが、ノーデルは敵意を出さず、こう口にした。
「私は、この村を出ようと思う……」
その言葉に一瞬驚き、だがすぐに言葉を返した。
「ペテンがバレたから逃げるのか?」
「ペテン? そうだな、確かにペテンかもしれん……」
ノーデルは遠い日を懐かしむように眼を細めた。
「昔の私は、何の変哲も無いただの解体屋だった……この荒れた世界に住む弱き人々を守ろうと日々巨神達と戦い続けた……」
問わず語りに始まったノーデルの声から、徐々に力が抜ける。
「だが、私の力で全ては救えなかった。
救難信号に間に合わないことや、戦いの中で気を失っている間に町が壊滅していることもあった。
かつての仲間も皆死んでいった……どうしても、生きている間に救うことができなかったのだ……」
「それで宗教を始めたというわけか……」
「ああ、救えぬ命ならと、神を信じていれば死後は楽園へと神が導いてくれる。
故に死は恐ろしくないと教え、神を信じていれば生きている間も神が守ってくれると言って回った。
真意はどうであれ、それでこんな時代に生まれてしまった人達の心から絶望を取り除けたのがむしょうに嬉しくて……だが貴女を見て気付いた……」
ノーデルの、人形のように感情を移さなかった目から涙が流れ、砂漠を濡らす。
「私はただ逃げていただけだ……自分の力から、恐怖し死んでいく人達の姿から……私は……私は……」
「教主様!」
吐血し、その場に膝をついたノーデルに、メイリーは駆け寄って体を支えた。
「教主様……いいえ、ノーデル様のしたことが皆に希望を与えたのは事実です。
私も、ノーデル様には感謝しているんです。
貴方の優しい嘘で、両親を失った私はまた立ち上がれたんです!
だからノーデル様がこの町を出るなら、私も一緒に連れて行ってください、お願いします!」
泣きながら懇願するメイリーに、ノーデルは首を横に振った。
「ダメだ、私はまた解体屋に戻る。そんな危険な生活に君を巻き込むわけには――」
「私はノーデル様の家族じゃないんですか!?」
メイリーの言葉に、ノーデルは言葉を失った。
数秒の沈黙ののち、ノーデルは静かに涙を流した。
震えながら断言した少女を抱き寄せ、ノーデルは言った。
「……ありがとう、メイリー」
今まで嘘を吐き続けた自分を許した少女に、鎧を剥がされた元神父は必ず守り通そうと自分自身に近いを立てた。
その姿にカイはやれやれと溜息をついてから物陰に潜む影を睨む。
「っで、お前らはそこで何をしているんだ?」
人を焼き殺さんばかりの迫力を放つカイの前に、ロイとリアは気まずそうに登場してきて、頭を掻いた。
「いやー、だってなんか出て行きにくい状態だったじゃんよう」
「そうそう、ここはカイちゃんに見せ場を作ろうって話に、なったんだよね? お兄ちゃん」
「私が巨神に押し潰されそうになった時はどうしてたんだ?」
眉間にシワを寄せて詰め寄る戦乙女に、ロイとリアは回れ右をして。
「よし、村長に報酬もらいに行ってくるぞ!」
「そうだね、早く行こう!」
それだけ言い残してかつてない瞬速を見せる二人の背中はすでに小さく、カイも駆け出そうとするが、メイリーの声に呼び止められた。
「失礼ですが、お姉さんのお名前は?」
無垢な少女にもう一度だけ笑顔を向けて、カイは言った。
「カイ・シュナックだ」
「ロイ・サーベストだ」
「リア・シュトラームだ」
いつのまにか戻ってきて自分の口調を真似てまた逃げる二人をカイは槍を振り回し追いかける。
数秒後、メイリーの英雄を含めた三人の姿はノーデルの眼にはもう点にしか見えなかった。
「愉快な者達だな……」
「そうですね……ノーデル様、私、一つ夢ができました」
嬉しそうに笑って、メイリーはノーデルを見上げた。
「私、カイさんみたいな解体屋になりたいです」
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