第6話 敵接近
明朝、ロイとカイの二人は町から西へ離れた所にて待機していた。
ヤル気に満ち溢れたロイと違い、昨日の出来事が気にかかり、カイは陰鬱な気を漂わせ頭の中で何度も教会で叫んだことを反芻し、自分は何がしたいのだと悩む。
らしくないと歯噛みをしたところで、艦の中で待機していたリアの声が、スピーカーを通して聞こえた。
『敵接近! 数、車両型一機、距離二〇〇〇!』
「いよいよおでましかー!」
その手に握られた巨大チェーンソーの鎖を引いてスイッチを入れると、主同様に鎖刃は歓喜の声を上げて回転する。
やがてロイとカイの肉眼にも、鈍重ながら確実に砂漠を渡る錆びた巨神の姿が見て取れる。
戦車のキャタピラ上部に人間の上半身が生えたようなデザインの巨神は両手の甲に小型ガトリング砲を三丁ずつ装備し、大砲を頭部を貫通するような形で搭載していた。
小型、とは言ってもあくまでも巨神サイズの話のため、それでも人の手には余る大きさである。
『――ッ ―――』
巨神のカメラレンズも破壊対象(ロイとカイ)を確認すると、体を軋ませながらパイプから煙を吐き出し急速に突貫してくる。
この巨神の装備はかなり充実しているが、それは脅威にはなりえない、近づいてしまえば銃器は撃てないというのがあるが、それ以前に巨神達は一〇年前の大戦から一度も整備されていないのだ。
エネルギーこそアーゼル帝国の優れた太陽電池を積んでいるため、日の光がある限り、半永久的に電気が尽きることは無く、液体燃料を見つけるとそれを補給するという、とんでもない高性能さを誇るものの、どれだけ高度な自動補給システムもアーゼル帝国でしか製造されていない巨神の武器用弾薬を補給することは不可能である。
つまり、巨神の装備する重火器は一つ残らず弾切れなのだ。
『■■■■■――■■■■』
敵を視認するや今までの鈍さが消え、車両型巨神は機敏な動きで腕や上半身を回転させ
て攻撃をくり出すがロイとカイも負けてはいない。
ロイの鎖刃とカイの回転刃が鉄の咆哮を張り上げて巨神の錆びた体に喰らい付く。
迫る巨腕をチェーンソーで弾き、ロイが巨神の顔面に跳び蹴りを叩き込むと首を仰け反らせて動きが止まる。
その一瞬をついてリアがドリルの回転数を最大まで高めてキャタピラに上から渾身の突きを見舞った。
岩とも生物とも違う金属の圧倒的抵抗感に負けず押し込むと彼女の得物は柄を半分以上も中に埋め、一度に引き抜くとキャタピラは完全に動きを停止した。
巨神の右腕からロイが胸部へと飛び移り、チェーンソーを叩きつける。
それからロイ自身の体が包まれるほど巨大な火花を浴びながら、巨神を縦に一閃した。
『■■■■■■』
戦車状になっている下半身の上に立つロイに向かって巨神はハンマーフックが如く両手を合わせて振り下ろす。
ロイが持ち前の俊敏さで避ければ巨神は自分で自分の下半身を壊してくれるが、キャタピラはカイがすでに壊し元から動かない、それに……
「上等だぜ!」
ロイ・サーベストとは、こういう男なのだ。
敵が強ければ強いほど歓喜し血を滾らせる根っからの戦闘好き。
趣味と実益を兼ねた解体屋という仕事はまさに天職である。
片腕だけでも家を倒壊させる巨神の腕が二本同時に襲い掛かる光景を痛快そうに笑ってロイも腕を振った。
二人が思わぬピンチに晒された時、現代ではかなり高価になった大砲を使ってサポートするために艦の中で待機していたリアは長距離用スコープ越しにロイの姿を見ながら顔を綻ばせていた。
「ふう、やっぱりお兄ちゃんすごいすごい、やっぱり楽勝ペースだよねー」
言い終えると視線が車両型巨神の手に装備されているガトリングに向かう。
「おっ、結構状態いいじゃない、この仕事終わったらあのガトリング、改造して艦に取り付けちゃおっかなー」
早くも艦の改造設計図を脳内に展開し胸を躍らせるリア、しかし、そんなリアに数秒後の光景は頭を鈍器で叩かれたようなショックを与え、リアは眼を見開いた。
ロイの一撃は無残にも巨神の両手首を切断し、それぞれ違った方向に飛んで砂漠の砂に突き刺さった。
機動力を奪われ、両手の機能すら失った巨神のプログラムが次の行動を模索している間にロイとカイは同時に跳躍、巨神の左右の脇腹を多きく抉り、さきほどロイが顔に放った蹴りを越える極上の跳び蹴りで二人は巨神との距離を取った。
刃撃と足撃の連撃を左右同時に浴びた巨神は上半身を二、三度グラつかせてから前のめりに上体を倒して、機能を停止させた証拠に顔のレンズが光を失った。
「よっしゃ、やっぱ俺最強」
『■■■■』
それは、嘯くロイを「調子に乗るな」とカイが諌めようとした瞬間に起こった出来事だった。
巨神の攻撃にロイの体が宙を舞った。
巨神と言っても今しがた機能停止をした車両型巨神ではない、突如砂底から這い出したまったく別の、今度は蜘蛛の形を模した巨神が足を振り回しながら姿を現したのだ。
「クッ!」
カイは咄嗟に槍の柄で防ぐが足場の悪い砂のせいでヘルメットが外れるほどの勢いで横に吹き飛ばされる。
『■■■■■■■■――■■■■』
八本の足の内、実に四本の足が落下してくるロイを待ち構えるが、ロイは至って平静な表情のまま、空中でたくみに体勢を変える。
「あらよっと」
落下し、巨神の攻撃全てをかわしながら逆に四本の足全てを斬りつけ、背中に着地するとチェーンソーの刃を金属のボディに突き立てて一気に疾走した。
「ったく、卑怯なマネしてんじゃねえよ」
巨神の背中を切り裂き飛び降りると間髪いれず飛び上がり巨神を下から突き上げ、上からはいつのまにか巨神の背中に上っていたカイが唸るドリルを叩きつける。
上下同時攻撃に巨神はガクガクと身を大きく震わせ、ロイとカイの度肝を抜く行動に出た。
「「!!?」」
今、まさにこの瞬間、機械の甲虫は真っ二つに分かれた。
だが二人の感覚では自分達の攻撃でそこまでのダメージを与えてはいない、それもそのはず、巨神は自らの意思で分離したのだから。
『『■■■■■■』』
千切れたはずの前半分はギアを回転させながら砂の中に潜り、砂塵を巻き上げ姿を消した。
だが、後に残された後ろ半分も機能を停止せずに四本の足で襲い掛かる。
「チッ、甲虫型だと思ったら特殊型かよ」
ロイは悪態をつき、半分になった巨神と戦いながら今度はどこから出て来るんだと砂地にも気を配る。
だがいつまで待っても巨神の出る様子は無く、やがてカイが何かに気付いたように村を見やると弾かれたように駆け出した。
「って、カイどうしたんだ!?」
「あいつは地下から町を襲う気だっ!」
「おいおい、マジかよ?」
一人残されてはしまったが、自分なら大丈夫だと楽天的にチェーンソーを構えなおす。
すると、遠くから艦が近づき一〇メートル手前で停まり上部のハッチが開いてリアが飛び出した。
その手には巨大な得物が握られている。
「コラー!」
言いながら自身程もある特大ハンマーを振りかぶり、巨神の片割れを打つと鋼の体は大きく体を歪め、たたらを踏んでバランスを崩した。
「こんのぉおおお!」
着地と同時に横薙ぎの一撃で巨神の足の一脚がへし折られ、巨神はそのまま砂の中に突っ伏した。
もがきながら立ち上がろうとする様はなんとも不様である。
「お兄ちゃんをイジめる子はボクが許さないんだからね!」
超重量のハンマーを片手で、それも頭の上で振り回しながら巨神を叱り付ける妹に「おい」と言ってロイが肩を叩く。
当然ながらハンマーの巻き添えを喰らわないよう身を低くしてである。
それに気付くとリアはハンマー(かなり重い)を投げ出しロイに抱きついた。
「ああん、恐かったよお兄ちゃーん」
わざとらしい声で甘えながら胸を押しつけ首元に腕を絡ませるハンマー(物凄く重い)少女の頭を撫でてやりながら、ロイは冷や汗を流した。
彼女を後方支援に回しているのは、彼女の動きの遅さに原因がある。
今のは上から飛び掛った一度のチャンスでの攻撃だからうまくいったが、リアはロイやカイのように身軽に飛び回りながら巨神を翻弄して戦うことができないため、砲撃手としての力量を利用することにしたのだが……
(やっぱこいつも前線に出そうかなぁ……)
そんなことをしている間に巨神は体勢を立て直してエンジンを唸らせる。
その姿にリアはロイから離れてハンマーを拾い上げ、ロイと一緒に構えた。
残念なことに、チェーンソーとハンマーを構えながらニッコリと笑う鬼神兄妹を前にしては、機械の神が助かる希望は一片も残されてはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます