第4話 母のため


 雅彦は今、闘技場から選手の控え室へと通じる廊下を歩いている。

その途中、後ろから麗華の声がする。


「京」

「お前は……」


 振り向くと、麗華が走り寄ってきた。


「朝クラスで自己紹介したでしょ、神宮寺麗華、あなたのクラスメイトで闘技場を仕切っている社長和正の娘よ」

「知っている、それでオーナーの娘が何の用だ?」


 冷たい表情で聞いてくる雅彦に詰め寄り、麗華は声を荒げた。


「何って、あんたあんな事してなんとも思わないの!?


 こんな戦いすぐやめなさい!」


「断る、俺は俺の目的のために戦っている、お前にそれを止める権利はない」


 あくまで冷静な雅彦に、麗華は一度歯を食い縛ってから、

「じゃあ学校に言うわ、そうすればあなたは退学よ」

 すると雅彦は苦笑し、麗華をバカにするように話す。


「俺は構わないぞ」

「な……なんでよ、退学してもいいの?」

「よく考えてもみろ、誰がそんなことを信じる?

じゃあ先生に言ってみろ、京は神宮寺ビルの闘技場で刀を振り回して殺人まがいの試合をしていますって、そんなのお前の頭がおかしいと思われるだけだ。

そもそもそんなこと口外すれば神宮寺財閥は終わりだ。

こんな殺し合いの賭け試合をしているんだからな」


「そ……それは……」


 麗華は言葉を失う。

 反論は不可能だ。

 雅彦の言うことが正しい。

 視線を落とす麗華に、雅彦は感情の無い声で告げる。


「神宮寺麗華、物事は何をやるのにもまずそれをやってどうなるのかを予想してするべきだ」

「じゃあ聞かせて、あんたの目的ってなに? 父さん探し?」


 雅彦の顔に僅かな憎しみが宿り、重たい口を開いた。


「ああ、俺の親父は武芸者で昔から家を空けていて、それでいつも母さんを悲しませていた。

親父に負けた奴が家に訪ねて来て、親父がいないと分かると仕返しとばかりに俺や母さんに襲い掛かる時もあった」


 麗華は驚き、震える声で言う。


「そんなことって……」

「だから俺はここで戦いをやめるわけにはいかないんだ」

「じゃあ、お父さんを見つけたら戦いをやめるの?」

「さあな、親父を探すためにこの世界に入ったけど、それからどうするかなんて、その時になってみないとわからないだろ」

「……あんたのお母さんは何も言わないの?」

「ああ、むしろ母さんはこうなるのを解っていた感じだったよ、もっとも、ずっと入院しているから、俺を止める力なんて無いけどな」

「病気?」


 聞かれて、雅彦の顔に影が差す。


「元々体弱いのに俺を生んだからな……年々弱っている。


 俺がここの戦士をやるのと引き換えに社長、お前の親父さんが良い病院にいれてくれたから、なんとか生きているけどな」


「……お母さんの為もあるなら、あまり強くは言えないわね……でも、あんな危険な試合をするなんて、やっぱここの連中頭おかしいわよ」


 機嫌を悪くしている麗華に背を向けて、雅彦は置き土産とばかりに、

「これだけは忘れるな、ここだけが戦士の生きれる場所で、棺桶だ」

 と言い残した。


 麗華は何も言わず、ただ唇を噛んだ。




 神宮寺財閥の経営する神宮時病院の一室に雅彦は訪れる。


「雅彦」


 部屋のベッドには雅彦の母が横になっていた。


 長い黒髪が似合う綺麗な人で、だが衰弱した体は細く、頼りなさを感じる。

彼女は雅彦の姿を確認すると上半身を起こす。


「母さん、体の調子はどう?」

「いいわよ、今日は二十メートル歩けたんだから」


 母の穏やかな声を聞きながら、雅彦はベッドの横にあるイスに座る。


「すごいじゃないか、この前は十五メートルしか歩けなかったのに」


 すると母は顔をやや暗くし尋ねる。


「ねえ雅彦、まだ、お父さんの事探しているの?」

「ああ」

「そう、でも雅彦、お父さんが見つかってもケンカしちゃ駄目よ、親子で戦い合う姿なんて、お母さん見たくないんだから」


 優しく言われて、しかし雅彦は首を縦には振らない。


「そんなの保証できねえよ……はっきり言うけど、俺は親父が嫌いだ。


 これは絶対に変わらねえ、俺の武で親父を倒して今までの事を謝らせる。

 でないと俺の気が収まらねえ」

 普通人が見ればあまりに危険すぎる発現に、母は表情を和ませる。


「血は争えないわね、雅彦、お父さんにそっくりよ」


 雅彦は少し不機嫌な顔になり言う。


「あんな男と一緒にしないで欲しいな」

「仕方ないじゃない、親子なんだから、あの人も、いっつも闘ってばかり、子供の頃からお母さんのことなんかお構いナシで、自分勝手に行動して、そのくせして俺に着いてこいだもん」


 そう言う母の顔はどこか懐かしそうで、そして嬉しそうだった。


「なんで母さんはそんな楽しそうなんだ?」

「雅彦?」


 途端に雅彦は立ち上がる。


「あいつはいつも母さんを悲しませて!

 母さんがこんな状態なのに見舞いにも来やしない! なのになんで!」


 必死に訴える息子を見て、母は懐かしむ表情を崩さない。


「そうね……やっぱり、お父さんのこと好きだったからかな」

「……ッッ」


 雅彦は踵を返して、病室のドアに向かって歩き出す。


「次の試合に勝てば親父の居場所が解る、だから親父の前に俺はそいつを全力で叩き潰す、絶対にだ!」


 それだけ言って、雅彦は病室のドアを閉めた。

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