第11話
物心ついた時からずっと『僕』だった。変だと言われてもそう思うのだから仕方ない。性の自認は曖昧で、自分でもどっちと言って良いのか分からない。
両親は好きにさせてくれたけど、世間は僕を女の子として扱った。第二次性徴を迎えて身体が丸みを帯びるのになんとなく違和感を覚えたが、そういうものだと受け入れてなんとか生きているのに。
オミの言葉に打ちのめされて涙が止まらない。自分を包む硬い身体が憎らしくて、柔軟な筋肉のついた胸を力いっぱい押し返した。
「離せ」
「イヤだ」
バレーで鍛えた長い腕がますます僕に絡みつく。力ではとうてい敵わないのにもムカつくし、泣いているせいで中途半端に掠れる自分の声にも腹が立つ。
不自由な手で眼鏡を外し乱暴に涙を拭っていると、手首を掴んで止められた。
「赤くなるから擦るな」
「命令すんな」
苛立つままに睨みつけると、オミの精悍な頬がじわじわと赤く染まった。はあ、と溜息をついて僕の肩に額を載せてくる。硬い髪と温かい吐息が首筋にかかってくすぐったい。
「…かわいい」
思わず、といった風に漏れた言葉にも傷ついてしまう。
―言われたくない。言われたくない。
子供の頃からハナと2人でいると、近所のオバちゃん連中に『2人揃ってお人形みたいに可愛い』と撫で回されるのがイヤだった。
公園で遊んでいる時や学校の帰り道、変な男に付け回された事もある。クラスの男子に言葉遣いをからかわれるたびに、ハナが庇ってくれた。
僕がハナを大事に思うように、ハナも僕を尊重してくれた。アンバランスな僕の心を守るように、いつも眼の前に立って道を指し示す。こんな風に僕をかき乱したりしない。
「ハナ…」
「なあに?」
すぐ近くで涼しい声がした。オミは弾かれたように僕から離れ、気まずそうに彼女を見た。
「ハナ…ハナ」
駆け寄って小柄な彼女に縋るように抱きついた。いつの間にか僕の方が少し背が高くなってしまっているけど、子供の頃から安心する場所はここしかない。
「オミ、規約違反。1週間接近禁止」
「ハナはいいのかよ」
「私はいいの。ヨウちゃん、行こ」
ハナは宥めるように僕の背中を撫でて、手を繋いで歩き出した。追って来たオミが少し離れた位置からブツブツ言っている。
「ずりい…」
「幼馴染みは特権階級なの」
「そんなんありか」
「ありなの」
前後で交わされる会話が耳を素通りして、また涙があふれる。ハナはハンカチで目元をそっと拭ってくれた。
「こんなに泣かせて。誓約にも違反してるでしょ。腹筋と腕立て300回ずつね。出来なきゃ切腹しな」
「はあ?鬼か」
―切腹って騎士道じゃなくて武士道なのでは?
どういう取り決めなのか分からないが、ハナが違反した場合彼女もやるのだろうか。
「ハナ、切腹しないで。死んじゃうから」
「ちょ、俺は死んでもいいの!?」
律儀に距離を取りながら、オミが焦った声を出す。僕は足を止めて後ろを振り返った。
背が高く手足も長くて筋肉質な身体は華奢なハナよりは頑丈そうだ。でも生身の肉体は刃物には敵わない。
「誰も死んじゃ駄目だよ」
「良かった」
心底安堵したような声に首を傾げる。もしかして彼らの命は僕が握ってるのかな?
―責任重大だなあ…。
スン、と鼻をすするとオミが動揺したように一歩後退った。ハナは何故か勝ち誇った表情でまた僕の手を引いて歩き出した。
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