第8話

 隠れると見つけに来るのに、用があって探すとなかなか見つからないのはどういう訳だ。

 放課後、オミを探していた僕は、ウロウロと校舎の間をさまよっていた。部活に出てるのかな?そういえばオミが何部なのかも知らない。『もう少し他人に興味を持て』という言葉をちゃんと聞いておけば良かったと後悔する。

 ぼーっと歩いていると、体育館の裏と校舎の間で人影が動くのが見えた。学校指定のTシャツとハーフパンツ姿で、肘と膝にサポーターを着けたオミ、そして女子の制服の後ろ姿。声を掛けようとして、オミの低い声に足を止める。

「ごめんね」

「どうして…?」

「好きな子がいるから君とは付き合えない」


―おお…これは告白シーン。


 人生初の (他人の)告白シーンにどきどきして思わず物陰に隠れて聞き耳を立ててしまう。

「好きな子ってサトウハナさん?」

「え?なんでサトウ?」

「よく一緒にいるから噂になってるよ」

 ハナの名前が出て、僕の心臓は嫌な音を立てる。僕も一緒にいるけどそこは存在感の無さの勝利か。

 ちょうどその事を話そうと思っていたし、オミがなんと答えるのか興味もあった。

「サトウじゃない」

「じゃあ誰…?」

 おずおずなのにぐいぐい迫るという技を駆使する女の子に感心する。なるほど、参考になる。

「君には関係ない」

 

―そうくるか…。


 意外にも冷たく彼女を拒絶するオミの声に僕までヒヤリとする。校舎の壁と壁の狭い隙間に隠れた僕の横を女の子が泣きながら走って行くのが見えた。

 完全に出て行くタイミングを失して、変な噂にならなければいいなーとぼんやり考えていた僕は、眼の前に誰かが立った事にも気付いていなかった。

「ヨウ」

 僕をそう呼ぶのは学校では2人だけだ。のろのろと顔を上げると、オミが所在なさげに立っていた。僕を見下ろす顔は影になっていてよく見えない。

「聞いてた?」

「少し。聞くつもりなかったんだけど…なんかごめん」

「別にいいけど」

 

 彼にしては投げ遣りな口調に僕は首を傾げた。相変わらず眼を合わせるのは苦手なので、なんとなく喉仏の辺りを見つめていると、それがゆっくり上下するのが分かった。

 ハナのように人体に関する興味がある訳ではないけど、いつまでたっても子供じみた自分とは違う作りに憧れはある。


―いいなあ。


「なんか用だった?」

「オミに話あって」

「なに?」

 身体を寄せて囁くように尋ねるオミに追い詰められるような気持ちになるけど、ハナの事はちゃんと言っておきたい。

「ハナが」

「お前までハナの話?」

 少し苛立ったように乱暴な口調で遮られ、顔が熱くなった。フザケていても『お前』なんて言われた事はなくて、何か怒らせたのだろうかと不安になる。


 言葉に詰まり俯く僕の頭上でオミがますます苛立つ気配がする。

「ああ、お前が興味あるのはハナだけだったよな」

「そうだよ。オミと噂になってて女子達にイビられてる」

 思わずカッとして僕も強い口調になった。形の良い唇が嫌な感じに歪むのが見える。

「向こうからちょっかい掛けて来るんだから仕方ないだろ」

「ハナにも言っとくからオミも自覚して」

「自覚?何を?」

 

 グイと頭を下げてきたオミの強い瞳に眼を覗き込まれ、気圧されて後退ろうとしたけど壁を背にこれ以上場所はない。

「さっきみたいに告白されたり…モテるみたいだし、女の子のやっかみってすごいみたいだから…ハナが心配…」

「ハナが好きなの?」

 壁に手をついたオミが額を寄せて低く囁く。そんなに近付く必要があるのかと思う。

 恋愛の好きかと言われると、なんだかそれも微妙に違う気がする。身体の反応は生き物だから仕方ない。ハナの場合は絶滅危惧種を見守りたい気持ちに近いかもしれない。ずっとあのまま野放図に伸び伸びと生きていて欲しい。


 僕の沈黙をどう取ったのか、オミはギュッと眉間にシワを寄せた。

「自覚なし?お前こそ自覚しろよ」

「そういう好きじゃない」

「じゃあ何?ハナ以外お前のテリトリーにはいれないのに?…ああ、もう、クソ、何言ってんだ俺は」

 なんでこんなに不機嫌なんだろう。何かと不器用な僕にしてみれば順風満帆にも見える彼の人生にもままならない事があるのかと不思議な気持ちになる。

 

 思わずくすりと笑みがこぼれる。彼は呆けたように僕を見つめ、このマショーがとかなんとか謎の言葉を呟きながら硬そうな短い髪を掻きむしった。

「分かった。2人でハナを守ろう。どうせあいつは飽きるまで俺に構うのやめないだろ。3人セットでいれば変な噂も消えるよ」

「ええ?そうかなあ…ハーレムとか言われない?」

 何がハーレムなのかよく分からないけど。存在感の無さでは右に出る者はいないと妙な自負のある僕は、彼らの引立て役か当馬扱いになりそうな気もする。オミはくしゃりと笑って僕の前髪を弾いた。

「どっちかって言うと俺がハーレムじゃない?」

「はあ…?」


 まだまだ理解の及ばない彼の言動に首を傾げたものの、今後『ハナ保護活動』の仲間になるならとりあえず聞いておこうと思った事を口にした。

「ところでオミって何部?」

「………バレー部です。興味を持ってくれてありがとう」


―え?なに?そんな呆れた顔しなくても良くない?

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