第14話「都市バール」

 ヴェルに2日ほど滞在してから出発した。

 すぐにでもヴェルを発ちたい所だったけど、旅の疲れを感じた。

 多分ここで無理をするのは良くない。なので滞在する判断をした。

 

 体を休めたからか、それとも目的地が分かり不安が少し取り除かれたからかは分からないけど、ヴェルに行く時と比べると随分と旅が楽になった気がする。

 そして数日かけ、僕達はレイア家が治める街バールに到着した。

 この街に、サラとリンが居るはずだ。


「エルク君。すごい高い建物があるよ!」


 フレイヤが興奮気味に指を指す。


「あぁ、あれは監視塔じゃないかな」


 街の四方には、高くそびえる高台が設置されている。

 近くにある高台を見ると、高台の上に人が居るのが見えるので、あれは外敵からの見張り台の役目を担っているものじゃないかな、と説明しておいた。

 軽く見渡してみると、街全体はレンガで積み上げられた三角の屋根の家が規則正しく並び、外壁は黄色から赤みがかった色でそれぞれ塗装されている。

 全体的に落ち着いた印象を感じる街並みだ。

 まぁ、ヴェルやイリスが派手過ぎただけな気もするけど。


 街の中に入ると、建物が規則正しい以外は特に目新しいものは無い。

 武具屋や露天商といったお店が建ち並び、その奥に行くにつれ酒場や宿、民家が建ち並ぶ。

 途中で冒険者ギルドを見かけたので、スクール君から何か連絡が来てないか確認してみたが、特に連絡は無いようだ。


 この街の建物は、重要な場所以外は縦横全てが等間隔に規則正しく並んでいる。

 そのお陰で入り組んだような道はない。道幅も広く取られており、馬車が2、3台が通ってもまだ余裕があるだろう。

 しかし、こう変わらぬ風景が続くと、それはそれで迷子になりそうだな。


「本当に来て良かったのかな?」


 フレイヤがポツリと呟く。

 ピエロの仮面を付けているから表情は窺い知れないが、声色で迷っているのはわかる。

 サラからは手紙で来るなと書いていたにも関わらず、ここまで追いかけてきたんだから不安にもなるか。

 フレイヤの呟きに対し、アリアも無言なところをみると、同じように不安を感じているのだろう。


「大丈夫だよ」


「本当に?」


「うん。それにほら、サラは素直じゃないし」


「確かに」


 僕の言葉に、間髪入れずアリアが全力で肯定した。

 それ、サラに聞かれたら怒られるやつだから……。 

 

 バールまでの道中で、似たようなやりとりはもう何度も経験した。

 スクール君に言われた事が、それ程までに効いているのだろうな。


 そりゃあ仲間が親殺しをするところなんて、見たいはずがない。かといってサラを放置する事も出来ない。

 だから僕に「大丈夫かな?」なんて確認を取ろうとするのだろう。


「まっ、嫌ならヴェル、だっけ? あの街に戻れば良いよ。ボクとエルクの2人だけでも良いんだから。ねー」


 レッドさんがそう言って、僕に同意を求めてくる。

 僕は頰を掻きながら、愛想笑いで「そうですね」と答える。


「嫌じゃないよ!」


「うん」


 首を必死にブンブンと横に振るフレイヤとアリア。


「うん。それじゃあ行こうか」


 そう言ってスタスタと歩いて行く僕らの後を、アリアとフレイヤが追いかけてくる。

 不安がるアリアとフレイヤに対して、いつも最後はこのやり取りで締めている。


「でもさ」


 しかし、今日はいつもと違った。


「エルク君はサラちゃんに会ったら、どうするの?」


 どうする、か……。

 ここまで来ておいてなんだけど、正直どうするか具体的に決めてはいない。


「そうだね。まずは話をするかな」


 そう話をする。何事も話をしない事には始まらないしね。

 

「多分、というか確実にサラは怒るだろうし、そもそも取り合ってくれるか怪しいけど。僕は手紙を残して『はい、さよなら』なんてするつもりはないからね」


「話をした後は、どうするの?」


「うーん」


 アリアに言われて、僕はアゴに手を乗せ考える仕草をしてみる。


「話をして、僕もレッドさんも納得出来たら終わるまで待って、それからまた一緒に行こうと誘うつもりだよ」


 というかその為に来たわけだしね。

 

「それに、もしサラが正しいと思ったら、サラの手伝いをするかな」


「エルクが手伝うの?」


「うん。そのつもりだよ」


 本当にサラが正しいと思ったらだけど。

 

「意外」


「意外かな?」


 僕からしたら、いつもより多く喋るアリアの方が意外だけどね。

 普段は2、3言返事をしたら会話が終わるのに。それだけアリアも本気で考えてるって事かな。

 

「エルクだったら、サラのお父さんを助けようとか言い出すと思った」


「流石に今回の規模まで来ると、殺されるかもしれないから助けようなんて言えないよ」


 レッドさんの事もあるんだ。そんな事を軽々しく口に出せるわけがない。

 僕の中で限度があるとしたら、いじめっ子が調子に乗ってたら危険な目にあってしまったというのを助けるくらいが限界だよ。


 そんな感じで喋りながら歩いていると、大きな広場に辿り着いた。

 確かここが街の中心部だったはず。


 広場の中央では、大人達が何やら木材を運び積み上げている。

 数人の人族が指をさし何かを伝えると、獣人達が返事をして作業に取り掛かった。

 何の作業をしているのだろうか?


「あの、すみません」


 なので、近くを通りかかった男性に声をかけて、聞いてみる事にした。

 男性は、少し困ったような顔をして、作業している人達の事をチラチラと気にしながら、小声でこっそり教えてくれた。


「あれは処刑台を作ってるらしいよ」


「処刑台?」


「そう、処刑台。この街の悪い領主様が、裁判の結果処刑になる事が決まったからね。その処刑台を作っているんだよ」


 処刑の日取りについては、具体的にいつとはまだ決まっていないみたいだけど、遅くても数日中には処刑を行う予定らしい。

 下手に首を突っ込むと、どんな嫌疑をかけられるか分からないから、大っぴらに聞いて回るのはやめた方が良い。とアドバイスをして、そそくさと男性は去って行った。


 悪い領主ねぇ……。

 それはつまり、サラのお父さんという事だろう。

 既に判決は出た後なのか。

 処刑の件と共に、サラとリンについて何か情報が無いか聞いて回ったが、分からずじまいで終わった。

 誰に聞いても、処刑に関わる事は話したがらなかったからだ。


 広場では情報が得られないので、移動する事にした。

 中心部の広場を抜けた辺りから人通りは獣人が多くなった。どうも人族と獣人が一緒に住んでいる街ではあるが、種族で住み分けをしているようだ。

 獣人の人にも話を聞こうにも、目があっただけでそそくさと去ってしまう。

 なんとか話しかけられたとしても、怯えた様子で対応され、周りからは冷ややかな目で見られる。これでは僕らが悪者だ……嫌がる獣人に話しかけてるのだから十分悪者か。


 彼ら獣人が僕らに対し、必要以上に怯えるのに理由があった。

 この街では獣人の奴隷売買が盛んで、獣人達の立場はとても低い。

 下手に人族の機嫌を損ねれば、捕らえられ奴隷として売られる可能性もあるらしい。だから、こんな怯えた態度なのだろう。


 この街にある監視塔も、フレイヤには外敵を見張るためと教えたが、本当は“外から来るもの”を見張っているのではなく、“外へ行こうとするもの”を見張っているのだろう。

 結局居たたまれなくなり僕らは退散した。情報は得られず、今日は情報収集をやめて宿をとることにした。



 ☆ ☆ ☆



 夜中に目が覚めた。

 顔に何かペシペシと当たる感触する。

 上半身を起こして周りを見渡して見る。アリアもフレイヤもレッドさんも寝ている。

 彼女達ではないとしたら、一体だれが?


 そんな風に考えていると、また何かが僕の頭に当たった。それは僕の頭に当たると、コロコロと音を立ててその場に落ちた。僕に当たっていた物の正体は、小さな石だった。


 飛んできた方角は、窓がある場所だ。

 窓の方を振り返ると、そこにはリンが立っていた。


「リ……」


 僕が名前を呼ぼうとすると、

リンは自分の口の前に人差し指を立て、「しーっ」と合図を出した。

 言葉を飲み込み、ゆっくりと頷く。


 理由はわからないけど、僕だけを呼び出したいという事だろう。

 となると窓際で会話をしていたら、アリア達が起きる可能性があるな。


 僕は起き上がり、扉を指差し、リンに指差す。今からそっちに行くよと意味を込め。

 多分伝わったのだろう。リンが頷くのを見て、僕は足音を殺し、ゆっくりと部屋の外に出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る