第6章「宗教都市イリス」
第1話「西へ」
僕の名はエルク。15歳。
元引きこもりで、今は冒険者をやっている。
剣も魔術も使えず、戦う能力の無い僕は、パーティの雑用係ともいうべき『勇者』になった。
冒険者になって、僕は色々変わった。
剣も魔法も才能が無い僕だけど、『混沌』という身体能力が向上し、魔法を無効化する力を手に入れ。
かつて、イジメに負けて逃げ出した学園を、卒業する事が出来た。
そして気が付けば、人族とエルフ族の友好関係を結ぶ橋渡しまでしていた。
☆ ☆ ☆
魔法都市ヴェルに戻った僕らは、数日置いた後にジャイルズ先生、ギルドマスター、学園長に連れられ領主の住む館まで来た。
こんな所まで呼び出された理由、それは今回のエルフの件で話をするためだ。
元Sランク冒険者になれば、領主と謁見くらいは出来ると聞いていたが、こんなにも簡単に出来る物なのかと驚いた。
だけど謁見出来る理由は実際はちょっと違った。
応接間の扉を開けると、椅子にドカッと座り、何故か
座っているから分からないけど、多分身長は僕よりも二回り以上高いだろう。少し痩せこけた頬からは、痩せ気味な印象を受ける。
「あぁ、この格好は気にしないでくれたまえ」
そう言われても、気になるものは気になってしまう。
領主が着ている鎧には古代の技術が使われているようで、見た目と違い羽のように軽いのだとか。イルナちゃんも重そうな鎧を着てた割りには、身軽に動き回ってたし同じような物なのかな?
だけど気になるのはそこじゃない、着ている理由だ。そんな僕らの様子に気づいたのか、理由を語り出した。
「何故全身鎧を着ているか、それはいつ命を狙われるか、分からぬからだ」
この領主の基本的な考えは、まずは身の安全だった。
なので身の安全の為に、エルフに危害を加えるつもりは一切ないと話してくれた。
エルフを捕まえ奴隷にして売れば、確かに金になる。だけど取り逃したエルフから恨みを買えば、命を狙われかねない。
また、エルフを独占すれば、エルフの奴隷を欲しがる貴族からだって命を狙われる可能性がある。だから捕まえるつもりはない、と。
保護をすれば感謝されど、命を狙われることは無い。その上、貴重なシルクも手に入る。
エルフが保護されているとウワサが流れれば、ヴェルに人が流れてくる。人が増えれば経済が活発になる。
「最小限のリスクで益を取る。これが私の考え方だ」
多分、本当はもっと難しい事情があるのだろうけど、今回は僕たちにもわかるように、わかりやすく話してくれたのだろう。
他にも色々と話してくれていた気がするが、あまり覚えていない。
緊張もしていたのもあるけど、アリアとダンディさんが粗相をしないか不安で、それどころじゃなかったからだ。
二人とも慣れていないのか、そわそわと落ち着かない様子だけど、今の所問題は無い。
「ところで、キミ達は今後の予定というのは決まっているかね?」
「はい。レスト共和国の宗教都市イリスへ向かい、そこから工業国家アイン行こうと思っております」
領主の質問に答えたのはサラだった。
「そうか。エルフの件はキミ達にお願いしようと思っていたのだが、仕方がない」
そう言って領主は、フレイヤさんの姿を見た。
「ならば私が一筆書いてあげよう。ここからレスト共和国の国境までは私の名前が使える。何かあった時の役に立つだろう」
フレイヤさんがエルフである事で、面倒ごとが生じた際に、自分の名前を使ってくれと言う事なのだろう。
こうして謁見は無事終了した。
☆ ☆ ☆
数日後、僕らはお世話になった人達に挨拶をしてヴェルの街を出発した。
ダンディさんはフレイヤさんと仲直りしており、今度はちゃんと別れの挨拶が出来たようで何より。
領主の好意により、国境までの馬車と旅に必要な物を用意してもらえた。
「なぁに、お礼はいらぬ。ドワーフの街に行ったら、是非ヴェルの宣伝をしておいてくれたまえ。ここにエルフが居ると知れば、ドワーフも交易に来るかもしれんからな」
とは領主の言らしい。
多少のお金を払ったとしても、僕らが早くドワーフの国でヴェルの事を宣伝してくれる方が利益が出るとふんだのだろう。
アリアが綱を引き、ガタガタと心地よく揺れる馬車に乗って僕らは西へ移動している。
魔法都市ヴェルを出て、ヴェル平原を渡る。いくつか宿場町を経由して、このまま進めば僕らが今いるガルズ王国の関所につくだろう。
関所は国境沿いに設置されており、そこを抜ければレスト共和国の領土だ。目的地はそのずっと先にある宗教都市イリスだ。
宗教都市イリスは、イリス教という宗教の総本山を構える都市で、世界でも数少ないドワーフと交易をしている都市の一つだ。ここからドワーフの国まで空飛ぶ船が出ているらしい。
イリス教の歴史は古く、アンリの英雄譚でもこの都市の名前は出てくる。
イリス教が崇める神の一人、女神イリスは宗教都市イリスを護る際に、道が無くなると、虹の橋を作り渡ったという逸話がある。
もしかしたらドワーフ達はその話とかけて、空飛ぶ船で交易にこの街を選んだのかもしれない。
「工業国家アインか」
正直、不安が無いわけじゃない。
「アインの首都アルヴなら、どんな種族も平等に暮らせると聞いたわ」
ミド大陸では、どこに行っても獣人への迫害や偏見があるからね。
だけど他の土地に行っても、あまり変わらない。
「もし獣人も平等に暮らせる街なら、私はリンとそこに永住しようと思っているわ」
サラはそう言って、旅の目的を話してくれた。
リンの戦闘力なら、ミド大陸でもやっていけるだろう。
だが結婚し、子供を作るとなると、リンだけではなく、その子供の安全も確保しなければならない。
なので、アルヴへ安寧を求めてか。
もしアルヴが、サラの言うような安全な土地だったら、僕らの旅はそこが終着地点という事になるな……。
それは、僕らの別れも意味する事になる。
リンは俯き、黙ったままだ。
彼女の体には痛ましい傷が多数ある。奴隷時代の物だ。
そんなリンにとって、この話は喜ぶ内容だと思うのに、俯いたまま何も言わない。
「行くわ。絶対に」
サラは真っ直ぐ前だけを見据えて、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「じゃあ、じゃあ。皆で一緒に暮らそうよ!」
フレイヤさんの底抜けに明るい声で、湿っぽかった空気が一瞬で吹き飛んだ。
僕も、サラも、リンもポカーンと口を開け、声を揃えて「は?」と言う言葉が出た。
「なんかエルク君達暗くなってるけど。離れるのが嫌なら、皆で一緒に暮らせば解決じゃない?」
「一緒に暮らすって簡単に言いますけど、パーティで一緒に居るのと違うんですよ?」
「今も一緒に寝泊まりしてるけど、何が違うの?」
何がって……何が違うんだろ?
サラに視線を向けてみる。
「違うわよ。ほら、その、色々と」
「色々って何?」
そんなサラの言葉に、今度はアリアが反応した。
って、前! 前見て!
「アリア。前! 前! 良い子だから、ちゃんと前を見て運転してね」
アリアはぐるんと真後ろを向いて、もうよそ見ってレベルじゃない。
「うん」
頷き、前を見て操縦を再開するアリア。
「それで、色々って?」
「それは……別に後で考えれば良いでしょ!」
逆ギレによる力技でごまかそうとしているけど、アリアもフレイヤさんも「えー?」と言って引く様子はない。
「モンスターが近づいてるです」
グッドタイミング!
じゃない、モンスターが来てるんだからお話はここで一旦止めないといけないよね。うん。
「モンスターが来てるみたいだよ。ほら馬車を止めて迎撃しようか」
馬車を止め、降りると遠くから走ってくる物体が見える。
しばらくして、その姿がはっきりと映った。ブラウンジャッカルだ。
全身茶色の毛に覆われて、群れで狩りをするモンスターだ。
先頭を走るブラウンジャッカルに続くように、何匹も居るのが見える。
「数は8匹です」
数は多いが、個体での戦闘力は野良犬と大差がない。
この程度のモンスターなら、僕らにとっては障害でも何でもないな。
「剣の練習の成果を試したいから、先頭の一匹は僕がやっても良いかな?」
「ふぅん。言うようになったじゃない」
サラは僕を見てニヤニヤしている。
茶化してる感じではあるが、不快感はない。
「良いわ。邪魔が入らないようにしてあげるから頑張りなさい」
彼女達にお礼を言って、僕は先頭を走るブラウンジャッカルへ向かっていく。
先頭のブラウンジャッカルも標的を僕に決めたようだ。速度を上げ、僕に向かって飛びかかってきた。
速い。けど動きが視える。
飛び込んできたブラウンジャッカルに合わせ、左足を前に出し、体をひねりながら全身を使っての横薙ぎ。
両手で握った剣に重みがかかる。剣先でブラウンジャッカルを捕らえた感触だ。
外した時の事も考えて、そこまで力を入れたつもりはなかったが、ブラウンジャッカルは思った以上に吹き飛んだ。
吹き飛んだものの、空中でくるりと一回転を決めて華麗に着地をした。
これはダメージが無いかと思ったけど、よく見れば腹部が割け腸がはみ出ている。
着地をしたものの、よろよろと動けずにいるブラウンジャッカルの元まで走り、僕はトドメを刺した。
サラ達の方を見ると、とっくに戦闘は終わっていたようで、皆が僕を見ていた。
「えっと。えへへ」
何といえば良いか分からず、思わず愛想笑いを浮かべてしまった。
何が「えへへ」だよ。そう思うと余計に恥ずかしい。
そんな僕に対し、アリアは無表情で頷き、サラは満足そうに手を腰に当てている。
「エルク。今のは、ちょっと大振りだったです」
「そうかな? 一応空ぶりをした時の為に、そこまで力を入れたつもりはなかったけど」
今のは例え外れていても、すぐに2撃目が出せる位の力にしていた。
その証拠と言わんばかりに、僕はリンの前で先ほどと同じ横薙ぎを見せ、即座に腕を引き2撃目の突きをしてみせた。
「なるほど。エルクは日頃からちゃんと頑張ってたみたいです。その証拠に結構筋肉が付いてるです」
僕の二の腕を触り、リンが褒めてくれた。
触られると、ちょっとこそばゆい。
「これからも頑張れば、エルク君もダンディみたいになれるかもね!」
ははっ。それはごめんだ。
道中のモンスターは、問題が無い限りは、僕も剣で戦闘に参加しながら旅をつづけた。
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