第5話「エルフ」

 詰所の奥の部屋に案内され、僕らはテーブルに座った。

 木製の変哲のない長テーブル。僕ら4人が座ってもまだスペースがちょこっと余ってる。対面分も入れれば10人以上は座れそうなサイズだ。

 そんなテーブルを部屋の真ん中にドンと置いてもまだ余裕のある広い部屋。ここは皆で食事を取ったりする部屋なのだろうか?


「ええっと。人族ってぇと、コーヒーはイケルか?」


「いえ、おかまいなく」


「いやいや。せっかくのお客さん、しかも人族ときた。色々話を聞かせてもらいてぇところなんだ」


 ちなみに今僕と会話しているのは、先ほどの黒いコートを羽織っていたリザードマンの人だ。

 何というか、この馴れ馴れしいチャラい喋り方は、あの人みたいだな。


「まぁなんだ、ここがどこか教えてやるし、必要なら帰り道の案内だってしてやっても良い。だから少しくらい良いだろぉ?」


 そう言ってチャラいリザードマンはお湯を沸かそうと、火打石をカチカチしている。 

 その様子を見ていたサラが「火なら私がつけるわ」と家庭用魔法で火をつけると、リザードマン達から「おお」といった声が上がった。

 普通の家庭用魔法でそこまで驚く事なのだろうか?

 チャラいリザードマンがコーヒーの準備をしている間に、僕らの対面に別のリザードマンが3人来た。正直全員同じような顔だから区別がつかない。

 もしかしたら彼らも、僕らの顔の区別がついていないかもしれない。

 

「まずは我々の方から挨拶をした方が良いだろう。ここは魔族の関所のような所だ」


「関所、ですか?」


 関所にしては大分おざなりな気がする。

 策があるわけでもないし、彼らも僕らが来たときは表で見張ってたようには見えないし。このままではどうぞお通りください状態だ。

 必要性を全く感じないけど。


「あぁ、関所と言っても通行税を取ったりとかそういうのは無いんだ。どちらかと言うと見張り小屋に近いかな」


「僕らのように、迷い込んだ人のためですか?」


「う~ん、それもあるんだけど。例えばだよ? 例えばだけど、戦争とかが始まりそうな気配を察知したら一旦ここに報告して、それから砂漠を突っ切って魔族領に行くんだ」


 ようは人族に怪しい動きが見えたらすぐ報告できるようにって事か。

 しかし砂漠を超えたらすぐそこに魔族領って、それならもしかしてヴェルって、人族と魔族が戦争になったら真っ先に戦場になるんじゃないだろうか?

 授業で聖魔大戦の話を聞いた時は、ヴェルが戦場になったなんて話は聞かなかったけど。 


「あっ、魔族領が近いと言っても普通の人族は勿論、魔族も我々のようなリザードマンじゃないと通れない厳しい砂漠だから、戦争になったとしてもその砂漠を超えて軍が来るなんてことは無いから安心して欲しい。僕らも砂漠を超えるのが精いっぱいだし」


 なんだかしどろもどろになって、聞いてもいないのに言い訳を始めた。

 何をそんなに焦っているのだろうか? 他のリザードマンは先ほど見せた固まったような表情で緊張しているようにも見える。

 もしかして、本当に戦争か何かが起こると言う事なのか?

 この人達を信じるべきか、僕の心の中に一種の疑惑が生まれた。

 そして先ほどから言い訳を続けるせいで話が進まない。どうしようかと考えていると、先ほどのチャラいリザードマンが急にテーブルの上にダイブし始めた。

 この人さっきからテンションおかしくない!?


「俺達リザードマンってのは、こうやってうつ伏せになりながら両手を付けるのが降参のポーズなんだ」

 

 テーブルにダイブしたまま、両手を付けて降参のポーズをするチャラいリザードマン。


「そ、そうなんですか」


「ってぇのは嘘だがな! ガハハハ」


 ウソかよ!

 というかこの人何したいんだ? わけがわからない。


「っつうわけで、ここからは俺が正直に全部話すから聞いてほしい。一切ウソなんざつかねぇ」

 

 他のリザードマンが「何やってるんだよ」と言って机から退かそうとするが、必死にしがみつくチャラいリザードマン。

 チラリと彼(彼女?)と目が合ったが、正直顔の判別も出来なければ表情もあまりわからない。だけど何かを伝えようとしているのだけは何となくわかった。

 引きはがそうとするリザードマンに「一応、話だけ聞いてみましょう」と言って間に入ると、しぶしぶといった様子で引いてくれた。

 どの道、もう一人のリザードマンの話を聞いていたら、しどろもどろの言い訳で進みそうにないし。


「隊長がさっきから要領の得ない話してた理由なんだが、俺らはよ、正直言うとお前ら人族が怖え。1000年前に魔族が人族に滅ぼされそうになったくれぇだ」


 怖い? 僕らが?

 サラやリンは怪訝な表情になっている。アリアはいつもの無表情だけど。

 僕が言うのもなんだけど、僕らのパーティって見た目が怖いイメージが無い気がする。むしろ弱そうまである。

 他の冒険者と比べて軽装だし。


「1000年前の戦争で魔族も人族も殺し合った。だが俺らはもう遠い昔の事なんざ気にしちゃいねぇが、お前らがどう思ってるかわからねぇ。下手な事を言って怒らせちまったらどうしようか、多分うちの隊長はそれでさっきから言い訳がましい事を言ってるんだと思う」


 なるほどね。

 彼ら(彼女?)は僕らと同じだ。歴史を知っているから相手が自分達の種族の事を恨んでいるのではないかと思い込み、腫れ物に触れるような態度になってしまっていたんだ。

 僕らも僕らで、下手な事を言って怒らせたらどうしようと思い黙り気味だった。それが相手に余計な不安を与えてしまっていたのだろう。

 

「怖くはあるが、お前らに興味がある。だからもしかしたら変な事言って気を悪くさせるかもしれねぇ、そこは先に謝っとくスマン。でも話がしてぇんだ」


 そう言って頭を下げるチャラいリザードマン。周りのリザードマンは黙ってこっちの様子を伺っている。

 ここまで言わせておいてだんまりは良くないな。


「すみません。実は僕らも同じ気持ちでした」


 立ち上がり、頭を下げる。

 

「僕らも魔族に対して恨んだりといった気持ちは一切ありません。僕らで宜しければいくらでも話を聞きます」


 そう言って右手を差し出すと、「おうよ」と言って笑みを浮かべながらチャラいリザードマンが握り返してくれた。

 多分ニヒルな感じで笑っているのだろうけど、牙が見えてちょっと怖い。


「俺の名はペペ。そしてさっきうだうだ言ってた奴が隊長のピーピだ」


「僕はエルク。このパーティのリーダーをやっています。よろしくお願いします」


 その後にサラ達とリザードマンさん達でお互い名乗り合った。

 隊長のピーピさん、チャラいリザードマンのペペさん、それからパッチさん、ポロさん、そして女性のリザードマンのプルリさん。

 正直、全員見分けがつかない。プルリさんだけ声が高いから何とか判別できるけど。


 リザードマンから見たら人族も見分けがつかないのかなと思ったけど、そうではなかった。一応程度には僕らの見分けはつくらしい。たまに僕とリンを間違えてたりするけど。


 そしてリザードマンはリザードマン同士でも見分けがつかないそうだ。なのでお互い見分けがつくように色々と工夫しているようだ。

 ピーピさんは軽鎧に肩当てが付いていて、パッチさんとポロさんは紐の色が違う。


「俺っちはこれよ、これ」


 ペペさんはそう言って額に指を指している。よく見ると額に星マークがあるのがわかる。


「かっこいいですね」


「そうだろ? ナイフでグサっとやってな。結構痛かったけどな」


 ナイフでって、マジか。

 ちなみにプルリさんは瞳の色が違った。普通は緑らしいがプルリさんは赤色だ。

 魔術の才能があるリザードマンは、才能の属性に近い色の瞳になるらしい。

 ただリザードマン種は魔法適性が限りなく低く、才能があると言われてる人が頑張っても扱えるのは中級辺りまでがせいぜいだと言っていた。

 火属性の魔法の才能があるプルリさんは、サラに興味を持った様子だった。サラに対して笑いかけるプルリさんだが、やはり笑うと牙が出て少し怖い。サラが笑顔で応えているが、どっちかと言うと苦笑いだ。



 ☆ ☆ ☆



 サラはプルリさんと一緒に詰所の外へ行った。プルリさんに魔術に興味があるから教えて欲しいと懇願され、魔術を教えるために。室内で魔法を使うわけにはいかないしね。

 その後に「俺らは辺りを見回りに行ってきます」とパッチさんとポロさんが出て行った。

 最近ぶっそうなモンスターが頻繁に出没するらしい。今のところ被害はないが、警戒するに越したことはないとか。

 そして部屋には僕、アリア、リン、ピーピさん、ペペさんが残った。


 色々と話をして、わかった事は人族も魔族も対して変わらないという事だ。

 勿論細かいルールの差異はあるけど、基本は同じだ。

 ただ魔族領は乾いた大地が多く、人族の住む地域よりもモンスターの頻度は高いそうだ。

 それでも人族と同じように街を守る警備隊や冒険者が居て、一般的な村人は人族と同じようにモンスターと戦ったりもしなければ、武器を握った事も無い人が殆どだそうだ。

 そして魔族と言っても魔族の中でも種族が多いため、種族同士の因縁が深い場合もあるそうだ。下手をすれば人族や獣人やエルフなんかより、魔族同士の方が恨みが深かったりもするらしい。


「そういや人族でも魔王様ごっこみてぇのはあるのか?」


「勇者ごっこというのがありますが、基本的に子供の遊びですね」


 僕の返事に「そうか」というペペさんはちょっとしょんぼりした様子だ。心なしかピーピさんもガッカリしているように見える。


「魔族の間では魔王様ごっこは流行ってるですか?」


 リンの疑問の言葉に、ペペさんが目を輝かせた。


「あぁ、子供から老人に至るまでみぃんなやってるぜ!」


 ペペさんが子供のような純粋な瞳で魔王様ごっこについて語り出す。彼の話に合わせて隣に居るピーピさんが満足そうに頷く。

 魔王様ごっこは割と本格的で、衣装のレンタル屋や舞台などがある他、地域の祭りでは『魔王様コンテスト』という、如何に魔王様っぽい言動が出来るかのコンテストとかもあるそうだ。

 そういやイルナちゃん達も好んで勇者ごっこをしていたし、流行っているというのは本当なのだろう。


「しかし、人族じゃあ子供の遊びって扱いか」


 ため息をつき、またしょんぼりとした様子に戻った。


「あぁ、でも最近ヴェルで勇者ごっこするための道具が開発されて、それで大人もやっていましたよ」


「ほう、そいつぁどんな道具なんだ?」


「えっと、聖剣と魔剣という名称の棒で。そうですね長さは僕が今持ってる剣くらいの」


 聖剣と魔剣の説明をするけど、ちゃんと説明しきれない。とりあえずぶらんぶらん動く棒で頭についたボールを叩く程度の説明は出来たと思う。

 上手く説明できた自信は無いけど、そんな僕の説明でもペペさんは目をキラキラさせながら聞き入ってくれた。ピーピさんは満足そうな表情をする余裕も無くなったのか、凄い勢いで頷いてくれてる。


「なるほど。それならケガをする心配も無く全力でやれるな。おまけにそんなブラブラ動くんじゃ『瞬戟』を使っても普通に振るうのと速度に差が無いから意味がねぇ。剣術が使える奴と使えない奴の差も小さいし面白そうじゃねぇか。それで大人数でやってたって言ったが何人位でやってたんだ?」


「そうですね。多分合計で1000人位は居たと思います」


「そりゃあ流石に盛り過ぎだろ……」


「本当です。嘘だと思うなら依頼が終わった後に一緒についてきて街の人に聞けばわかるです」


 勇者ごっこ大戦の真偽がどうとかよりも、道案内でついてきて欲しいのはあるかな。


「いや、でも俺ら魔族だから街へは入れんだろぉ」


「それなら、他にも魔族の人が街に居るので大丈夫だと思いますよ」


 ピーピさんとペペさんは腕を組みながらコロコロと表情を変えてせわしなくしている。

 どうするか彼らの中で葛藤しているのだろう。 


「ん~。興味はあんだけど、やっぱ人族の街に行くのは怖えってのもあるしな。とりあえず保留にさせてくれ」


「わかりました」


 怖いけどそれでも見に行きたくて迷っている所を見ると、彼らがどれだけ魔王様ごっこが好きなのかがわかる。



 ☆ ☆ ☆



「んじゃ話は一旦止めて。ここがどこか説明にすっか」


 僕らがどこにいるか教えてもらう事にした。


「ここは魔法都市ヴェルの北の森をずっと北に行った、丁度この辺りですね」


 ピーピさんが地図を広げ、指をさして教えてくれる。

 エルフの里が北西の位置にあるのに対し、僕らはそのまま北上してしまっていたようだ。


「普通は魔法都市ヴェルからここまで来るのに、一週間はかかる距離なんですけどね」


 実際は4日でここまでついた。一週間というのは多分周囲を警戒しながら歩くからだろう。

 僕らはリンが居るので、彼女の『気配察知』でそこまで警戒する必要が無い。だから普通よりも速いペースで移動していたんだと思う。


「そしてエルフの里はここからですと、南西の方角に2日位歩けば着くと思います」

 

「なるほど」


 問題はちゃんと南西に向かって行けるかだ。遭難してここまで来ちゃったわけだし。

 

「ちゃんと南西に行ってるかわかる方法って何かありませんか?」


 僕の問いに、彼らは頭にハテナマークを浮かべた感じで首を傾げている。

 ピーピさんが手をポンと叩き「ああ」と何か納得いったような表情をしている。


「俺達は何もしなくても感覚で方角がわかるんだよ」


 それは羨ましいな。

 感覚でわかるんだから一々道具や太陽を使って調べる必要が無い。だからあってるか調べ方がわからないか。

 これは困ったな。そんな風に考えていると外からドタドタと足音が聞こえてくる。何かあったのかな? 


「また奴が出た!」


 パッチさんとポロさんが慌てて部屋に入って来た。


「奴はどこに?」


「すぐ表に居ます」


 表、というとプルリさんとサラも外に居る。

 奴と言うのは、もしかしてさっき言っていた物騒なモンスターか?

 僕が駆けだそうとする前に、アリアとリンは既に部屋から飛び出していた。僕も一足遅れるように急いで走って行く。彼らもその後ろからついてきた。


 外に出るとプルリさんが尻もちをついて怯えた様子だ。その前をサラが立ちはだかるように立っている。

 そして対峙するように、2mはあるだろう大男が立っている。

 色黒な肌に肩までかかる金の髪。服装は獣の皮を縫い合わせた物を着て、腰に紐で結んでいるだけのような感じだ。

 何よりも目を見張るのが筋肉だ。全身筋肉で出来ているといっても過言じゃない。局部だけを隠すような感じの服装なので、筋肉が強調されている。

 そして、そんな大男に彼らは怯えている。怖いといえば怖いけど、そこまで怯える程なのだろうか?

 というのも大男から敵意が感じられないからだ。

 ニカッという感じの笑顔のまま筋肉を見せつけるようなポーズを決めて立っている彼を見て「あ、あいつはオーガの新種かもしれない」とピーピさんが呟いている。オーガって、そんなバカな。


「あの、ピーピさん。一つ宜しいでしょうか?」


「な、なんだ?」


「失礼だと思わないので正直に答えてください。僕とゴブリンって凄く似てますか?」


「……あぁ」


 軽くコクンと頷く彼を見て理解した。

 彼らは僕ら人族の見分けはつくが、人族もゴブリンも同じように見えているのだ。多分ゴブリンもオークもオーガも一緒なのだろう。そしてそこに人族やエルフ等も入ってくる。


「あの、すみません。お話良いでしょうか?」


 僕は大男とサラのちょうど中間の場所まで歩き、大男に話しかけた。


「かまわないぞ」


 大男が喋るのを見て、リザードマン達が驚いている。彼らには本当に人型のモンスターに見えるんだな。


「もしかして、エルフですか?」


「そうだ」


 笑顔を崩さず、ポーズを変えながら答えた大男。

 良く見ると耳がとがってるから多分エルフとは思ったけど、本当にエルフだったようだ。

 僕が想像していた華奢なエルフ像は、音を立てて崩れ去っていった。

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