第5章「エルフの里」

第1話「新たな予感」

 僕の名前はエルク。

 かつては5年来の引き籠りで、親のスネをかじるだけのダメな人間だった。

 結局家を追い出されるような感じになって冒険者に登録、僕が登録した職業は”勇者”だ。

 勇者の役割それは、炊事、洗濯、荷物持ち……いわゆる雑用係。戦闘の技術が無い僕がなれるのは勇者だけだった。

 勇者に登録して不安になっている僕、そして、そこで彼女達と出会った。


 いつも無表情で、何を考えているのかちょっと分からない女の子、アリア。

 職は剣士の上位職、聖騎士パラディンでパーティの前衛を務めている。

 基本は思い立ったら即行動。だけど後先考えず、オマケに話を聞いてくれない時が多いから何かしらやらかす事が多い。場合によっては僕にとばっちりが飛んできたりする。

 そして今回もやらかしたようで、無表情のままポロポロと涙を流している。


 ややツリ目がちな目を吊り上げて、アリアにガミガミと説教をしている少女はサラ。

 パーティの後衛で職は魔術師マジシャンだったけど、学園卒業時に上位職の高位魔導士ハイウィザードの称号を授与された。

 カチンと来たらすぐに口か手が出る性格で、今はアリアを絶賛説教中だ。「まぁまぁ」と宥めようとする僕に「何よ!」と目を吊り上げ、口から炎でも吐きそうな位の勢いで当たり散らしてくる。まるで彼女の二つ名ヒュドラ《5つの口を持つ魔術師》のようだ。


 そんなやり取りを、ちょっと離れた所で見ている少女がリン。

 パーティの斥候役で、モンスターがこっそり近づいて来たとしても、彼女が『気配察知』スキルですぐに気づくため、僕らは不意打ちに合う心配はない。

 見た目は幼く12歳位に見えるが、これでも僕やサラと同じ15歳だ。ゴシックな衣装を身に纏い、獣人族特有の耳をヘッドドレスで隠すようにしている。


「今度は一体何をやらかしたですか?」


 サラの剣幕に押され、逃げるようにリンの隣に移動した僕に、呆れた様子のリンが僕に尋ねてくる。


「さ、さぁ?」


 正直何があったか分からない。分からないからアリアの擁護がしようがなかった。


 卒業してから一ヵ月が経ち。僕らはまだ魔法都市ヴェルに居た。

 魔法大会も終わり、観光客が減り街は少しづつ元の静けさを取り戻し始めると、どこの宿も料金を通常の価格に戻し始めた。勿論僕らが泊まっている野良猫通りの宿も値段は通常の料金になっている。

 学園に通っていた頃は宿代等は学園がもってくれていたので、支出が減ると思っていたけど、その分他の事でお金を使い過ぎた。正直反省している。

 と言っても今すぐお金が無くなるほどではない。ただ他の街に移動したり、仕事が減った場合の事を考えると心許無い感じだ。

 

 卒業して二日後からはギルドで依頼を受けて、まずはお金を貯めようと言う事で方針が決まった。

 何で次の日じゃなく二日後だったかって? 卒業して浮かれて飲み過ぎた僕らが二日酔いになったからだ。 

 最近は数が増えてきているというキラーファングの討伐依頼を受けている。駆け出し冒険者にとって鬼門とも呼ばれるモンスターだが、彼女達の敵ではない。今は僕も『混沌』により時間は限られるが戦闘に参加する事が出来る。と言っても彼女達だけで楽に倒せてしまうので、今の所僕の出番はない。

 順調に依頼を受け続けて一ヵ月、実力を認められてついに僕らは冒険者ランクがDに上がった。勇者である僕はランクが無いので直接関係は無いが、それでも努力を認められたようで誇らしい気分だった。

 ランクが上がり、資金にも余裕が出来て来た。なので今日は依頼を受けずにオフにしようと言って宿に帰ってきたらこれである。


 なぜ一緒に帰って来たのに二人が喧嘩している(と言ってもサラが一方的に捲し立てているだけ)理由を知らないかと言うと、僕は洗濯をしていたからだ。

 彼女達に「洗濯を済ましてから部屋に戻りますので」と言って、宿の裏で洗濯板と桶を持って洗濯していたから、何があったか僕は知らない。

 そして、そんな僕に「手伝うです」と言って、リンも付いてきて手伝っていたから、リンも何があったかわからない。

 一体この数分の内に何があったのだろうか?

 何があったか聞いても、サラは顔を赤くして怒るばかりだ。このままじゃ埒が明かないな。


「サラに何をしたの?」


 今のサラじゃ話にならない。仕方ないのでポロポロと無表情で涙を流すアリアに聞いてみた。

 

「サラの胸を触ったら怒った」


 何を考えているのかちょっと分からない彼女は、今日も理解不能だった。

 つい先日キス事件を起こしたばかりだというのに。

 しかし、それで怒るサラもサラだ。女の子同士だし、パーティなんだからそこまで怒るような事じゃないだろう。


「何が『触った』よ! いきなりベットに押し倒して揉んできたじゃない!」


 前言撤回。サラが怒るのも仕方ない。

 しかしアリアはなんだって急にそんな事を。まぁ、犯人の目星はついているけど。


「どうして急にそんな事をしたのですか?」


「スクールが、『女の子同士で仲が良い子は胸を触り合う』って言ってた」


 やっぱり。サラが杖を握りしめ「あのバカ殺す」なんて物騒な事を言っている。出来れば半殺し程度で許してあげて欲しいかな。あれでも一応僕の親友なので。

 今はそんな親友の事よりもアリアだ。無表情でポロポロ泣きながらも、リンを目で追っている。獲物を狙う獣のような目だ。

 リンもそれに気づいたのか、アリアに警戒しながら少しづつ距離を離そうとするも、ここは室内だ。行く手を壁に阻まれてしまう。


「はい。アリアストップ」


 そのままリンに襲い掛かりそうなアリアの前に立ちはだかり、両手を前に出してストップの合図。 

 もしリンに襲い掛かれば、サラがまた怒りだしてアリアが余計に泣くのが目に見えている。

 ストップをかけた僕に、いつもの無表情でじーっと見てくる。これは「何で?」の表情だな。無表情だけど、最近はアリアが何を言いたいか何となくわかるようになってきた。


「リンが嫌がってるから、そういう事は嫌がる相手にはしてはいけません」


 子供に言い聞かせるような口調で言う。アリアが僕らの中で一番年上な筈なのに、扱いは年下のそれだ。


「わかった」


 分かっていない顔で、分かったと返事をするアリア。

 理解できないけど、やったらダメだと諭されたのでやりませんという感じだ。前みたいに「何で?」を連呼しない辺り、周りに配慮する成長を感じる。


「ほら、サラにごめんなさいして」


「ごめんなさい」


「サラも、もう許してあげるよね?」


「はぁ。そうね、私も言い過ぎたし、もう良いわ」


 一つ溜息をついて、サラは頷いた。

 サラも相変わらず素直じゃないものの、自ら自分が言い過ぎたと認める辺り変わってきてはいると思う。 


「サラ」


「何よ?」


 アリアに呼ばれ、ちょっとピクつきながらも返事をするサラ。また変な事を言いださなければ良いけど。


「サラも触る?」


「……考えておくわ」


 すぐさま否定をすると思ったけど、意外な返事だった。

 チラチラとアリアの胸を見ているから興味はあるのだろう。スクール君の言った「女の子同士で仲が良い子は胸を触り合う」と言うのは、あながち間違いではないのかもしれないな。

 


 ☆ ☆ ☆



「やぁ、冒険者ギルドへようこそ」


 翌日。冒険者ギルドのカウンターで、笑顔で僕らを迎えるスクール君。

 彼は卒業後、冒険者ギルドの職員に就職した。

 ギルドとしては冒険者と学生の間を取り持てる人材が欲しかったというところだろう。

 色んな女の子と仲良くしている彼の情報も中々の物で、冒険者ギルドに持ち込まれた依頼で、いくつか明らかに報酬が適性じゃない依頼を見つけそれを指摘した事もあるそうだ。


「今日は何の用かな。確か今日は休みにすると言ってた気がするけど」


 そんなスクール君の疑問にサラが答える。


「アンタに用事があったから来たのよ」


 笑顔で凄んでくる彼女に対し「えっ、本当に何の用かな?」と焦っているようだ。

 ギルド職員に手を上げたら流石に問題になりそうだし、サラもそこら辺は理解しているのだろう。「熱いのが好き? それとも寒いのが好き?」と脅す程度に留めている。現時点では、の話だけど。


「そ、そういえば。ジャイルズ先生が護衛依頼を出すそうだから、キミ達が受けるのはどうかな?」


 あからさまな話題逸らしだけど、あえて乗ってあげる。サラの気を引く内容なら良いけど。


「護衛依頼?」


 正直、ジャイルズ先生に護衛なんて必要あるのかと疑問に感じる。

 ヴェル魔法大会で上位に食い込む程の実力者だ。そんなジャイルズ先生が護衛を必要とする場所なら僕らで務まるとは思えないけど。


「目的地は聞いて驚け。北の森の奥地にあると言われるエルフの里。もしかしたらエルフに出会えるかもしれないチャンスだよ!」


 エルフねぇ。

 アリアはいつもの無表情だけど、サラとリンがエルフという言葉に反応をして『興味はありません』っていう顔をしながらソワソワしている。


「べ、べつに受けても良いんじゃない?」


「リンも良いと思います」


 僕も興味が無いわけじゃないし、とりあえずジャイルズ先生に会って話を聞いてみようかな。僕らには荷が重いと感じたら引き受けなければ良いだけの話だ。

 しかし彼はまだ正式に出されていない依頼の事をペラペラ喋っているけど、問題ないのだろうか。そう思っていたら笑顔のギルドマスターに首を掴まれ奥まで連行されていた。

 彼の叫び声を背に受けて、僕らは冒険者ギルドを後にした。

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