第21話「勇者ごっこ大戦」

「凄いね」


 思わず呟いた。そこには1000人は居るんじゃないかという程の人だかりだった。

 魔法都市ヴェルを南門から出て、歩いて10分程の距離にある草原は人で埋め尽くされている。

 その人だかりから少し離れた場所に、等間隔で冒険者たちが立ち、周りを警戒している。

 ここに居るのは参加者と護衛の冒険者だけではない。出店もずらりと並んでいる。まだ始まるまで時間があるので、どのお店も繁盛しているようだ。

 ある程度は予想を上回っているだろうと思っていたけど、ここまで多いのは流石に想像していなかった。


 しかしこれだけの人数が集まって、まともに出来るのだろうか?

 ルールを説明して回るだけでも苦労しそうだけど。

 実際に周りはワイワイガヤガヤ騒いでいるせいで、ちゃんと説明をしたとしても話を聞いていない人が出てくるだろう。

 大丈夫だろうか? そんな僕の不安は一瞬でかき消された。


「おおおおおおおお!!!!!!」


 人だかりから何やら驚きの声が上がっていた。

 その周りで騒いでいた人たちも、何事かと振り返ると同じように驚きの声を上げている。

 声のする方を見ると、人混みが割けて、一本の道が出来ていく。その道を優雅に歩いているのは赤いスーツに黒いボウズ頭、ヴェル魔法大会で進行を務めていた司会者さんだ。

 彼が歩くたびに人混みが割ける、彼の為に誰もが道を空けた。

 司会者さんがこのお祭りの進行をするのか、それなら安心だ。何千人という観客さえも捌ききれる彼の手腕なら何とかなるだろう。

 突然の司会者さんの登場に興奮を隠せない様子で、皆が口々に叫んでいる。


 そしてちょうど中央辺りまで歩いて来た司会者さんが、そっと左手の掌を前に向けると、周りは一気に静かになっていく。

 これだけの人数が居ると言うのに、誰一人喋る様子はない。そして彼は周りを見渡す。


「皆さんこんにちわ」


 周りから元気よく「こんにちわ」と言った返事が聞こえる。その返事に満足そうな笑みを浮かべて頷いている。

 ゆっくりと、語るような口調で静かに右手に持ったマイクで周りに聞こえるように語り出す。


「本日はヴェル魔法学園の卒業式です。このようなめでたい日を迎えた事、心よりお祝い申し上げます」


 綺麗なお辞儀をする彼に合わせ、拍手が起こり。頭を上げると同時に拍手が鳴りやんだ。

 何というかこの街の人達は彼に合わせた動作が自然に出来てて凄い。彼のカリスマがそうさせるのか、それとも昔から伝わる伝統なのかわからないけど。

 

「さて、堅苦しい挨拶はこの程度にしておきましょう。さぁ、皆さまお待ちかね! ルール説明を行いたいと思います!」


 歓声の中、ルール説明が行われた。

 参加者がそれぞれ持っているぶよんぶよんした棒の色が白色の場合は聖剣で勇者軍。黒色の場合は魔剣で魔王軍にそれぞれ分かれる。ちなみに僕、アリア、サラ、リンは黒色だ。

 聖剣(魔剣)で頭のボールを叩くと割れて、割られた人は退場となる。この棒は自分のボールだろうが味方のボールだろうが当たれば問答無用に割れてしまうので、下手に振り回すと被害が出てしまいそうだな。

 それぞれの軍で大将となる勇者と魔王を決めて、最終的に大将が退場になった軍の負けになる。

 禁止事項は、聖剣(魔剣)以外で割ろうとする行為。聖剣(魔剣)以外での攻撃行為。魔法使用による直接間接的干渉、ただし身体強化の補助魔法は使用可とする。


 何とも大雑把なルールだけど、初めての試みだから仕方ないか。その他細かいルールについては、とりあえず今回やってみて必要そうなら後日追加するとの事だ。 



 ☆ ☆ ☆



「それでは勇者軍と魔王軍、それぞれの代表となる大将になりたい方は名乗り上げてください」


「妾が大将をするぞ!」


 元気よく名乗り上げたのはイルナちゃんだった。

 絢爛豪華な鎧を身に纏い、聖剣の動きに合わせるようにふさふさと動くサイドテールを棚引かせ、ぶよんぶよん動く聖剣を天高く掲げている。

 その両隣では、片膝をついて控えるシオンさんとフルフルさん。


「さぁ悪しき魔族の手から世界を救うため。勇者イルナの名の元に集うが良い!」


 彼女の演説を聞き、聖剣を持った人たちが声を上げて彼女の元に走っていった。


「ほっほっほ、ワシも勇者軍のようじゃ」


「美しいアイツと肩を並べる私。あぁ、なんて美しい」


「リンと一緒のチームが良かったけど仕方ないか」


 ヴァレミー学園長、バーナードさん、ケーラさん、ランベルトさんは勇者軍か。

 他にも最初の予選で僕に絡んできたタッパ、ピラ、そして筋肉ダルマのウッディーさん等、大会で見た事がある人たちが勇者軍に歩いて行くのが見えた。


「勇者軍の大将が決まったようです。それでは魔王軍の大将も名乗りを上げていただきましょう!」


 司会者さんの声に誰も反応しない。魔王軍は消極的な人が多いようだ。僕もその消極的な一人だけど。


「魔王軍は名乗り上げる人が居ないようでしょうか?」


「ここに居るです」


 少し困った表情で「誰か名乗り上げて」と言いたげな司会者さんに、魔剣を高く掲げたリンが答えた。

 リンが名乗りを上げた事により、一気に周りから視線を投げかけられる。


「憎き人間から世界を取り返すため。魔王エルクの御旗の元に集うです!」


 良く見たらリンは右手で魔剣を高く掲げながら、左手は僕を指さしている。やられた!

 気付いた時には時既に遅し。僕は魔王として担ぎ上げられていた。

 ところで、イルナちゃんもリンも発言が過激すぎるけど大丈夫なのだろうか?

 魔族が魔族乏して、人族が人族乏してるし。


「まぁまぁ最強なんでよろしく!」


「ほう。またシオンとやれるのか楽しみじゃねぇか」


「この棒じゃ暗器出来ないんだけど……」


 こちらにはキースさん、ゼクスさん、それと彼はアリアと対戦した暗器使いのジャコさんか。

 他にもバンさん、マーキンさん、ゴチンコさんがいる。しかし、キースさんやゼクスさんは大けがしていたはずなのに、参加して大丈夫なのだろうか?



 ☆ ☆ ☆



 まだ開始まで少し時間があるらしく、チームを変えたい人同士が聖剣と魔剣を交換している姿をチラホラと見る。

 学園でアリア派と呼ばれていた人たちが、シオン派と呼ばれていた人たちとお互いの剣を交換していたり、リンにメロメロだった生徒達がこっちに来ている。

 交換している人の中にマーキンさんも居た。キースさんを倒すのが目的だと豪語してたけど、ゴチンコさんと戦って裸になったりしないか心配だ。


 ☆ ☆ ☆



 開始時間になり、司会者さんの「レディーゴー」の合図とともに、戦闘が開始された。

 両軍が激突する様子を、今回の為に投入された白と青の縞模様の服を着た審判約100名が、目を光らせて見ている。


 先に動いたのは僕ら魔王軍だ。

 先発隊の切り込み隊長として、キースさんとバンさんが先頭に立っている。ただ勇者軍が動くよりも早く動いたは良いが隊列なんてものは無く、各自が好きに走って行っている。

 対して勇者軍はシオンさんとマーキンさんを先頭に、二人一組のツーマンセルで全体的に歩を合わせながらゆっくり進行してきている。シオンさんとフルフルさんの指示で軍隊のような動きが出来ているようだ。

 お互いの先発部隊が衝突し、戦闘が始まった。


「お前らルール違反でアウトだ!」


 ルールで聖剣(魔剣)以外での攻撃行為は禁止されているが、つい手が出てしまったり、熱くなり本当の殴り合いを始めてしまうものも少なくなかった。

 ルール違反を審判がすぐさま見つけ出し、何人かが退場を言い渡されている。失格になった物は頭のボールをその場で割られ、自分達のチームの後方で待機になる。


「まぁまぁ最強なんでよろしく!」


 シオンさんの指揮の元、まるで軍隊のような動きで攻めてくる勇者軍。どう考えてもバラバラの魔王軍が各個撃破されそうに思えたけど、どうやらそうはならなかった。

 キースさんがバンさんと共に次々と勇者軍のボールを割って行く姿が遠くから見える。この二人の実力が規格外でエモノが魔剣でも、その実力は変わらないようだ。

 ぶらんぶらんと動く魔剣、先端の部分ではどうしても揺れる幅が大きい。なのでとにかく接近をして揺れ幅の少ない根元の部分を当てている。なるほど、これなら先端がどれだけブラブラ動いても関係ない、その分接近をしないといけないけど、近づいてしまえば確実に倒すことが出来る。

 彼らは固まって動く勇者軍に突撃し、まるで風になびく木の葉のように通り抜けていく。通った後にはボールが割られた参加者達の「あっ……」と言う事が聞こえる。気づいた時には既に割られているのだ。


「そこまでです」


 そんなキースさんとバンさんの前に、シオンさんとマーキンさんが立ちはだかっていた。

 流石に簡単にやらせてくれない相手に足を止めざるを得ないようだが、足を止めた瞬間に勇者軍が多数で彼らに襲い掛かる。例え多くの犠牲が出たとしても彼らを倒すことを優先にしたようだ。


「シオンとマーキンを相手取りながら、この数とやりあうのはめんどくさいな」


「兄さん、それなら空に誘い込みましょう」


「それだな。シオン、マーキンついてこい」


「望むところだ」


 空剣術の『浮遊』により、4人がそれぞれ空へと飛び立っていく。

 キースさんがシオンさんと、バンさんがマーキンさんと睨み合うが。


「キース、バン、マーキン、シオン失格! 魔法による直接、間接的干渉は禁止だ!」


 そう、空剣術の『浮遊』はつい最近シオンさんの魔眼により、魔術と判明された。

 魔力により作られた足場を移動する魔法。なので今回のルールで言えばアウトだ。


 早い段階で強者4人が退場になった。

 彼らが居なくなった事で、指揮を取るものも居なくなり、戦局は混戦に陥った。



 ☆ ☆ ☆



 あちこちで戦闘が勃発している。

 そんな中で一際注目を集めているのは、ゼクスさんとバーナードさんの戦いだ。

 どうやら決着がついたようで、ゼクスさんがバーナードさんにボールを割られ、顔を真っ赤に言い訳をしている。


「ふふふ、冒険者ギルドのマスターともあろうお方がこの程度ですか」


「いや、俺今めちゃくちゃ大ケガしてるし。そもそも動いたらダメって言われるレベルのケガだからな?」


「いやはや。言い訳は美しくないですよ」


「あぁ? ケガが治ったらテメェシメてやるから覚えてろよ」


 確かにゼクスさんはシオンさんとの対戦で大けがしたから仕方がないと思う。そんな彼をからかうようにヴァレミー学園長が口を押えながら「ぷぷっ、負けちゃうんだ。ギルドマスター負けちゃうんだ」と笑って挑発していた。

 その瞬間、バーナードさんのボールとヴァレミー学園長のボールが割られた。割った相手は意外にもジャコさんだった。

 魔剣の表面を千切り、暗器として投げつけた物が偶然当たったのだ。

 

「あっ……」


 何よりもジャコさん本人が一番驚いた様子だった。ダメ元で投げたら当たって本当に割れてしまった。

 

「今のルール的にどうよ?」


 ヴァレミー学園長が近くの審判に抗議をする。確かに千切って投げるのはダメじゃない?


「千切って投げてはダメってルールが無いので、今回は有効です」


 難しい顔をしてるから、審判の人も悩んだのだろう。

 そして、そんなジャコさんにヴァレミー学園長が一瞬で近づき拘束。


「ほうほう。確かにルール説明では、千切って投げてはいかんなんて言っておらんかったよな」


「えっ、ちょっと、直接攻撃したりするのは禁止されてますよ」


「なるほど、確かに禁止されておるな。でも今更ルール違反をしても、もう退場が決まっているからな」


 ジャコさんをヴァレミー学園長が連れ去って行く。

 さよならジャコさん。キミの勇士は忘れないよ。

 しかし、退場になったからやりたい放題もいけないと思うんだけど。一応近くに居る審判さんに聞いてみる。


「ところで、あれ(学園長の行為)は良いんですか?」


「ダメってルールが無いので……」


 なんとも穴だらけのルールだ。



 ☆ ☆ ☆



 色々とカオスな状況になっていたけど、1時間もするうちに膠着していった。

 ある程度お互いの数が減り出すと、お子様同士の戦い。相手を指名しての一騎打ち。剣の指南を始めると言った感じで大きな衝突が起きなくなる。どちらかと言うと対戦相手とコミュニケーションをはかるような感じだ。

 夕方にもなると両者均衡した状態が続き、たまに特攻をかけては袋叩きに合う人が出る程度で暇になって来た。相手も責めてこないがこちらも責めれない。


「そろそろご飯だから帰るわよ」


「あっ、お母さんだ。ハーイ!」


 夕暮れの時刻になり、迎えに来た親の声に子供達が次々と聖剣、魔剣を投げ捨てて帰って行った。

 後に残ったのは、その様子を苦笑して見守る僕ら学生や大人達。


「魔王エルクよ。ここは和平で手を打たぬか?」


 イルナちゃんがこちらにも届く声で、和平による終結を提案してきた。正直そうしてもらえるとありがたい。このままではいつまでたっても終わりそうにないし。

 周りの皆も笑顔で頷いている。勝った負けたと言うより、皆で騒げてもう満足だという様子だ。


「勇者イルナよ。その提案を受け入れよう!」


 マントを翻し、自分の中で魔王っぽい動きをしてみた。サラが隣で「プッ」と噴き出したのは見なかったことにしよう。

 お互いの陣営から真ん中の場所まで歩いて行き、僕らは握手を交わし和平による終了を告げた。

 

「今回の勇者ごっこ大戦は、両軍和平により今回はドローという結果になりました。皆様の拍手をお願いします」


 拍手が鳴り響き、僕らの影が長くなっていく。もう少しすれば日も暮れて完全に夜になるだろう。

 誰かが言った「よし、打ち上げに酒場に行くぞ」という声に、賛同の声が上がる。

 お子様たちが投げ捨てた聖剣や魔剣を手の空いた人が回収して、僕らは街に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る