第21話「剣も魔術も使えぬ力」

 『覇王』で一通りシオンさんを褒め続けた。

 イルナちゃんは溜息を吐き、難しい顔をして何やら考え込んでいる。

 もしかして「今から教えるのは、悪口を言って敵の士気を下げる魔法じゃ!」なんて言いださないよね?

 

「妾、実は勇者アンリの英雄譚が大好きだったのじゃ」


 そう言ってまた溜息を吐いている。

 なるほど。憧れた英雄が使う技と聞き、彼女は期待していた。

 どんな物か期待していたら「マジカッケーっす!」だもんね。僕だって最初は戸惑ったし。

 しばらく静寂が続いた。何度目かの溜息をついて、「よし」と彼女は意気込む。


「これから教える物はちゃんとした物だから、安心するが良い」


 そしてまた腕を組み、考え込む。

 やはり、まだ教えるかどうか、彼女の中で決めかねているのだろうか?

 さっきの話を聞く限り、簡単に教えて良いような代物じゃなさそうだし。

 

「実はじゃな、妾はその魔法を知ってはいるが、使えん」


 それはまた。

 知ってるけど、使えないか。


「概要と詠唱は教えるが、コツとかは何も教えられん。それでも良いか?」


 少し申し訳なさそうに、上目遣いで僕をチラチラと見てくる。

 良いか悪いか? そんなの決まってる。


「うん。良いよ!」


 そう言って、彼女の頭を撫でてあげる。

 ぷくーと頬を膨らませて「子ども扱いするではない」と言っているが、手を退けようとはしてこない。

 一通り撫でられてくれた。


「それで、どういった魔法なのか教えていただいてよろしいでしょうか?」


「うむ、そうじゃな」


 腕を組んだまま「う~む、う~む」と唸りながら、頭を左右に振っている。

 説明する言葉を考えているのかな?

 とりあえず僕も一緒に頭を振ってみたら「ふざけるではない」と叩かれた。反省。


「まずどんな魔法かじゃな。効果は肉体の超強化と魔法無効化である」


「魔法無効化って」


 強化はシアルフィみたいに、足が速くなったりすると言う事だろうか?

 まぁそっちは良いとして、もう一つの効果だ。

 魔法の無効化。普通に考えてヤバイ、魔法が効かないなんて、魔術師相手に最強じゃないか。


「しかしながら、デメリットもある。まずは魔法を無効化する代わりに自分も他の魔法が使えぬ、と言ってもお主は元から魔法が使えぬから、あまりデメリットにはならぬが、ただ治療魔法なども無効化してしまうから支援は受けられぬと思え」


 全ての魔法が無効化の対象になってしまうわけか。

 他の魔法が使えないと言うのは、元々使えない僕にとっては何のデメリットにもならないから良いけど。

 

「もう一つのデメリットが、武器は持てなくなるという事じゃ。効果中は掌から精気を吸うようになり、物を持てばすぐに朽ち果てるし、生きている者に触れたら生気を吸ってしまうから注意が必要になる」


 ん?

 いきなり微妙になってきた、それってつまり魔法を無効化するだけじゃん?

 武器も無しに戦えって、武闘家でも武器は持つのに。

 

「あの、それって、素手で戦わないといけないと言う事ですよね?」


「そうなるな」


「う、う~ん」


 まぁ、何もないよりはまだマシかな?

 魔法を使ってくるモンスターだっているし、その時に魔法を無効化出来れば、壁になる位の使い道にはなるか。 


「妾が詠唱を唱えるから、後に続け」


 ”我が頌歌しょうかを以て始まるは狂演の舞台”

 ”全てのことわりを乖離せしめよう。其の力は、『混沌』”


 思ったよりも短い詠唱だった。

 続けて詠唱してみるけど、僕の体に変化はない。失敗したということかな。


「ふむ、妾ではどうなってるかわからぬ。シオンよ、エルクは今どうなっておる?」


 その言葉に、シオンさんはハッとした様子だ。


「成功しています。初めてみる物で、何と伝えれば良いのかわかりませんが」


 仰々しい様子で僕を見つめ続けるシオンさん。

 成功している、と言われても僕自身は変化を感じないんだけど。


「ではエルクよ、あそこに木が見えるな? そこまで軽く、本当に軽くで良いからジャンプして見せよ」


 そう言って彼女が指さした先には、相当遠い場所に木が一本立っていた。

 普段の僕でも走って10秒以上はかかりそうな距離だ。100メートル以上離れているんじゃないだろうか?

 そんなところまでジャンプしてみろと言われても。

 いや、もしかしたら魔法の効果で、頑張ればそこまで飛べると言う事じゃないだろうか?

 

「やってみます」


 グッと足に力を入れ。


「馬鹿者! 軽くと言っておるであろうが!」


 彼女の声が途中から聞こえなくなっていた。

 グッと力を入れ、飛んだ瞬間に、彼女が僕の前から消えたのだ。

 いや違う、僕が物凄い速度で飛んでいたのだ。


 気がついた時には木に衝突して、それでも止まらず木はへし折れ、僕は勢いのまま地面を転がり続けた。

 一瞬の出来事で、何が起きたかさっぱりわからなかった。続けて右肩から腕にかけて激痛が走る。

 倒れたまま、僕の元へ二人が駆けつけてくるのが見えた。


「あぁもう、一旦解除するが良い。魔法が無効化されるから治療魔法をかけれぬであろう」


「ごめん」


 そう言って僕は魔法を解除しようとして気付く。


「そもそも、どうやって解除するんですか?」


「えっ?」


「えっ?」


 知らないの!?

 ずっとこのままは、不便ってレベルじゃないぞ。


「聞いたことがある。自分の中に黄色の円と黒い円を思い浮かべ、黒い円に居る自分を黄色い円に移すと解除出来ると」


 えっ、なにそれ?

 シオンさんの説明は抽象的ではあるけど、試すしかない。


 目を瞑って思い浮かべようとして驚いた。

 思い浮かべるも無く、頭の中に浮かんでくるのだ。

 そうか、これを黄色い円に移せばいいわけか。


「どうやら、無事戻ったようだ」

 

 自分では変化が実感できないけど、戻れたようだ。

 安堵の表情を見せるシオンさんに対し、イルナちゃんが僕に治療魔術をかけながらケガした部分を叩いている。


 ちょ、やめて、痛いって!

 折れてるから、絶対に折れてるから触らないで。

 いや、折れてない。痣になってる程度だと!?


 あの速度で木にぶつかったのに?

 『瞬歩』で失敗して木や壁にぶつかれば、死ぬ事も有ると言われてる位なのに。

 同じような速度でぶつかった僕がほぼ無傷って。いったいどれだけ強化されてるんだ……


「ところで。なんでシオンさんは、僕が魔法を成功したかどうかわかるんですか?」


 ケガが問題ないとわかったら、今度はシオンさんがどうやってわかっているのかが気になった。

 外見で変化が出るなら、イルナちゃんがわざわざシオンさんに聞く必要はないはずだし。

 それとも注意深く見ないと分からない変化なのだろうか?


「あぁ、俺は『魔眼』持ちだ。『魔力感知』と違い、完全に魔力の流れや方向性がわかる。だから魔法が発動する前からどんな魔法が、どこに向かってくるかがわかるんだ」


 それはすごい。

 大会でバーナードさんやフルフルさんのストームガストを食らっても無事だったのは、魔眼のおかげか。

 魔術師にとっては天敵のような人だな。


「これで治ったであろう」


 痛みはもうなくなっていた。

 しかし、改めて見ると凄い事になっているな。

 僕が飛んだであろう場所は、地面が抉れていた。

 そしてイルナちゃんとシオンさんは土まみれだ。これを僕がやったのか?

 正直まだ信じられない。


 そのまま立ち上がろうとして、物凄い吐き気に襲われる。

 口を押え、ゆっくり呼吸をする。

 慌ててイルナちゃんが僕の背中を擦ってくれている。

 少し眩暈もしてきたが、数回呼吸を繰り返したら嘘のように吐き気も眩暈も止んだけど。


「言い忘れておったが、使用後は反動が一気に来る。長時間の使用は命にかかわるから使用する際には注意が必要じゃ」


 苦笑いを浮かべ、目を逸らして、顔をポリポリと掻きながら説明をしてくれた。

 そういうのは先に言ってくれないと……

 それって、さっきもし解除出来なかったら僕は。

 いや考えるのはよそう。

 今はこの力が手に入った事に、感謝するべきか。

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