第12話「討伐」

「くっ、硬い」


 キラーファングに突き刺さった剣を引き抜こうとするが、相当深く刺さっているのか中々抜けない。

 仕方がない。前にアリアから持つように言われた剣を使おう。

 全体的に装飾の施された朱い剣。戦闘で使う事を考慮されてないような装飾だけど、それでも刃がある分さっき使っていた鈍器に近い剣よりはまともなはずだ。


「ウオオオオオオン」


 キラーヘッドが遠吠えをするたびに、キラーファング、キラーウルフ、キラーフォックスが次々と森の中から現れる。

 キラーヘッドをどうにかしない限り、ずっと遠吠えをしてキラー種を呼び続けるつもりだろう。 


「サラマンダーよ。我が腕を弓にせん、ファイヤボルト」


 引率の教員がキラーヘッドに向けて、ファイヤボルトを打つが全て回避された。

 30~40発ぐらい連射で出たのに、一発も当たらないってどういう事だよ。


「魔力感知を持っているのか、厄介な」


「魔力感知?」


「魔力の流れがわかる能力だ。魔力の流れで、私が打つ前にファイヤボルトがどこに着弾するかアイツにはわかっているんだ」


 そんな能力も持っているのか。

 遠距離から魔法で倒すのが無理となると、近接戦闘に持ち込むしかない。

 

「一度でも魔法が命中すれば勝機はあるのだが、打つ前から当たるかどうか判断されるせいで、揺さぶることすら出来ん」


 ん? 待てよ。

 キラーファングは、魔力の流れで自分に当たるかどうかがわかるんだよな?

 実際に牽制で打ってる魔法に対しては、動く気も見せない。


「一つ試して頂きたい事があるのですが」


「こんな状況で何を試すと言うのだッ」


「お願いします。もしかしたらキラーヘッドを何とかできるかもしれません」


 引率の教員が僕の目を見ている。

 信頼に足るかどうか、判断しかねているのだろう。


「それで、何をすればいい?」


「キラーヘッドの目の前に、火の中級魔法ファイヤウォールを当たらないように出してください」


「当てなくて良いのか?」


「はい、当てないようにお願いします。代わりに出来るだけ火力があると助かります」


 どうするつもりか理由を説明してる時間は無い。向こうも説明の時間が無い事を理解してるのか何も聞いてこない。


「サラマンダーよ。我が前にそびえるは通過せしモノを焼き尽くす障壁の炎。立ち昇れ、ファイヤウォール」


 ボゥボゥボゥと言う音と共に、キラーヘッドの前に3つの炎が上がる。

 しかしキラーヘッドは目の前の炎を気にした様子もなく、遠吠えを続けている。

 これならいけるかもしれない。


「すみません、シアルフィの補助魔法を使える方は居ませんか?」


 シアルフィ、足が速くなる補助魔法だ。

 基本補助魔法は効果時間が10秒~30秒位しかない上に、対象者に触れないとかけられない為、使われることは少ない。

 神官プリーストクラスになれば離れていても、司教ビショップクラスになれば見える範囲全体を対象にする事ができるらしいが。

 一人の女生徒が手を上げる。さっき僕が頭を撫でた女の子か。


「あの、10秒位で切れちゃいますが、それでも良ければ使えます……」


 10秒、それだけあれば十分だ。

 僕は急いで道具袋からドラゴンの鱗を使って作られた盾と、ヒートスパイダーの糸で作られたエプロンを取り出す。ハート柄の少女趣味全開なエプロンだ。

 唐突にこんなエプロンを着替え出す僕に対し、誰も反応をしない。状況が状況だからそんな余裕はないか。

 着替え終わると、シアルフィをかけてもらう為に女生徒の手を握った。


「あっ」


「よろしくね」


「は、はい」


 僕は彼女が不安にならないように、出来るだけ優しく声をかける。

 よし、こっちの準備は完了だ。


「アリア、辛いかもしれないけどキラーベアの相手をお願い出来るかな?」


 正直、自分が無茶を言っているのは理解しているつもりだ。

 そんな僕に、彼女は二つ返事で答える。


「わかった」


 キラーベアの相手が出来るのは、アリアしかいないだろう。他の人に任せればすぐにキラーベアの爪の餌食にされる。

 そうなったら戦力が減っていき、行き着く先は全滅だ。だからアリアに頼むのが最適解だ。

 でも、だからと言って女の子に危険な事ばかりさせてる自分に引け目を感じる。


 ピシャリと自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 余計なことを考えるな。今は自分の仕事をするんだ。

 もしここで僕がミスをしてキラーヘッドを仕留め損なえば、結局全滅してしまう。

 

「先生、彼女が僕にシアルフィをかけたら、もう一度先ほどの位置にファイヤウォールを出してください」


「あ、あぁ。わかった」


「他の方は、自衛しつつ、僕に他のモンスターが来ないように援護をお願いします」


 緊張で握った手に力が入る。


「大丈夫、ですよね?」


 繋いだ手を力強く握り返された。

 不安そうに女の子が僕を見ている。

 「ふぅ」と一息つき、僕は笑って頷く。


「それではお願いします」


「主よ。彼の者に一時の加護を、シアルフィ」 


「サラマンダーよ、我が前にそびえるは通過せしモノを焼き尽くす障壁の炎、立ち昇れ、ファイヤウォール」


 足の血管がドクドクと脈打つのが痛いほどに伝わってきた。僕は手を放しキラーヘッドに向かって走り出した。

 シアルフィの効果で、自分でも驚くほどの速度がでた。ただし速すぎて転びそうになる。足が速くなった程度でこれなのだ、『瞬歩』は制御が難しいと言う理由がよくわかる。

 まだキラーヘッドからは、ファイヤウォールで僕の姿が視認できていないはずだ。


 全力疾走でファイヤウォールの前まで着くと、両腕と顔を盾で覆うようにしながら、ファイヤウォールの中にそのまま飛び込んだ。

 あっつい!

 炎の中で両腕と顔、それに体は問題が無かったが、エプロンに覆われていない肩と足は思い切り火傷をしたようで、ジンジンとしびれるような痛みが襲ってくる。 

 ファイヤウォールを抜けると、遠吠えをしているキラーヘッドに、そのまま飛びつき羽交い絞めのように組み合う。

 両手で首を抑え、両足で後ろ脚を抑える。

 

「今です。ファイヤボルトを僕ごと打ってください。盾とエプロンに守られているので、気にせず全力でお願いします」


 もちろん守られていると言っても、どの程度の耐久性があるか分からない。

 もしかしたら死ぬ危険性もある。だけど、こうするしか方法はない。

 あとは祈るだけだ。

 引率の教員とジャイルズ先生が詠唱を唱える声が聞こえる。


「くっ……サラマンダーよ。我が腕を弓にせん、ファイヤボルト」

  

 僕の上で仰向けになって暴れているキラーヘッドに、次々とファイヤボルトが襲い掛かる。

 一発当たるごとに、キラーヘッドの体がビクンと力強く跳ねて暴れまわろうとするのを必死に押さえ込む。

 エプロンと盾で守られてるとはいえ、衝撃は防げない。全身を殴られたような衝撃に襲われ、たまらず手を放しそうになる。


 これで何発だ? もう10発以上は当たっているはずだが。

 気が付けばキラーヘッドの反応が無くなっていた。

 ファイヤボルトが止んだのを確認し僕はキラーヘッドから手を放し、念のためキラーヘッドの首にアリアから借りている剣を突き刺した。

 突き刺した剣を杖にようにして自分を支えている。正直立っているのも辛い。


 アリア達の方を見ると、キラーヘッドが倒されたのを見るや否や、キラーファング、キラーウルフ、キラーフォックスがクモの子を散らすように逃げていくのが見えた。

 問題はキラーベアがまだ残っていることだ。

 アリアは何とかキラーベアの爪を盾で防いでいるが、それが精いっぱいだ。とてもじゃないけど反撃する余裕なんてない。

 他の生徒も先生も魔力切れなのだろう、魔法を打とうとして不発している。


「助けに、行かなきゃ」


 必死に足に力を入れるが、ガクガクと膝が笑い、まともに立ち上がることすらできない。

 頼む、動け、動いてくれ。

 このままじゃアリアが、アリアが殺されてしまうかもしれないんだ。


 不意に、僕の肩が叩かれた。


「後は任せろ」


 振り返るとシオンさんが居た。フルフルさんも一緒にいる。

 その後方から、スクール君が手を振ってこちらに走ってくるのが見えた。スクール君がシオンさん達を呼んでくれたのか。

 彼らが助けに来てくれたなら、もう大丈夫だ。


 「助かった」そう思った瞬間に緊張の糸が切れたのだろう。僕はそこで気を失った。 

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