第11話「接触」


 本日の会議『勇者イジメ問題の解決方法』

 僕の隣には父が座り、対面にアリアが座っている。


 サラは「私達が一々お節介焼く必要ないわ」と言って寝室へ向かった。

 リンも「興味無いです」とサラに続いて行った。なお彼女たちの寝室は僕の部屋を使われており、僕は父の寝室で、父と一緒に寝ている。


「それで、方法っていうのは?」


「勇者以外の職業につけば良いんじゃないか?」


 勇者以外の職業につくか、なるほど! ってだめじゃん。

 勇者以外の職業につくことが出来ないから、勇者になっているわけで。

 問題がふりだしに戻っている。だが意外にもアリアはうんうん頷いている。


「いやいや、勇者以外になれないから勇者になってるんですよ?」


「勇者以外になれるよう、修行すれば良い」


「だけど……」


「やらなければ、彼はこの先もイジメられ続けるだけ」


 それ以外に方法は無いのか? 考えてみるが何も思い浮かばない。


「でも修行したとして、一朝一夕でどうにかなりますか?」


 魔法はまず無理だ。魔力の扱いや原理、詠唱等を覚える事を考えると年単位で時間がかかる。

 家庭用魔法ならあるいは? と思うが、家庭用魔法しか使えない魔術師なんて、どこのパーティも欲しがらないと思う。

 となると剣か弓になるか? 歌が上手いなら吟遊詩人もあるけど、吟遊詩人と言うと美男美女のイメージだから、正直彼の顔ではちょっと無理かなと思う。いや僕も人の事言えない顔なんですけどね。

 アリアを見ると「任せて」と顔に書いてある。まぁ剣を教えるのも選択肢に入れておこう。


 しかしアリアに任せて上手くいくだろうか? 出会ってまだ2日しか経っていないが、彼女は何というか”感覚派”っぽい気がする。

 言葉が少ないし、ちょっと表情もわかりにくい、「ぐっとやってズバッと行く」なんて教え方だったらどうしようもない。

 だけど今からそんなことを考えていても仕方ない、無理なら無理でまた考えるだけだ。


 それに彼の意見も聞かないといけない。一方的に教えてやるから来い、と呼び出して剣の修行をしても意味が無い。

 彼が勇者以外になろうと言う気が無ければ修行に身が入らないし、最悪僕らが彼をイジメる口実だと思われてしまいかねない。

 まずは会って話をする事からだ。


 自分達の依頼をこなしつつ、彼に接触して話を聞き、やる気があるならアリアが剣術を教える。今出来そうな事はそれくらいかな。父とアリアにこの考えを伝えると、うなづいて賛成を示してくれた。

 他に意見が無ければ、本日の会議は終了かな。

 

「そうだ、エルク。これを持っていけ」


 父はテーブルの上にポンと一振りの剣を置いた。

 見た目は普通のショートソードだ。鞘から抜いてみると両方の刃が先っぽの15cm位しかなく、それより後の刀身には反りこみが無い。これは剣と言うより鈍器に近いな。所謂ナマクラだ。


「どこの工房でもこういった物はどうしても出てしまう。捨ててしまうのは勿体ないが、売りに出せば工房の名に泥を塗りかねない。だから材料と同じ値段で我々商人が買い取って、工房とは関係無い場所で売られたりするのを一つ持ってきた」


 安全性は高いけど、武器としてはどうなんだろう?

 テーブルの上の置いた、剣のような鈍器をアリアはじっと見ている。


「これなら刃が短いから、剣の練習をするのに向いてる」


 うーん。練習にも使えるとポジティブに受け取ろう。

 とはいえ、僕の初めての武器か。なんだか本当の冒険者になったって感じがする。

 これで明日から僕も戦闘に参加しちゃったりして!


 ☆ ☆ ☆



 翌日。

 昨日と同じく薬草採取とゴブリンの討伐依頼を受けて町を出た。

 腰につけた剣が少し誇らしい、と同時に歩きづらい。足に当たるし、時間が経つにつれ段々重く感じる。体の重心も片方に寄っちゃうし。


 一度ゴブリンが単体で居たので、僕が一人で倒してみると提案してみた。

 結果は散々な物だった。ゴブリンが振り上げたこん棒を、両手で構えた剣で思い切り”ブン”と振って払いのけようとしたのだが、そのまま空振り。

 僕は振った剣の勢いで、その場で一回転して尻もちをついた。

 そんな僕を、ゴブリンが見下ろす形で「グギャグギャ」と笑っていながら、両手でこん棒を構えて振り上げた。言葉はわからないがバカにしているのはなんとなくわかった。


 ヤバイ。とっさに自分の頭をかばう形で両手を自分の前に交差して出した、けど想像した衝撃は来ない。

 そっと目を開けると、首の無いゴブリンがこん棒を構えた姿勢のまま、僕に倒れこんできた。

 素っ頓狂な声を上げて後ろに後ずさる僕に対して、「大丈夫?」とアリアは手を差し出してくれた。


 はぁ。正直戦闘を舐めていた。

 彼女たちがあまりにもゴブリンを簡単に倒すから、自分が武器を持った事で、同じ事が出来ると増長していた。

 ーゴブリン位なら、僕でも簡単に倒せるだろうー

 そんな考えをした自分が恥ずかしい。

 アリアが僕を起こすと、落とした剣を拾い上げて僕に渡してくれた。よく見るとゴブリンの両足の健が切られており、腹部にも数発氷のつららが刺さって穴が空いている。


「その、ありがとう……ごめん」


「べっつにぃ、アンタがケガして依頼受けれなくなったら困るだけだしぃ」


「チッ」


 僕は何もしないで、後ろに居たほうが良いのかもしれないな。

 今回はゴブリン一匹だったから良いものの、複数だったり、強力なモンスターだったら足を引っ張って彼女たちを危険に晒したかもしれない。


「今のは力み過ぎ、相手をちゃんと見て。相手の武器はただの棒だから、力を入れなくても破壊できるはず」


「で、まだやるんでしょ? 相手がゴブリン程度なら、フォローなんていくらでもしてあげるから、せいぜい頑張りなさい」


「えっ……でも迷惑じゃ……」


「初めから上手くやれるなんて期待はしてないです」


「あ、はい……」


 笑われるかと思ったけど、彼女たちは僕がゴブリン相手に剣の練習をする事に対して肯定的だった。

 「そもそも剣の持ち方が間違っている」アリアはそう言いながら、剣の持ち方を教えてくれる。

 「ゴブリンと身長が同じ位なので、練習にはなるはずです」リンが適当な棒を持って振り上げる構えをするので、それを剣で振り払う練習をさせてくれた。素振りと実践では全然違う、相手が持っている武器に当てると言うだけでも意外と難しい。

 距離が離れていると遠心力で威力は上がるが、外した時の隙も大きくなる。かといって踏み込み過ぎると相手の間合いに入ってしまうのでカウンターを受けやすい。実際リンに何度かカウンターを叩きこまれては、治療魔法をかけてもらっている。


 剣の練習に夢中になっている間に、サラがゴブリンの左耳をいくつか持ってきた。彼女一人で倒してきたのか。


「あ、ごめん……」


「別に近くに居たゴブリンを狩っただけだし、いいわ。依頼分はあと1匹だから、最後は自分でやってみなさい」 


 ゴブリンの良く出没する林に向かう途中で、リンが『待った』の合図を出してくる。目線の先にはゴブリンが2匹だ。

 作戦はアリアが片方を受け持ち、もう片方を僕がやる、と言う事で決定した。サラとリンは僕がへまをした時にフォローするための待機。

 さっきの練習通りやれば行けるはず。

 もし失敗しても彼女たちが付いているんだ。手がちょっと震えるけど、きっと大丈夫。


 ゴブリンに向かって走り出す。僕がゴブリンの前につく頃には、アリアはもう片方のゴブリンの首をはねているのが視界の隅に写った。首を失った体がどさりとその場に倒れていくのが見える。

 っと、いけない。まずは自分の相手に集中だ。


 僕はゴブリンと距離を置いてにらみ合う。ゆっくり、ジリジリと距離を詰める。

 ゴブリンも僕を睨みながら、ゆっくりと近づいてくる。

 もし僕が一瞬でも目を放したら、ゴブリンはその瞬間に襲い掛かって来るだろう。

 よし。もう一歩踏み込んだら、一気に間合いを詰めよう。

 しかし、一歩踏み込もうとするより先にゴブリンがこちらに向かって走ってきた。一瞬反応が遅れてしまったが僕の体制は崩れていない。ゴブリンがこん棒を振り上げる動作もちゃんと見えている。これならいける。


 ゴブリンがこん棒を振り下ろしたのに合わせて、僕は剣を振り、ゴブリンのこん棒を払いのけた。

 よろけながら体制を立て直そうとするゴブリンに、剣を振り上げ上段から思い切り剣を振り下ろす。狙いは頭だ。刃の短い剣では切れ味に期待は出来ない。

 だけど頭に当てれば切れなくても、その衝撃で十分なダメージを与えられる。


 振り下ろした剣はゴブリンの頭には当たらず、そのまま横を抜けてゴブリンの肩に当たり、ベキッと何かが折れたような音がした。


 その場で倒れこみ、肩を抑えながらゴロゴロと暴れまわるゴブリンを踏みつける。


「これでトドメだ!」


 僕はゴブリンの首に剣を突き刺した。

 しばらく痙攣をして、完全に動かなくなるのを確認する。初めての勝利だ。

 

「やった、やったあああああああああああああああ」


 僕は思わず叫んでいた。

 相手じゃたかがゴブリン一匹だけど、それでも嬉しかった。自分が出来たと言う事実が。



 ☆ ☆ ☆



 鼻歌交じりに薬草採取をする僕を、サラは苦笑いで見ている。少し恥ずかしいけど、気にしないさ。だって今の僕は最高に浮かれているからね!

 おや、僕の袖を引っ張るのはリンじゃないか、どうしたのかな? リンが指をさす、その先には昨日の彼が居た。


 彼は一人でせっせと薬草を採取していた。

 仲間と一緒じゃないのか? まぁ一人ならなおさら好都合だ。今の僕は昨日の僕とは違う。今の僕ならジーンさん達が居ても話しかけられるさ。


「やあ!」


「あっ、こんにちわ」


 うんうん。挨拶って大事だよね。

 軽く手を挙げて挨拶をすると、彼も愛想笑いで挨拶を返してくれた。


「今日は一人なんですか?」


「ええ……割の良い依頼があったそうで。3人で依頼に出かけたので、俺はお留守番です」


 パーティを組んでいるのに彼だけお留守番? おかしな話だ。 

 おかしな話だが一旦おいておこう。今はそんな話をしたいわけじゃないんだ。


「あの、勇者以外の職につこうとは思わないですか? 今のパーティとは、ソリが合わないんじゃないですか?」


 イジメではなく、ソリが合わないとオブラートに言ってみる。イジメと明言すると頑なに拒否される場合がある。昔の僕がそうだったから。

 「君イジメられてるの?」なんて無遠慮に聞くのは一番ダメなパターンだ。そんな物言いではプライドを傷つけるだけだ。

 プライドを傷つけられて、平気な人は居ないのだから。


「ははっ……俺は勇者以外になる事が出来なかったので、仕方ないですよ」


「それなら、今から鍛えてみるというのはどう? 私で良ければ剣術が教えられる」


 アリアの提案に対して、彼の返答は意外な物だった。


「あっ、剣術なら俺使えますよ」


 じゃあ何で勇者なんてやっているんだ。

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