第156話 打ち明け話



「……なんとも、言い難いですね」


 センの家のリビングで、深いため息を吐きながらルデルゼンが重々しく口開く。


「その気持ちはよく分かります。世迷言と普通は言うでしょうが、私には全てを戯言と切って捨てるわけにはいかない、ある程度信じて行動するだけの理由があります」


 そんなルデルゼンに、真剣な表情を崩さずにセンは自分の想いを告げる。

 現在家にいるのはセンとルデルゼン、それとニャルサーナルだけだ。本当はチームメンバーであるミナヅキや、センの補佐もしているハルカも同席してもらいたかったのだが……あまりこちら側の人数が多くても圧迫感があるだろうという事で、センの護衛としてニャルサーナルだけが同席する事となったのだ。


「ですがまぁ……防災というよりもいざという時が来た時の為の対策と言った感じです。何も起こらなければそれに越した事は無いって感じですね」


 そう言って普段通りのビジネススマイルを浮かべたセンが、雰囲気を柔らかくしながら言う。


「なるほど……あくまで、その災厄と言うのが起こった時の為という事ですか。魔物への対策という事であれば、どの国でも大なり小なりやっている事だと思いますが、セン殿はそれを個人でされているのですね」


「個人……というと少し語弊がありますね。ルデルゼン殿やここに居るニャルだけでなく、多くの人を巻き込んでいますし……なによりシアレンの街の領主を巻き込んでいますからね」


「りょ、領主をですか?」


 ルデルゼンが驚きの声を上げるが、センはにこやかな笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「それと、あの大型店舗。あそこの商会の会頭もですね」


「……」


 立て続けに大物を巻き込んでいると聞かされ、ルデルゼンはセンの本気度を感じ戦慄を覚える。


「勿論、杞憂であることに越した事は無いのですけどね。ですが、私は私にできる最善を尽くしたいという事です」


「……最善のスケールが大きすぎますね」


 ルデルゼンの台詞に、にっこりとした笑みを見せながらセンはゆっくりとかぶりを振る。


「いえ、まだ足りません。本当に想定しているような事態になった場合、この程度の力では無いのも同じです。私はもっと多くを求めていますよ」


「確かに……先程聞いた話では……大陸規模の魔物の襲来……この街一つでどうこう出来る問題ではありませんね」


「えぇ。なので一つの街よりも多くの……可能であれば、この大陸全ての力をまとめ上げる必要があります」


「……シアレンの街から覇権を取りに行くという事ですか?」


 目を見開き尋ねてくるルデルゼンに、センは苦笑しながらかぶりを振って見せる。


「いえいえ、そういうつもりは更々ありません。というか……覇権を取るという事は、戦争を仕掛けて他勢力を併呑していく必要がありますよね?そんな時間はないですし、戦争によって兵力が減ってしまっては元も子もありせん。私としては、そんなことをする兵力があるなら全て魔物に向けて貰いたい所ですね」


「なるほど……しかし、それ以外にどうやって大陸全てを束ねると……?」


「大陸全ての力を纏めるのは……理想ではありますが、流石に私も無理だと思っています。なのでせめて、大国と呼ばれている国々には協力してもらおうと持っています」


「……大国だけであれば、夢物語ではなく現実に則した考え方だという訳ですか?」


「簡単とは言いません。ですが……不可能とも言いません」


 センの真剣な様子に、ルデルゼンは唾を飲み込む。


「戦争以外の手段で、ですよね?同盟を結ぶという事ですか?」


「えぇ。最低、魔物に対してだけでも連携をとれるように……出来れば大国間の不可侵同盟ですね」


「……どのようにしてそれを成し遂げると?確かに現在大国は大きな戦いを起こしていませんが……周辺の国々は激しくやり合っている場所もありますし……大国も少し均衡が崩れるようなことがあれば動き出すに違いありません」


「……そうですね」


「セン殿がどう動くつもりかは分かりませんが……その行動が均衡を崩すきっかけになり、大戦を呼び起こすことになるのではないですか?」


 硬い声音のルデルゼンの台詞に、センは小さく笑みを浮かべる。


「ルデルゼン殿のおっしゃることはもっともだと思います。今の微妙なバランスが、私の介入によって崩れ、雪崩のような勢いで崩壊しないとも限らない……ですが、私が危惧しているのは世界そのものの崩壊。リスクを恐れ足を踏み出さなければ、辿り着く先は……」


「確かにセン殿の目的を考えればそうかもしれませんが……」


「狂人の思考だと?」


「……遠慮なく言わせて貰えれば」


 真剣な表情で頷くルデルゼンを見て、センは苦笑する。


「……セン殿はとても理性的ですし、この前頂いたアドバイス……そして、その人脈からも能力は疑いようもありません。そのような方が……先程の様な思考で動かれていると聞かされて、平静ではいられません」


「そうですね。確かに私もそんな人物を目にしたら……早めにどうにかしておきたいと考えると思います」


 そう言って肩を竦めながら笑みを浮かべるセン。しかし、テーブルを挟んで向かいに座るルデルゼンは緊張した面持ちを崩さない。


「……貴方の災厄を防ぎたいという思いも、戦争を避けたいという思いも本物だと思います。それに、十分貴方が動くことによるリスクも理解出来ている……それでも動かざるを得ないということですか?」


「魔物という脅威に対して、座して傍観出来るほど、私は達観していませんし……なにより守りたい人達がいます。そしてその人達の為にも、なるべく犠牲を出さない道を進みたいのです。まぁ……魔物の襲来が何時発生するものなのか分かっていたら、もう少し他の方法もあったかもしれませんがね」


 そう言ってセンはテーブルの上で手を組みながら小さくため息をつく。


「二十年以内にほぼ確実……ですか。明日かも知れないし、十九年後かもしれない。そんな状態では出来る限り迅速に、揉め事は少なくという気持ちは分かります……ですが……大戦は避けられますか?」


「……小競り合いを避けるのは難しく、恐らくこのシアレンの街も戦争と無縁という訳にはいかないでしょう。ですが、大国同士が激しくぶつかり合うような事態は避けられると考えています。大国が国力を損なうような事態は、私としては絶対に避けたい所ですからね」


 ルデルゼンの問いに、センはビジネススマイルを止めて真剣な表情で答える。


「その為には、このシアレンの街の発言力……つまり、国力を大国でも無視できない程に押し上げる必要があります。今この街がかつてない程の賑やかさを見せているのは、その為の流れの一つですね」


「……今の街の活気は、全てセン殿の仕掛けという事ですか?」


 硬くなっていたルデルゼンの表情が再び驚きに染まる。


「全てがそうと言う訳ではありませんが、一助にはなっていると思います」


「……具体的に聞かせて貰っても?」


「そうですね……」


 ルデルゼンの問いに、センは少し考えるような素振りを見せた後、レイフェットやライオネルと組んでやっている事……公共事業の増加や様々な政策、探索者ギルドの新しい試みや輸出入の件等を説明していく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る