第153話 頭の痛い話



「いっそのこと探索者ギルドみたいに街側から人を出すか?」


 レイフェットの言葉にセンはため息をついてかぶりを振る。


「商業ギルドを取り仕切る事が出来る人材がいるのか?いくら何でも兼任は無理だぞ?」


「……」


「それと……流石にギルドの人間が税金から禄を貰うのはな……癒着どころじゃないな。流石に。今は身内の集まりみたいなものだからいいかもしれないが、今後問題しか生まないと思うぞ?」


「やっぱそうだよな……」


 首をがっくりと折りながら、レイフェットが沈痛な声を出す。


「まぁ……現実的な所で行けば、元々身内の寄り合いだったとしても、まとめ役くらいいただろ?そいつにやってもらうしかないだろうな」


「だが能力的に不安があるって話だぜ?そこをクリアしなければ、そもそもギルドを立ち上げる意味がないだろ」


「そこは、補佐役に頑張ってもらうしかないな」


「やってくれんのか?」


「やるわけないだろ……一番人材が豊富なのはライオネル商会だが……ライオネル殿やサリエナ殿は無理だろうな。だれかいい人を紹介して貰えればいいんだが……紹介して貰えるにしてもこの街の商人ではないだろうし……色々厳しいな」


「結局、利益相反の問題に戻ってくるわけか……」


「ライオネル殿もギルドの必要性があるからこそ設立の会合をしたわけだし、提案だけして放置するなんてことはしない筈だ。街の商人達の中にギルド長を担える人材がいなかったことは、予想外だったかもしれないが……」


「サリエナ殿がギルド長についてくれると頼もしいんだがな……」


「それについては全力で同意するが……ライオネル殿同様に難しいな。頼もしくはあるが……」


「……うちの人材不足は深刻だな」


 大きくため息をつきながらレイフェットが言うのを見て、センも軽くため息をつきながらぼやくように言う。


「それはある意味仕方ないだろうな。優秀な人材って言うのは、基本的に競争の中で生まれるものだからな。競争をしてこなかったのだから頭角を現すも何もないもんだ」


「……」


 項垂れるレイフェットを見て、センは気楽な口調で言葉を続ける。


「まぁ、悪い事ばかりではないさ。それだけ平和な街だったってことだからな。この戦乱とも言える世で、過不足なく街を運営して来たんだ。誇りこそすれ落ち込む様なことじゃないだろ」


「……散々こき下ろしてきたお前が、急にどうした?」


 顔を上げたレイフェットが、理解出来ない物を見るような表情で訝し気にセンに問う。


「こき下ろしてきたつもりはないが……だが、正当な評価のつもりだぞ?この街がこうして平和であれるのは、お前の治世の賜物だろ?」


「おいおい、どうした?熱でもあるのか?死ぬのか?遺書は書いてあるか?」


「……やはりろくでもない領主だな。頭の中にちゃんと脳が詰まっているか一度確認した方がいいだろうな」


「……言いすぎだろ?」


「お互い様だろ?」


「「……」」


 中々辛辣にののしり合っているようで、二人とも余裕を持った笑みを見せる。もしこの部屋に第三者がいたとすれば、その言葉の激しさとは裏腹に穏やかな様子で会話を続ける二人の姿は、非常に奇妙な物として目に映ったことだろう。


「……コレ以上はここで考えても無理か」


「そうだな……ライオネル殿がいないと厳しいな」


「まぁ、今日は雑談ついでだったからな……ちゃんとした打ち合わせは今度必要だろうな。参加してくれるだろ?」


「……まぁ、知らない間に変な役職付けられても困るしな」


 センがため息をつきながらそう言うと、レイフェットは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「変な役職じゃなければやってくれるか?」


「それは……」


 もういいとセンが言葉を続けようとしたタイミングで、扉をノックする音が聞こえて来た。


「旦那様。申し訳ありません……今、よろしいでしょうか?」


「クリスフォードか?……あぁ、構わない」


 視線を向けられたセンが軽く頷くと、レイフェットはクリスフォードに入室の許可を出す。

 一拍置いて扉を開いたクリスフォードが部屋に入ってきたが、その表情を見てレイフェットが訝し気な顔になった。


「……?何か問題か?」


「先日捕らえた窃盗犯に関する報告です。何故、窃盗を繰り返していたのかについては最後まで分かりませんでした。というよりも本人も知らされていなかったという結論です」


(最後ってことは……そういうことだろうな)


 クリスフォードがサラッと言った台詞にセンが若干の戦慄を覚えるものの、特に気にした様子の無いレイフェットが頷きながら呟く。


「なるほど。知らされていなかったという事は……」


「はい。アレはラーリッシュの人間でした。所属はシアレン領に隣接している領地をもつ貴族の私設騎士団。命令内容はシアレンの街にて犯罪行為を行う事……理由は聞かされておらず、狙いは依然として判明しておりません」


 クリスフォードの報告を聞き、レイフェットが忌々し気な表情を浮かべながら大きく舌打ちをする。


「隣の領ってことはラグレイの部下か。命令はラグレイからか?」


「いえ、直接の命令は直上の騎士からと。ですが命令が下っていることから領主ラグレイの意向であることは間違いないかと」


「あの餓鬼……何を考えていやがる。そもそも自分の所の騎士に何でもいいから犯罪を犯せって……頭おかしいだろ?しかも、今日まで殆ど情報を得られなかったってことは、かなり根性の据わった騎士だったのだろ?」


「はい。ラグレイ如きには勿体ない人材だったかと」


「……遺体は丁重に葬ってやれ」


「承知いたしました」


 神妙な様子で言うレイフェットに、クリスフォードも異論はないと言う様に頭を下げる。


「他に情報は無いのか?」


「盗んだ商品に関しては、全て街の外に埋めてありました。全て回収しておりますが……持ち主に返す用意はしてあります」


「早めに返しておいてくれ……ただ、下手人は既に街から追放したという事にしておけ。流石に窃盗の刑としては重すぎるからな。かといって他国の工作員だったと教える訳にもいかない」


「そのように公表しておきます」


 尋問で得た情報は以上の様で、クリスフォードは一礼をしてから部屋から出て行く。

 センは、その後ろ姿を見送った後、レイフェットに話しかけた。


「その、ラグレイとか言う領主はどんな奴なんだ?」


「……馬鹿だな。その一言に尽きる。多分今回の件もうちに嫌がらせをするつもりで命令したんだろうな。何でもいいから犯罪を犯せって命令の様だったし……ラグレイの頭の中では殺人や放火と言った重犯罪のつもりだったんじゃないか?」


「部下の良識のお陰で軽犯罪で済んだってことか?その推測が当たっているとすれば……なんとも御粗末な話だな」


「本当に残念なタイプだからな。ハルキアでの会合の後はラグレイと会合しなきゃいけないと思うと頭が痛てぇよ」


 今日一辛そうにレイフェットが言うのを見て、流石のセンも同情を禁じ得なかった。


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