第147話 おつかレイフェット



「なるほど……仲間を囮にか。確かにダンジョンでは、そういう選択肢を迫られることはあるな」


 センからルデルゼンの身に起きた事を聞いたレイフェットは、酒で唇を湿らせながらそう答えた。


「仕方のない事だと……?」


「まぁ、落ち着けよ。別にそれが良い事だと言っているわけじゃない。ただ、そう言った極限状態での選択は起こりやすいと言っただけだ」


 レイフェットの言葉に若干苛立ちを見せたセンをなだめる様に、しかし真剣な表情でレイフェットは言う。


「友人がそんな目に合わされたお前の気持ちも分かるが、そういう選択をせざるを得なかった側の気持ちも分かるって話だ」


「……すまん」


「気にするな。お前の子供達の接し方を見ていれば、実にお前らしいと思うしな」


 そう言って真面目な表情を崩し笑うレイフェット。そんなレイフェットを見てセンも毒気を抜かれた様に、固まっていた表情を憮然としたものに変える。


「……ダンジョンはやはり怖いところだな」


「それについては否定しねぇ。この街がダンジョンを管理しているとは言っているものの……結局ダンジョン内は治外法権だからな……何が起こっても殆ど裁くことは出来ない」


「……比較的安全な階層に犯罪者が拠点を作ったりしないか?」


 レイフェットの言葉を聞いたセンが顔を顰めつつ言うと、手にしていた酒をテーブルに置き、腕を組んだレイフェットが思案顔になる。


「……密会なんかはあるだろうが……拠点を作って塒にしているって話は聞いたことがないな。だが、ありえなくは無いのか?」


「戦力は必要だろうが……悪だくみをするにはいい場所だろうな。この前話した、ダンジョンに入る人数の管理が上手く行ったら、その辺りも気を付けた方がいいかもしれないな」


「なるほど……確かに犯罪の抑制にもなるか」


「管理されているってだけでそういう事がやりにくくなるからな。まぁ、管理は死ぬほど大変だろうが……」


「……本気で人手が足りねぇな……今、サンサがギルドに元探索者をバンバン雇い入れているが……ライオネル商会が無かったらとっくに資金が枯渇してたな」


 そう言って深々とため息をつくレイフェットを見て、センは少し気遣うような表情になる。


「大丈夫か?相当疲れているみたいだが……」


「まぁな……お前が来る前も手を抜いていたつもりは無かったが……お前と話していると、今までももっとやるべきことはあったと考えさせられるぜ……」


「ずっとそこにいると気付かない事ってのはあるからな。外から来ると、色々と気になる部分ってのが目立つからな」


「閉鎖環境に慣れ過ぎていたってことだな」


 再び大きくため息をつくレイフェットを見て、センは先程よりも心配になり声を出す。


「本当に大丈夫か?」


「あぁ、街の方は滅茶苦茶忙しいが任せることが出来る相手が居ない訳じゃないしな。ただ、ハルキアの方で少し面倒なことがあってな……そっちの方で少し気疲れしているって感じだ。悪いな」


「ハルキア?何か問題が?」


 先日公式訪問ということでハルキアに向かっている……ことになっているレイフェットは、センに召喚魔法を使ってもらいハルキアのいくつかの街を訪問している。現在は馬車移動中という事で街に戻ってきているという訳だ。


「最初やり取りしていたのは、うちとの領境を治める領主だったんだが……今回は他の街に移動しているだろ?獣人差別者が多くてな……」


「あぁ、ハルキアは人族至上主義だったな。くだらない」


「お前みたいに心の底から言い切れる奴は少ないけどな。種族によって能力に差があるのは確かだ」


「差があるのは分かるし、軋轢があるのも仕方ないと思う……だが、見下す要因にはならないと思うんだがな」


 センにとってはそもそも世界自体が違うのだから、見た目が同じ人族だからと言って、自分と彼らが同じ種族かどうかは怪しいと思っている。


(内臓の位置とか数とか……そもそも機能とか……全然違う可能性は十分あるしな。だからと言って意思の疎通が出来る相手を別の種族だからと色眼鏡で見てもな……。結局は個人個人の生き方、考え方だろ)


「それはそうなんだがな。力が弱い奴は強い奴を羨む、頭の悪い奴は頭のいい奴を羨む。自分では届かない物を持つ奴を羨み、それを認めたくないからこそ蔑むって言うのは珍しくない感情じゃないか?」


 ズバッと他人の考えを切って捨てるセンの言葉に、なんで自分が馬鹿の擁護をしているんだと思いつつレイフェットは言う。


「嫉妬する感情自体を否定するつもりは無いさ。だが、本音と建て前を使い分けられないような奴が他国との交渉に出て来るというのは問題だな」


「まぁ、向こうは大国だからな。相手は正式な外交官と言う訳でもないし、能力も人柄もピンキリだろ」


「それはそうかもしれないが……小国相手でも心証を悪くしてもいい事は無いと思うんだがな。しかも相手は国のトップだぞ?」


「そうか?自分達の立場を分からせること自体は、多かれ少なかれどこでもやっているだろ?それに、こちらとしては侮ってもらった方が何かとやり易いしな」


「……そういう考え方もあるか」


(少し熱くなっていたな……直接言われたレイフェットより俺がいら立ってどうする)


 冷静になり切れていなかった自分に気付き、肩の力を緩めゆっくり深呼吸をする。


「分かっているからと言ってムカつかねぇわけじゃないけどな。確かにお前の言う通り、いくら国力に差があると言っても、一国のトップ相手にする態度じゃない事は確かだし……侮るにも程があるだろうとは思う」


 センが冷静になったのを見て取ったレイフェットが、今度は怒りを滲ませながらぼやく。センは内心反省しつつも肩を竦めながら軽い口調で同意した後、自分の考えを口にする。


「侮られている内に力を確保したい所だが……流石に現状、ハルキアと伍する事が出来る程の国力を持つ事は難しいな。金は稼げるが国土と人には限りがあるからな……」


「普通は大国並みに稼げるなんて簡単には言えないんだがな……」


 レイフェットが苦笑しながら言うが、センは肩を竦めると皮肉気に口元を歪ませる。


「そうでもないさ。正直、独占市場と言えるほどの状況だからな。探索者が増えれば増える程、ダンジョン探索が進めば進むほど金は稼げる。出来れば素材をそのまま売るのではなく、加工していけるともっといいんだがな」


「鍛冶や冶金、革細工なんかか?」


「あぁ、一次産品よりも二次産品の方が、輸出した後の使い道が限定出来るしな。隣国なんかには武器に使われる素材よりも、嗜好品や日用品を売りつけた方がいいだろ?それに、簡単に売るなら素材そのままの方が容易いが……そうなるとこの街の産業が発展しない」


「なるほど……今は探索者や商人に対しての支援を厚くしているが、そちらの分野にも投資するべきだな」


「あぁ、金はため込んでも仕方ないからな。ガンガン投資に回すべきだ。どうせ倍以上になって返って来る」


「お前は本当に強気だな……失敗する可能性もあるんだぞ?」


 レイフェットはそう言って苦笑するが、センは不敵な笑みを崩そうとしない。


「今に限って言うなら失敗はあり得ない。その為の下地は既に作ってあるからな。この投資は賭けではなくただの必要経費だ。まぁ、言うまでも無い事だが、ちゃんと利益を考えて投資しないと失敗する。闇雲に金を突っ込めばいいってもんじゃないが……人材育成や施設投資はケチると後で後悔することになる可能性が高い。その辺の塩梅はしっかり見極めてくれ」


「やべぇな……また仕事が増える流れだ。っと、そうだ、一つ報告が上がっていたな」


「報告?」


 額に冷や汗を浮かべながら、若干慌てた様子でレイフェットが話題を替える。そんなレイフェットを見ながらセンは表情を変えることのなく問い返す。


「あぁ、以前お前が気にしていた窃盗犯の話だ。クリスフォードが調べた所、かなり不審な点が見つかってな……お前の懸念が当たっていそうだ」


「何があったんだ?」


「あの窃盗犯がこの街に来たのは、あの店で捕まるほんの数日前。それにもかかわらずあちこちで窃盗を繰り返している……だが、盗んだ商品がどこにもないんだ」


「……怪しさを隠す気が無さそうな情報だな」


「今はクリスフォードの部下が街に来てからの足取りを洗っている。口が堅くてまだ狙いも分かっていないが……普通に考えて他国の工作員だろうな。クリスフォードの尋問に堪えられる素人がいるはずない」


 レイフェットの何気ない言葉に一瞬背筋を冷たくしたセンだったが、必死に聞き流し思考を今得た情報に割く。


(どこかの組織が仕掛けてきたのは間違いないが……ハルキアか、それともラーリッシュか……治安の低下が目的にしては、窃盗は被害が小さすぎる。徐々に被害の規模を大きくしていくつもりだったとしても……やはりやり方が微妙だな)


 これ以上の考察は現状では無理だなと結論付けたセンは、自分の方からもレイフェットに報告する事があったと思いだした。


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