第136話 気になる客



 ルデルゼンに探索で使う魔道具の説明をして貰いながら、センは色々な魔道具を手に取っていた。


(なんというか、微妙に用途がキャンプ道具に似ている気がするな。まぁ、あまり詳しくはないんだが……キャンプの知識があれば魔道具として色々応用できたかもな)


 センはそんなことを考えながらルデルゼンの説明を聞いていたのだが、微妙にルデルゼンの意識が他所に向いているのを感じた。


「ルデルゼン殿。何か気になる事でも?」


「あ、あぁ、すみません。気になる事といいますか……少し気になる人物がいまして」


「気になる人物……?」


「えぇ……少し動きが怪しいと言いますか……」


 そう言って視線を動かしたルデルゼン。センはその視線を追ってみたが、残念ながらセンの目には怪しい動きをしている人物というのが分からなかった。


「えっと……すみません、ルデルゼン殿。私にはどの人物の事言っているのか分からないのですが……怪しいというのはどういった感じですか?」


「恐らく……盗みでしょうね。従業員の配置や動きを具に確認しています。落ち着いている感じもあるので、恐らく常習犯かと」


「盗み……万引きか」


「この店はセン殿のお知り合いのお店という事ですし、捕えておいた方が良さそうですね」


 センが盗みと聞いて難しい表情になったのを見て、ルデルゼンが下手人を捕まえることを申し出る。


「そうですね……でも、店の外に出るまでは言い逃れが簡単なんですよね。新店ということもあり、店のルールを知らなかったと言われれば注意だけで終わってしまいますし……」


「なるほど……確かに普通の店と違ってその辺は面倒がありますね。では店の従業員に知らせておきますか?」


「……それがいいでしょうね。丁度こちらに店員が向かって来ていますし、彼に伝えておきましょう」


 センはこちらに気付いて近づいてくるニコルを見ながら言う。


「いらっしゃいませ。お客様、よろしければ商品を案内させていただいてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、よろしく頼む」


 身内だからとフランクになる事は無く、真面目に接客を始めるニコルにセンは軽く笑みを返した後、小さな声で話しかける。


「ニコル。盗みを働きそうな奴がいる」


「……」


 センの言葉に少しだけ眉を動かしたニコルだったが、それ以上の反応は見せずにセンの言葉を静かに聞く。


「ただ、この店の形態だとこの場で捕まえるのは少し難しい。注意して未然に犯行を防いでもいいと思うが、どうする?」


「……僕としては未然に防ぐ方がいいのですが」


 少し困った表情をしながらニコルが言う。


「ふぅむ……ですが、未然に防いだところで、あの者は機会を改めて繰り返すだけですよ?」


 セン達の会話が聞こえていたらしいルデルゼンが、やはり声を抑えてニコルに言う。


「そうですね……」


「因みにあの入り口付近にいる、ローブを着た……」


 ルデルゼンが視線で示した人物をニコルもこっそりと確認する。


「……分かりました、ありがとうございます。上の者に報告してくるので少々お待ちいただけますか?」


「あぁ、分かった」


 少し肩を落としたニコルだったが、すぐに気持ちを切り替えこの場を離れる。


「……確か、あの子はセン殿が面倒を見ている子の一人ですよね?」


 そんなニコルの背中を見送ったルデルゼンが優しい声でセンに問いかける。


「えぇ。ニコルと言います」


「……優しい子ですね。それに聡い」


「えぇ。自慢の子です」


 ニコルの背中を見送りながら、センが優しい笑みを見せる。

 この場でその表情を見ているのはルデルゼンだけで、センと同じくルデルゼンも相手の細かい表情を読み取ることが出来ず、その笑みには気づかなかった。




 戻ってきたニコルと共にセン達は暫く魔道具売り場を見て回った後、輸入食品売り場に行きラーニャとトリスに軽く顔を見せてからエミリの店を出ることにした。

 成り行きでずっとルデルゼンと店を回り色々と話をしていたが、お互いにとって中々有益な情報交換となっていた。


「本日は色々とありがとうございました。勉強になりました」


「いえいえ、こちらこそ、セン殿のお陰で随分と割引をしていただきましたし」


 色々と魔道具を買い込んでいたルデルゼンだったが、会計時に表示価格からかなり割引をして貰っていた。


「いえ、ルデルゼン殿が泥棒を見つけたお礼ですよ」


「ははっ、たかがその程度の功績であんなに割引をしていては、商売あがったりですよ?あの者が出す被害以上に割り引いて貰っていると思います」


 そう言って、軽く買い込んだ魔道具を入れた袋を叩くルデルゼン。

 ルデルゼンがニコルに伝えた万引き犯の事は上司に伝えられ、その情報はエミリに伝わり彼女が魔道具売り場まで来ることになった。

 その結果、ルデルゼンが買おうとしていた魔道具を全て割り引くという大盤振る舞いとなったのだ。


「エミリさんの話では、最近ライオネル商会だけでなくシアレンの街の商店の多くで窃盗の被害が出ているそうですし、純粋に感謝しているのだと思いますよ?」


「確かにそんな話をされていましたね……そういえば、私が良く行く薬屋の主人も最近そういった被害が出ていると聞いたことがあります」


「窃盗の被害か……」


(シアレンの街は結構治安はいいと思うが……多発する窃盗……レイフェットに伝えておいた方が良いかもな。個人の窃盗犯ならともかく、組織的な窃盗犯なら少しマズい)


 センは少し考えるように顎に手を当てていると、ルデルゼンがその様子を見て問いかけて来る。


「何か心当たりが?」


「いえ、そういうわけでは無いのですが、この街の治安維持に少し協力している部分があるので……」


「そうだったのですか。もしや、単純な窃盗犯ではないとお考えですか?」


「その可能性もあるかなと思った程度ですよ。今回ルデルゼン殿が見つけた窃盗犯を調べれば、街で起こっている他の窃盗についても何か分かるかもしれません」


「……なるほど。もし私の方でも何か分かればセン殿にお伝えいたします」


「ありがとうございます。面倒ごとは無いに越した事は無いのですがね……」


「ははっ、そういった事を口にすると悪い方に事が動きますよ?」


 ルデルゼンが歯を剥き出しにしながら笑い声を上げ、センは世の中ってそういうものだよなと苦笑しながらため息をついた。


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