第129話 センとハルカの日常
「ホムンクルスって作れない物だろうか……」
「ホムンクルスって……人口生命体って奴ですか?」
「そう、それ」
センが自分の仕事部屋でぽつりと漏らした呟きをハルカが拾う。
二人は現在ライオネル商会の集めた情報の整理をしつつ、今後の動きや開発する魔法についての打ち合わせをしていた。
「それって……人手が欲しいって話ですよね?」
「あぁ……ライオネル商会の規模が拡大して、流石に情報の処理が追い付かなくなって来た。だが、事情を知っている人間はそれぞれ忙しいし……一番手の空いているニャルとナツキは……向いてないからな」
「あはは……それでホムンクルスですか」
「勝手なイメージだが、しっかり働いてくれそうじゃないか?」
「うーん、でも知識を教え込んだりしないといけないなら……結局働けるようになるまで時間がかかるかも知れないですよ?」
余程疲れているのか、センらしからぬ話題にハルカは苦笑しながらも自分の意見を言う。
魔法開発を共同で行っている二人は普段からお互いの意見を戦わせることも多く、時折このように突拍子の無い話でも意見を言い合っていた。
「それもそうだな……やはり、未来を見据えて学校を作ることをレイフェットに進言するか?」
「学校ですか……確かに優秀な人を育てるなら学校はあった方が良いですね」
「あぁ、いや、俺が作りたいのは……小学校だな」
「子供向けですか?」
「あぁ、と言っても教える内容は俺があの子達に教えているようなレベルになるから……この世界においては高等教育に当たるか?」
ハルカはセンが面倒を見ている三人の事を思い出しながら、学府で受けた授業を口にする。
「あの子達なら……算数に関してはすぐに学府でもトップクラスの成績を取りそうですね。学府の授業で習ったのは平均や比率、割合の出し方、後は速度計算やグラフの作り方と言った実生活でも使うようなものでしたし……既に基本が出来ているあの子達ならすぐに覚えそうです」
「その辺りは実用性が高いからな。軍でその辺りの事が理解できていないと苦労するだろうし、必修だろうな。後は方程式とか二次関数……それと三角関数辺りを使えると意外と便利だが……」
「三角関数って何に使えるんですか?」
ハルカが首を傾げながらセンに問いかける。
「一番分かりやすいのは測量だな。道具が必要だが距離や高さが簡単に測れるからな。教科書上だと分かりにくいが……外に出て実践してみると学校の勉強も結構便利な物が多いぞ?まぁ、社会に出て使うかどうかは人それぞれだと思うが」
「知識は無駄にならないってことですね……」
「あぁ、無駄な知識なんて一つもない。まぁ社会に出た後で三角関数を使ったことは……仕事でもなかったが」
「あはは。でも結局はこうしてこの世界に来て役に立っているんじゃないですか?」
「そうだな。使ったことは無いが……俺が街の外に出るような生活をしていたら使っていただろうが」
そう言って肩を竦めたセンが話を元に戻す。
「まぁ、それはさておき……小学校を作っておけば、数年後には優秀な人材が手に入りやすくなる。ホムンクルスを作るより現実的じゃないか?」
「うーん、それは間違いないと思いますけど……秘密を教えても大丈夫かどうかって点は、クリア出来ないんじゃないですか?」
「流石に、子供達が成長するくらいの年月をかけても秘密だらけの行動を取らなくてはいけないって状況は避けたいところだな……」
センが苦笑しながら答える。
セン達の目的を考えるに、数年かけても周囲に色々と秘密にしながらこそこそと策略を練っているような段階では、とてもではないが災厄への対抗は間に合わないだろう。少なくとも近くにいる人間は、センと同じ目的に向かって進んでいるといった状態でなければ、身動きがとりづらいことこの上ないと言える。
「それは確かにそうかもしれませんね……でも、今の子供達が学校に通うとなると……今既に成人して、働いている方々は色々と大変になるのでは?」
学校に通うことがスタンダードになれば、通っていなかった年代との知識的な格差はかなりのものになる。現にラーニャ達三人はライオネル商会で長年働いている従業員と、計算能力では遜色ないどころか上回っているとの評価を受けていた。
「知識が全てって訳ではないけどな。だが当面は子供だけではなく大人にも門戸を開いておけばいい」
「仕事をしながら勉強もっていうのは難しくないですか?日本みたいに電気が使えて、夜でも問題なく机に向かえるって訳じゃないですし……」
「なるほど……確かに夜に明かりを使えるのは富裕層に限られるな。安価な灯りか……その辺も開発したいな……」
センがそう呟くとハルカの口元が引きつる。
「ま、またですか……まだ開発待ちの魔法が結構あるんですけど……」
「そうだな……まぁ照明は魔道具になるし、優先度は低めだな。最優先はやはり通信用の魔法だが……」
「言葉を送るのはかなり難しいですね……信号を送信することくらいなら成功しましたけど……受信の問題もありますし……」
「受信の問題が何とかなれば、モールス信号みたいな物を作ればいけるんだがな」
現在送信を垂れ流すという方法で信号を送ることは成功しているのだが、それを受信する術が無かったのだ。
「そうそう……魔法自体の開発ではないんだが、俺が研究していた方法が成功したぞ?」
ハルカが学府で学んだ知識や理論を基に、センは魔法式の新しい起動方法を研究していた。
新しい魔法ではなく基礎理論の研究という事で、かなり時間がかかることを覚悟していたのだが、先日ひょんなことから成功してしまったのだ。
「おめでとうございます!魔法式から別の魔法式を呼び出すってやり方ですよね?でも、何故そんな方法を模索されていたのですか?」
「理由は色々あるな……今後の開発速度を上げる為であったり、より多くの魔法を使えるようにする為であったり、可読性を上げつつ難読化したり等だな」
「えっと……詳しく聞かないと理解出来ないですね。何故魔法式から別の魔法式を呼び出すことがセンさんの言っている事に繋がるのですか?特に最後に言った可動性を上げながら難読化するって……真逆の事を同時に叶えるってことですか?」
ハルカが口元に拳を当てるようにしながらセンの言葉を反芻し、飲み込み切れずに混乱する。
「魔法式を起動すると書かれた順番に魔法式が処理されていくよな?その途中で各種パラメータをセットしていき、魔法式が最後まで処理されることで魔法が発動する。火の玉を生み出す魔法なら、『大きさ』『火力』『飛ぶ速度』『飛ばす方向』設定しなければならないパラメータはこんな感じだな。火を生み出し球状にすると言う部分は魔法式に固定値としてかき込まれている」
「はい。ですが最近の主流はパラメータの設定を術者がするのではなく、魔法式の中に固定値としてかき込む方法ですね。パラメータを設定するのは得手不得手がありますし魔法の発動速度が遅くなります。だから発動速度を上げるためにパラメータを固定値として最初から設定しておき、誰が使っても同じ効果を発揮する魔法式が求められています」
「兵に魔法を覚えさせるなら統一規格の方が運用しやすいからな。誰が使っても同じ速度、同じ威力って言うのは軍隊向きだ。今回の話したい内容とは少しずれてきたが、こちらも興味深い話だな。とはいえ、今日は話を戻そう。魔法式は魔法を発動するために必要な情報が書き込まれているわけだが……仮に火の玉を撃つ魔法式の量を十とする。更に似た様な水の玉、氷の玉、風の玉を撃つ魔法もそれぞれ十とすると、魔法使いはこの四つの魔法を覚える為に四十の容量を必要とするわけだ」
センは机の上に置いてあった紙に図を書いていき、ハルカはその図を見ながらコクコクと頷く。完全に仕事の話から離れ、魔法の話で盛り上がる二人の話は更に熱を帯びて行った。
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