第93話 ナツキ恐怖を覚える



「俺が災厄を防ぎたい理由ってのはそういうことだ。防いだ後は精々のんびりとこの世界で過ごさせてもらうさ」


「まぁ……私達も友達はこっちにもいるし、防げるなら防ぎたいけど……」


 ナツキの顔にははっきりと、災厄を防げる気がしないと書いてある。


「あの女の言うを信じるしかないのは癪だが、俺は絶対にこの世界を魔物から守ってみせるぞ?」


 癪と言うあたりにかなり力を込めて言い放ったセン。


「言い切るのは凄いけどさ……どうやるのよ?」


「その為に頭を捻って色々手を打っているんだが……正直人手も時間も足りないな」


「私はそういうの考えるの向いてないから……でも、手は貸せるよ!」


「そりゃ当然協力はしてもらうが……二人はどうやって災厄に対抗するつもりだったんだ?」


「うーん、私は今まで自分達の身を守るだけで手いっぱいだったって言うか……まず強くならないとって思って頑張ってたかな」


「……私はお姉ちゃんのサポートしか出来ていませんが……何からどう守ればいいのかすら私達は分からなかったので、災厄についてはどうすることも出来なかったです。すみません」


「まぁ、ハルカさんの言う通りだな。なにか起こるから助けてって言われてどうしようもない」


 頭痛を堪える様にセンがこめかみに手を当てながら言う。

 セン以外の人間は災厄の内容が大規模な魔物の襲撃という事を知らない。当然、そんな状態で有効な手が打てるはずがないのだ。


(送り込まれた他の人間が真面目に取り組んでいたとしても、この二人と似た様な状況である可能性は否定できない。やはり早く見つけないとマズいな……懸念は殺人者の存在だが……)


 この世界に来ていきなり一人が殺されたという事件についてセンが聞こうとした所、ナツキが少し明るい様子で口を開いた。


「でもさ!強くなろうとしたのは正解だったよね!魔物の襲撃って言うなら、私が滅茶苦茶強くなっていれば簡単にやっつけられるんじゃない?」


 その台詞を聞いて、センは物悲しげな表情になる。


「な、なんでそんな顔するのよ!何か変な事言った!?」


「お前がいくら強くなってもそんなに意味はないんだよ。いや、全く意味がないとは言わないぞ?だがそんなことで魔物の襲撃という災厄から世界を救う事は出来ない」


「なんでよ!あ、私の才能の話してなかったわね!私の才能を聞けば絶対納得するわよ?」


「魔法の才能だろ?」


「……何で知ってるのよ?あ、もしかして……さっき特別に貰った相手の強さを見る能力って、才能まで分かるって事!?」


 ナツキがテーブルをバンバンと叩きながら興奮するのを見てため息をつくセン。

 因みにハルカはそんな姉の横で困ったような表情になっている。


「そんなすごい力を貰っていたら良かったんだがな。現状一度も役に立った事は無いな、強さを計る能力は。俺がお前の才能を知っているのは、お前が武術大会で優勝したからだよ」


「あ、あーなるほどぉ」


「ずぶの素人かどうかは分らんが……少なくとも、こんな戦うことが日常のすぐそばにある世界で、一年程度頑張ったくらいの人間が他を抑えて優勝出来る訳ないだろ?特別な才能……自分が努力するべき才能を理解してでもない限り」


「……あ、でもハルカの才能は……」


「ハルカさんは魔法開発の才能じゃないですか?」


「はい、その通りです」


 センが遥かの方を見ながら尋ねると、ハルカは素直に頷く。


「なんでよ!?」


「お前が使っているオリジナル魔法を開発したのが彼女って噂が流れているからな。いくら否定をしても……バレバレだろう?それにもう一つ」


「まだ理由があるの?」


 センの言葉に顔を引き付けらせながら驚くナツキ。自分達の秘密をバシバシ当てられてはその気持ちは分かろうというものだ。

 恐らくレイフェットがこの場にいたらナツキに同意し、深く同情したに違いない。


「俺が魔法開発の才能を貰おうとしたら既に選んだ人間がいるって却下されたからな。それだけだったら他の人間が選んだ可能性も捨てきれなかったが……さっき二人は同時にあの女に会ったって言っていただろ?つまり才能を選ぶ際に相談出来たって訳だ。恐らくナツキが魔法の才能を選んだ時に、それを見たハルカさんが開発の才能を選んだ……とかだろ?」


「見てたの!?」


「事情を知っている人間が二人と話したらほぼ全員が分かる話だ。お前の横でハルカさんはずっと苦笑していたぞ?」


「ハルカ酷い!」


「え……ご、ごめん」


 センに指摘されたハルカがナツキに謝るが、ナツキは酷く不満気だ。


「っていうかさっきからずっと気になってたんだけど!なんで私は呼び捨てでハルカはさん付け?後口調もハルカには丁寧な感じで私にはぞんざいな感じなのよ!あんたもしかして、ハルカのこと狙ってるんじゃないでしょうね?」


 センの事を睨め着けるナツミに対し、センは涼しい顔のまま口を開く。


「ハルカさんには丁寧に対応するべきだと思ったからそうしているだけだ。お前にはそう言うのは必要ないと思ったからしていないだけだ」


「なんでよ!もっと敬いなさいよ!私この世界で一年先輩よ!?さっきまでみたいにナツミ様って呼びなさいよ!」


「あ、あの、センさん。私の事は呼び捨てで構いません」


 ヒートアップしていくナツキの横で、ハルカが申し訳なさそうにセンに申し出る。


「分かった、ハルカ。そうさせてもらう。それでナツキ、さっきの話に戻すぞ」


「分かってないよね!?」


「まぁ、聞け。お前が世界で一番魔法を使えるようになったとしても、それで世界を救うのは無理って話だ」


「……魔法は凄いわよ?個人の力で戦車みたいに色々吹き飛ばせるんだから」


「魔法がどんなに凄くても、個人の力で世界規模の災厄は防げない。仮にナツキが一人で一万の魔物を倒せたとしても、ハルキアにいるお前は自分の傍に居る人間しか守れない。その人達を守っている間に遠くの地で、帝国やら獣王国やらが魔物の群れに飲み込まれて滅びる……最終的にはそれらを滅ぼした魔物が、お前の守っている場所を目指してくるわけだ。不眠不休で戦い続けてもいつかは倒れる日が来る。そして世界は滅びる」


「……」


 センの言葉に納得が行ったのか、ナツキが表情を硬くして黙り込む。そんなナツキを見て、センは少しだけ表情を緩ませて軽い口調で続きを話す。


「でもな?百の魔物を倒せる奴を百人用意したら一万の魔物を倒せるんだ。千人用意したら十カ所をナツキと同じ規模で守ることが出来る……俺が目指しているのはそう言う事だ」


「強い人をいっぱい集めるってこと?」


「簡単に言うとそうだな。強い奴を育てるには金が必要。強い奴を集めるには権力が必要。そしてそれを適切に使うには国同士の繋がりが不可欠だ」


「……そんなの簡単にどうにかなる話じゃない」


「あぁ。だから色々足りていないんだ。この世界に来てもう四か月だ。準備は進めているが……まだまだ全然だ。今災厄が起こったら確実に終わりだな」


「……怖いこと言わないでよ」


「五年以内に三割だぞ?いつ起きてもおかしくない数字だ」


 センの言葉に二人が驚いた表情に変わった。


「五年以内に三割って……そんな話聞いてない!」


「……あぁ、そうか。これも俺にしか知らされていないのか。俺が目覚めた時にあの女からメモを残されていてな。ハルカのメモと一緒に冊子に挟まれていたんだ」


 そう言ってセンは残されていたメモを二人に渡すと、メモに視線を落とした二人の表情が見る見るうちに青褪めていった。


「まぁ、そう暗い顔するな。忘れる訳にはいかないが、気にしても仕方ないことだからな」


「そんな話をしておいて気にするなって……」


 ナツキが気落ちした様子で呟く。


「具体的な数字を見せられると危機感は増すが、俺達がやらなければならないことは変わらないからな」


 肩をすくめる薦を見たハルカが、心持顔色を取り戻し真剣な表情でセンに尋ねる。


「……センさんがライオネル商会を通じて玩具を売ったりしているのは、その為の資金稼ぎってことですか?」


 ハルカのその言葉を聞き、ナツキが両掌をポンと打ち合わせた。


「あ、なるほど……って、この世界に来て四か月くらいでもうそんな事をやってるの!?」


「あぁ、いや、玩具の販売は金の為じゃない。多少稼いだところで個人の資産でどうにかなるレベルじゃないしな。玩具の販売は……この世界に送り込まれた五人……四人を見つける為だな」


 意味が分からないと言った様子でナツキが首を傾げる横で、ハルカは何かを考える様に口元に手を当てる。


「……どういうこと?どうやってトランプで私達を見つけるのよ?」


「実際見つかっただろ?」


「……え?」


「ライオネル殿がお前に会いに行ったのは商談でも、物を売りつけに行ったわけでもないぞ?俺の為に繋ぎを作ってくれたんだ」


「いや、全然意味が分からないんだけど……」


「……それでプレイカードって名前を?」


「あぁ、その通りだ。餌の一つだな」


「いや、ほんと分んないんだけど……ハルカは分かったの?」


「う、うん……多分?」


「教えてよー!」


 若干困った様子でセンの方を見るハルカに、センは頷いて見せる。


「えっと……お姉ちゃん、この玩具の事、お店でトランプって呼んだんじゃない?」


「ん?んー?トランプってこの世界にもあるんだって思ったから……言ったかも?」


「うん……これをトランプって呼んだから……それを調べられたんじゃないかな?」


 ハルカの言葉でナツキの表情が気持ち悪い物でも見た様な物に変わる。


「……そ、そんなことしたの?こわぁ……」


「この世界は個人情報保護の観念が甘いからな、探ってもらうのは簡単だ」


「そうですね……そしてアレを知っている人がみたらその反応は……トランプと呼ぶか、考えた人を探るか……ですね?」


 笑顔で言うハルカにセンは笑みを浮かべつつ頷く。


「……滅茶苦茶怖いんだけど」


 そんな二人を見ながらナツキがぼそりと呟いた。


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