第91話 選手交代
「ケンザキトオヤ、トキトウハヤテ……ですか?」
ナツキによって告げられた二人の名前を口にしながら、軽く首を傾げるセン。
「えぇ、その二人のうちどちらか……若しくは二人とも、ライオネル商会に関わっているんじゃないですか?」
目つきの鋭くなったナツキが、若干怒りを滲ませながらセンを問い詰める様に言う。
(……この世界に先に送り込まれた五人の内、一人があの部屋で殺されたと教えてくれたのはハルカの残してくれたメモだが……二人の様子を見る限り、仲違いをしたのは間違いなさそうだな)
ナツキだけではなく、ハルカの方も緊張した様子でセンの事を見つめているのを見て、センはそう判断したが、これ二人に警戒されても仕方がないのですぐにかぶりを振って否定する。
「少なくとも私はそのお二方の名前を聞いたのは初めてですが……後で会頭に確認してみましょう」
「ありがとうございます。でも……えっと……」
今までの明快さが鳴りを潜め、ナツキが急に歯に物が挟まったように口籠る。
「……もしや、ナツキ様達がその二名の事を探している、という事は相手にバレて欲しくないということですか?」
「はい……少し危険な相手なので……」
気が重そうな様子で話すナツキを安心させるように、センは極めて誠実と言った声音で話す。
「なるほど、畏まりました。一先ず、プレイカード等を考案した人物は先程おっしゃられていた名前ではありませんよ」
「え?そうなんですか?」
「えぇ」
センは口元を笑みの形にしながら、安心させるように二人に頷く。
(俺から見て、二人の様子に嘘は無かった。仲間と思っていた者達の中に危険人物がいて、それに怯えている……先程までとは違い、青褪めた顔や強張った指先は演技ではないだろう……しかしどうする……?)
「……お姉ちゃん、偽名ってこともあるから……」
「あ、そうね。えっと……アルクさん、この玩具を考案した人ってどんな人ですか?」
「……お約束頂きたいことがございます」
(これ以上、この娘達から情報を得るならば次の段階に進むべきだろう)
ビジネスライクな他人として得られる情報は殆ど得たと判断したセンは、きわめて真面目な口調で二人に話す。
聞く者が聞けば、その声には若干の緊張の色を感じることが出来ただろうが、センと対面している二人には雰囲気が変わったことしか分からなかった。
「これから話す内容は、ライオネル商会、そしてこれらの玩具を考案した人間に相応のリスクを齎す内容です」
「……その人の話をすることがそんなに危険なのですか?」
「これらの玩具は今まで無かったものです。既存の物の発展ではない、全く新しい物なのです。他の商会は、現在血眼になってこれらを考えた人物を探しております」
「そんなたかが……」
「たかが玩具、ではありませんよ。ナツキ様」
ナツキの言葉を遮り、センは話を続ける。
遮られたナツキは若干バツが悪そうにしていたが、真剣な様子で話の続きに耳を傾けた。
「現在、ハルキアの王都で販売を開始したこの玩具は、庶民だけでなく貴族の間にも広がりをみせており……ゆくゆくは王都どころか国境さえも飛び越えて販売されていくでしょう。この手に収まる程度のおもちゃが、世界中で販売されるようになるのです。その時ライオネル商会、そしてこれを考えたものが得ることが出来る財は……下手をすれば小国の持つ金貨の総量を越えていくでしょう」
「……」
センの言葉に目を丸くしながらプレイカードの収められた箱を見るナツキ。
「既にライオネル商会は、これらの玩具をハルキアの商業ギルドだけではなく、各国の商業ギルドで登録出来るように手筈を進めており、登録が済んでしまえばライオネル商会だけがこれらの玩具を製造、販売する権利を有するわけです。それを防ぐ為、そしてまだライオネル商会が販売を始めていないアイディアを手に入れる為……考案者は狙われているのです」
「……そんなことが……」
(まぁ、実際まだそこまでの話ではないけどな。だが、ハルカはともかくナツキの方はどう見ても迂闊な感じだからな、このくらい脅しておいた方が慎重になるだろ)
センの誇張に誇張を重ねた話に、完全に固まってしまったナツキ……その様子を見たハルカが意を決してと言った感じに口を開く。
「……い、今までのお話から察すると……アルクさんはその玩具を考えた方をご存じという事ですよね?」
「えぇ。その通りです」
「……そして約束して欲しいとおっしゃるという事は、私達にその方の事を教えてくれようとしているという事だと思いますが……会頭であるライオネル様や、玩具の事を考えた方の許可は取らなくて大丈夫なのでしょうか?」
探るようにというよりも、確認するように尋ねてくるハルカに、センは笑みを湛えながら答える。
「えぇ。この件に関しては私が一任されておりますので。私が判断したことであれば、咎める物はおりません」
「……分かりました。あともう一つ……どうして、何故私達に話してもいいとアルクさんは判断されたのでしょうか?私達が他の商店のスパイと言う可能性はゼロでは無い筈です」
「その可能性は確かに否定できませんが……その理由を話す前に先程のお約束の話をさせてもらっても良いでしょうか?」
「……はい」
「そう身構えなくても大丈夫ですよ。簡単な話です。今日これから、この場であった話は他言無用。出来れば、学府に戻ってから、お二人だけで話すことも避けて頂きたいのです」
「学府に戻って……自分達の部屋でも、ですか?」
「はい。おっしゃる通りです」
センがきっぱりと断言すると固まっていたナツミが再起動する。
「いや、それは無理でしょ?大体私達だけしかいない場所なら……」
「お姉ちゃん、アルクさんは万が一にも話が漏れるのはダメって言ってるの。誰もいないと思っていても、壁の向こうに聞こえているかもしれない、突然誰かが部屋に入ってくるかもしれない。そう言ったリスクを避けるために、この場の話を外でしないで欲しいって言っているの」
「それはそうかもしれないけど……」
「お姉ちゃん」
渋るナツキに対してハルカがぴしゃりと言い放つ。
(気が弱いタイプなのかと思っていたけど、かなり芯はしっかりしているようだな。姉に対してだけなのかもしれないが……少し迫力があるな)
「これはアルクさん達だけがリスクのある話じゃないの。さっきアルクさんも言ってたでしょ?小国の持つお金以上の金額が動く話なの。私達がそれについて何か知っているってバレたら、私達だって危ないんだよ?アルクさんが約束して欲しいって言っているのは、アルクさん達の為でもあると同時に私達の為でもあるの」
「う……わ、分かったけどぉ……」
「けどはありません。約束が出来ないならお姉ちゃんは部屋から出て下さい。私だけアルクさんのお話を聞きます」
「うぐ……わ、分かった!分かりました!」
(姉妹の立場が完全に逆転しているな。しかし……やはりハルカの方が頼りになりそうだな)
妹に叱られる姉を見ながら、センがハルカの評価を上げていると姉から視線を外しセンに向き直ったハルカが居住まいを正す。
「アルクさん、この場での話を外では絶対にしないとお約束します」
「えっと……私も約束します」
ナツキの煮え切らない様子にハルカがギロリとナツキを睨むと、慌てた様子のナツミが絶対に外で喋りませんと宣言をする。
(やはりナツキの方は不安が残るが……ハルカが一緒に居る限り大丈夫か?話す相手もハルカだけだしな)
「ありがとうございます。お二人の誠意に私も全力で応えたいと思います」
そう言ってセンは、気持ち背筋を伸ばしてから口を開く。
「これらの玩具をライオネル商会に提案したのは、私です」
「……えーーーーーーーー!?」
部屋にナツキの声がこだました。
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