第81話 接客担当トリス



「……兄様……いらっしゃいませ」


「あぁ、トリス。仕事頑張っているみたいだな」


 傍に来たトリスを労いながら頭を撫でるセン。トリスは嬉しそうにセンの掌に頭を擦り付けながら目を細める。


「丁度良かった、トリス。良かったらこいつに商品の説明をしてやってくれないか?」


「……こいつ……誰?」


 知らない子供にコイツ呼ばわりされたアルフィンが声を上げようとするが、その前にセンがトリスを窘める。


「すまん、トリス。俺がコイツ呼ばわりしておいてなんだが……コイツは一応客だからな?」


「……失礼しました……お客様」


 そう言って頭を下げるトリスを指差しつつ、口をパクパクさせながらセンの方を見るアルフィン。


「セン!お、お前もさっきからコイツコイツって、俺を誰だと思っている!」


「店で騒ぐなよ。お前は俺の生徒だろ?それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない」


「そ、それはそうだが……」


「そんで、この子にとってお前は金づるだ。それ以上でも以下でもない」


「……毎度」


「言い方!後、お前もセンに乗っかるなよ!この店の店員なんだよな!?」


「……そう見えない?」


「そう見えるから驚いているんだよ!」


(……アルフィンは揶揄うと反応がいいな。ゲームをしている時も打てば響くって感じで実に騙し甲斐があった……っと、流石に店で騒ぎ過ぎだな)


「だからアルフィン落ち着けって、少ないとは言え他にもお客さんはいるんだから」


「……さっきから間違ってないんだが、凄くむかつくんだが?」


 顔を顰めながらいうアルフィンに笑いかけたセンは、トリスに自己紹介をするように促す。


「……私はトリス。エミリの店の店員で……兄様の妹」


「俺はアルフィンだ。領主レイフェットの長子だ」


「……領主?長子?」


 聞きなれない言い回しにトリスが首を傾げる。


「領主はこの前うちに遊びに来たおじさんで、アルフィンはその息子さんだ」


「……あぁ……耳は?」


「アルフィンはお母さん似だそうだ」


「へぇ……残念」


 何がとは言わないが、トリスはアルフィンの頭を上に視線を向けつつため息をつく。


「本当に失礼な奴だな……はぁ、まぁいいか」


(一気に沸騰するわりにすぐ相手を許すよな、コイツ。レイフェットの子供って感じがする。器がでかそうだ)


 ため息をつきながら言うアルフィンを見てセンが感心していると、アルフィンがセンの事を見上げて来る。


「それよりセン。面倒を見ている子がいるって言っていたが、妹もいたのか?」


「……まぁ、皆俺を兄と呼んでくれているな。あぁ、一人は名前で呼んでいるか」


「なるほど、そういう感じか」


「……トリスは兄様の妹……それ以上でもそれ以下でもない……でもそれ以外なら恋人でもいい」


「……妹とは呼べない様だな?」


「いや、妹で大丈夫だ」


 半眼で告げて来るアルフィンにセンは答えるが、トリスは若干不満気な表情だ。


「自己紹介はそんなもんでいいだろ、じゃぁアルフィンそろそろ買い物の時間だ。トリスは商品の説明を頼む」


「よし……金貨一枚、いや銀貨七枚残すんだな……」


「……?それなら……」


「トリス、今アルフィンは算術の勉強中だ。合計金額を教えてあげるのは無しで」


「……分かった」


(トリスなら一瞬で答えを出せるからな。話によると仕事内容は、店を案内しながらその場で客に計算してあげたりもしているらしいし……重宝されるはずだな。そう言えばラーニャはいないのか?)


 真剣な表情で値札を見ながら指を動かすアルフィンから目を離し、店の中を見渡す。しかしそう広くはない店の中にラーニャの姿は無かった。


(客も少ないし、裏で仕事をしているのかもな。トリスもカウンターの奥から出てきたし、恐らく向こうで何かしているのだろう)


 アルフィンの相手はトリスに任せ、センは後ろからアルフィンの選んだ商品の金額を覚えておく。


(金貨一枚で普通の家庭なら一ヵ月以上は過ごせるって話だからな。そう考えるとここに残っている商品は相当高額って感じだ……探索者達なら問題なく買えるのだろうか?確かニャルの奴が、ガラスの弁償で金貨一枚って言ってもそこまで動じて無かったな)


 恐らく家でニコルに稽古をつけているであろう猫少女の事を基準に、探索者の稼ぎを予測するセン。流石に、ルデルゼンに探索者がどのくらい稼げるのかをいきなり聞くわけにもいかず、新人は生活にも困窮するレベル、中堅以降でようやく安定すると言った程度しか知らないのだ。


「う……こ、これはいくらだった?」


「……それは銀貨十四枚」


「さ、さっきの見た奴は?」


「……銀貨五十五枚」


「こっちのはいくらだ?」


「銀貨十枚と銅貨三十五枚」


「ど、銅貨だと!?それはダメだ!次!」


 銀貨よりも更に細かい銅貨が出てきたことでアルフィンは泣きそうな顔になる。

 そんなアルフィンを見て、仕方ないなと言わんばかりにトリスが一つの置物を指差した。


「……これはどう?……金貨五枚」


「超えてるじゃねぇか!馬鹿なのか!?馬鹿なんだろ!?」


「……アルフィンは小さくて失礼」


「小さいは余計だ!大体お前も俺と同じくらいじゃないか!」


「……トリスはこれからどんどん大きくなる……アルフィンは不憫」


「俺だってすぐにでかくなるわ!どこに憐れむ要素がある!」


「アルフィン、また声がでかくなっているぞ」


「うぐ……」


 センが注意するとアルフィンが言葉に詰まる。その様子を見て、センが苦笑しながら店内に目を向けると、カウンターの傍に居るエミリだけではなく、店内にいた客もアルフィンたちの会話を聞いて笑いを噛み殺しているようだった。


「……アレはお勧め。水を綺麗にする魔道具……一個銀貨七枚」


「ほう、水を……いや、今魔道具の性能はどうでもいいのだが……銀貨七枚……」


「……今なら一個銀貨七枚の所……二つ買うと銀貨十五枚……銀貨一枚お得です」


「へぇ……銀貨一枚も」


 そう言ってアルフィンは指で金額を数えていく。


「……十三……十四……ん?」


 再び指をゼロに戻したアルフィンが、指を開いていきながらゆっくりと数字を数えていく。何度数えても指が十四を数えたところで止まるようだ。


「おい、銀貨七枚を二つ買うと銀貨十四枚なんだが?」


「……うん……あってるよ」


「得してないじゃないか!」


「……お店は銀貨一枚得してる」


「そういう事か……って納得できるか!」


 再び声を荒げるアルフィンと普段通りと言った様子のトリス、そして二人の元へ笑顔のままゆっくりと近づいていくエミリ。


「……トリスさん?」


「……と言うのは冗談……これは二つ買ったら銀貨十四枚……三つ買ったら銀貨二十一枚です」


 笑みを崩さないエミリが後ろから声を掛けると、トリスは真面目に案内を始める。


「そ、そうか……ところで、随分と計算が早いな?それとも、覚えているのか?」


「……?覚えているのは九九……兄様に教えて貰った……毎日言って覚える」


「……九九ってなんだ?」


「……九九は九九……掛け算の覚え方?」


「ん、んん?」


 そもそも掛け算を知らないアルフィンは首を傾げる。そんな二人の頭を軽く撫でたセンはアルフィンへと話しかける。


「その辺は後々な。ところでアルフィンどうだ?いけそうか?」


「……無理だ。数字が大きすぎて計算しきれない」


 苦々しい表情で告げるアルフィンにセンは尋ねる。


「アルフィンは指を使って数えているよな?あれはなんで指を使っているんだ?」


「え?なんでって……指を使って数えて行けば、目で見て確認しながら数えられるだろ?」


「でも数字が大きくなると訳分らなくなるよな?」


「……あぁ」


「じゃぁ、どうしたらいいと思う?」


「指を使わなくても計算できるようになれって事だろ?」


 若干げんなりとした様子でアルフィンが言うが、センはかぶりを振る。


「それは今やれって言われても無理だろ?今すぐにやれる方法だ」


「……そんなのがあったら苦労してない」


「ふむ……」


 肩を落として落ち込むアルフィンを見て、センは顎に手を当てる。


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