第76話 レイフェットの頼み
「すまんな、呼び出したりして」
軽い様子で謝ってくるレイフェットを見てセンは肩をすくめる。
「いや、問題ない。今日は特に用事もなかった……それに俺も少し聞きたいことがあったから丁度良かった。」
「そう言って貰えると助かるぜ。何が聞きたいんだ?」
「先にそちらの用事を済ませてからでいいさ。その恰好を見るに、どこかに遊びに出かけるって訳じゃないのだろ?」
センの言う通り、先日釣りに出かけた時とは違い、レイフェットは初めて会った時の様な領主に相応しいパリっとした服装だ。
「あぁ、そうだ。今日は実は頼みがあってな」
「……頼みね。まぁ話くらいは聞いてやるが」
「そうか、悪いなよろしく頼むぜ」
「……聞くのは話だ、頼みを聞くとは言っていない」
「まぁ、そう言うなって。損はさせねぇからよ」
ニヤニヤしながら押し切ろうとするレイフェットを見て、センはため息を聞いて立ち上がろうとする。
「まぁ、待てよ。軽い冗談だ、ほれ、座れよ」
そう言ってレイフェットは手ずから飲み物を注ぎセンに渡す。
「……昼間から酒か?この街の領主は大丈夫なのか?」
「この程度酒の内に入らねぇよ、軽く舌を湿らせれば言葉を軽くなるだろ?」
「言葉が軽くなるのはアルコールのせいだろ……って……これキツイぞ」
センは喉が焼けるような熱さに顔を顰める。
「なんだ、まだお子様には早かったか?このガツンとくる感じがいいんじゃねぇか」
「……きつ過ぎるが……後に抜ける香りはいいな。飲みやすいとは言わないが」
「これが分らんとは可哀想な奴だ。まぁ、今度はもう少し軽い酒を用意しといてやるよ。それで、話なんだが……お前の所に子供が三人居たよな?」
ため息をつきながらかぶりを振った後、少し体を前のめりにしながらレイフェットが確認するように言う。
「あぁ。それがどうした?」
「あの三人は……サリエナ殿の娘……そう、エミリ嬢の店で働いているよな?」
「あぁ」
レイフェットの問いにセンは頷くが、内心レイフェットが何の話をしたいのか分らず首を傾げていた。
「あの年頃の子にしては受け答えがしっかりしているだけじゃなく、算術も出来るし文字も書ける。エミリ嬢の様に幼き頃より高等教育を受けているのかと思って本人達に聞いたら、算術や文字の読み書きを習い始めて、まだ一年と経っていないって言うじゃねぇか」
「あぁ、なるほど。そういう事か」
得心が行った様子でセンが頷くとレイフェットがさらに身を乗り出してくる。
「何涼しい顔して頷いてんだよ。お前、あの三人とんでもないぞ?」
「そうだな。俺もあそこまで覚えが早いとは思わなかったが、あの子達の努力の結果だな」
(今は多分小学校三年か四年くらいの算数、後は基本的な読み書きはほぼ大丈夫って感じだな。高校時代の彼女の妹に算数を教えた経験が生かされたって感じだ。まぁ、必死さの違いか理解の速度が全然違う……地頭の差かもしれんが)
センはそんなことを考えているが、教科書に沿って勉強として教えるか、生活に沿って自分に役立つように教えるかで理解度は変わってくるだろう。それに何よりセンの考える通り、意欲が違う。勉強を押し付けられ、苦手意識が先行している人間と、勉強に憧れ、知識の習得に貪欲な人間が同じな訳がないのだ。
「いや、いくら本人達が精力的に学んだとしても、たった数か月であぁはならんだろ」
「実際なっちまったんだから仕方ないだろ?」
「流石に、あぁ、そうだなで済む様なレベルじゃないぞ?どんな教え方をしているんだ?」
「どんなって言っても……普通に教えているだけだと思うが……」
センはそう言って少し考えるそぶりを見せた後、自分の間違えに気付いた。
この世界においてセンの知っている限り、学習というものは二段階ある。
まず第一段階、家庭教師を雇い基礎的な学力を身に着ける。これはライオネル達から以前聞いた話だ。
そして第二段階、家庭教師によって仕込まれた基礎学力を用いて試験に挑戦、合格することで高等教育を受けることが出来る。しかし、この高等教育と言う表現が厄介だった。
試験に合格した時点で適正を振り分けられ、それぞれの専門分野を学んでいくことになるのだ。大きく分ければ文武だが、更にその中でも細かく枝分かれしていく……それがこの世界の高等教育である。
日本の様に学習指導要領があり、九年かけて段階的に基礎から応用までを学習させていくと言う訳ではない。基礎の次はほぼ実戦と言った感じである。
そして基礎学力の中で算術と言うのはそこまで重視されていない。武官は勿論文官であっても四則演算程度、重視するのは、政治経済や歴史、地政学や軍略だ。
センはラーニャ達に中学レベルくらいの数学までを教えるつもりだが、そんなものを扱えるのは文官の中でも特に数字に強い一部の者達だけだろう。
「お前の普通はおかしい。全員学者にでもするつもりか?」
「本人達が学者になりたいって言うなら教えてやるが……俺が教えているのはあくまで生活に役に立つレベルだ」
「お前の生活はどうなってんだよ……」
呆れたようにため息をつくレイフェットに向かって、センは肩をすくめながら答える。
「意外と役に立つものなんだよ。知っていると知っていないでは、それなりに差が着くくらいにはな」
「まぁ、確かに算術の速度は凄かったし、頼りになる感じはあったが……っと、その話はもういいか。とりあえずお前があの三人を数か月教えたってことだな?」
「あぁ、そうだ」
「差し支えなければあの三人との関係を聞いてもいいか?兄弟って訳でもなさそうだが」
「別に構わない。あの子達とは三か月……いや、もうすぐ四か月になるくらいか?そのくらい前に街で会ったんだ」
どの街で、とはセンは言わない。
レイフェットには召喚魔法の事を教えていない為、移動時間にどうしても矛盾が生まれてしまうからだ。
「街で……?長い付き合いって訳じゃないのか」
「あぁ、あの子達は元々浮浪児だ。偶々縁があって面倒を見ることになった」
「……浮浪児?それは……元々教養があった子達と言う訳じゃなく、たった三、四か月で読み書きに算術、礼儀作法までお前が教え込んだのか?」
レイフェットが恐ろしい物を見るような目でセンの事を見る。
「まぁ、そうなるか?礼儀作法に関してはそこまで教え込んだわけじゃないが……元々あの子達は丁寧な言葉遣いをしていたからな。最低限、無礼にならない程度の物だ。それに俺自身そう言った作法はあまり知らん」
「……お前の基準は本当によく分からん」
レイフェットから見て、センや子供達の立ち居振る舞いはかなり上等なものだった。そのセンが礼儀作法の事は良く知らないと言う。はっきり言って得体が知れないと言う思いが無い訳では無かったが、セン自身の性格はレイフェットにとって好ましいものであったし、ひとまず気にしないことにした。
「それがどうかしたのか?」
センがそう言って首を傾げたのを見て、レイフェットは本来の用件を思い出す。
「あぁ……その……あれだ、お前は随分と子供にものを教えるのが上手いみたいだな」
「どうだろうな?あの子達三人と、後エミリさんを含めて二人くらいしか教えた事はないからな」
「いや、五人に教えていたら十分だろ?しかもあの三人とエミリ嬢……後一人は知らんが、俺の知っている四人は優秀なんて一言じゃ済まないレベルだぞ」
「エミリさんに関しては俺が教えた事なんてほとんど無いがな。俺の教え方に興味があったからって感じだな」
「なるほど……それは俺も興味があるな。まぁ、それが理由じゃないんだが……俺の息子の面倒を見てくれないか?」
レイフェットの本題を聞き、センは少し目を丸くする。
「息子……?へぇ、息子がいたのか。まぁ、その辺は後で詳しく聞くとして……面倒っていうのはどの程度だ?」
「一先ず基礎学力……出来れば礼儀作法も教えて貰いたいが……」
「礼儀作法は勘弁してくれ。一般人であるうちの子達ならともかく、領主の息子に教えるのは無理だ」
「む?そうか?問題ないと思うが……じゃぁひとまず算術と文字の読み書き。戦闘は無理だよな?」
「無理に決まっているだろ?」
センが半眼になりつつ呆れたような声を出す。
「だよな……まぁ、そっちはいいか。とりあえず、今から呼ぶから会ってもらえないか?」
「まだ、何も返事をしていないんだが……少し待ってくれ。もう少し詳しく話を聞かせろ」
なし崩し的に話を進めようとしたレイフェットは舌打ちをしてから、息子について話を始めた。
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