第74話 借金猫



 ニャルサーナルがセンの家に飛び込んで来てから数日、センは物流システムの打ち合わせをライオネル達としたり、クリスと街で世間話をしたりして過ごしていた。

 その間レイフェットと会う事は無かったが、なんとなく近いうちにまた突然遊びに来そうな気がするとセンは思っている。

 センとしてはルデルゼンに会ってダンジョンの話を聞きたかったのだが、生憎とルデルゼンとは会う事が出来なかった。

 ラーニャ達はエミリの店で働き、勉強や家事をしていたが、ニコルが偶に何かを考えているそぶりを見せることがありセンは少し気になっていたが、相談されるまでは何かを言うつもりはないようだ。

 そして寝たきりだったニャルサーナルは、先日ようやく立ち上がることが出来るようになり、今日はセンが付き添い家の周りをリハビリがてら歩いている。


「これはやっばいにゃ……こんなに体が動かなくなるなんて空腹は恐ろしいにゃ」


 ニャルサーナルはお気楽な様子ながら、身体の違和感に顔を顰めつつゆっくりと歩く。


「空腹って言うか衰弱だ。それにしても、一月近く殆ど食べずに良く生きていたもんだな」


 センもこの世界に来た直後、本人は気づいていないが三日程飲まず食わずで過ごしている。しかし、なけなしの魔力のお陰で特に問題なくそのまま行動することが出来たが、流石に一月にも及ぶ絶食は魔力でカバーできるレベルを超えていたようだ。


「今回の旅で思い知ったにゃ。ニャルは街じゃないと生きられないにゃ」


「お前は探索者だろ?」


「ダンジョンは大丈夫にゃ。街でしっかり準備してご飯いっぱいにゃ」


(まぁ、この世界の探索者は未開地に挑むって感じじゃないからな……街の外に出ない探索者も結構いる……のか?)


 ダンジョンを探索する者達であって世界を冒険する者達ではないが……それでもニャルサーナル程サバイバル能力に乏しい物もいないだろう。


「あー、でもこの街がニャルの目的地だったとは驚きにゃ。意外と勘でも辿り着けるものだにゃ」


「勘で山越えを成し遂げたことに関しては驚嘆するがな……普通はもう少し色々やりようがあるだろ?」


「にゃはは!なせばなるって言うにゃ!なったもん勝ちにゃ!」


 豪快というか刹那的というか……結果論で笑うニャルサーナルの在り方は、およそセンと相いれる考え方ではないが、なんとなくニャルサーナルらしいとセンは納得する。

 とは言え、注意はするのだが……。


「その考え方はどうかと思うが……実際死ぬ寸前だったんだぞ?」


「うぁー、ニャルもちょびっと反省しているにゃ。御飯はもっといっぱい持って来るべきだったにゃ」


「そうじゃないだろ……」


「にゃははは!確かにそうにゃ!もっとこんぽんてきな問題にゃ!ん?こんぽこてき?まぁ……そんな感じにゃ」


「いや、よく分からんが……つまりどういう事だ?」


 もはや何を言っているのか意味不明になってきているニャルサーナル。


「あー、センはちょっと頭が残念な感じかにゃ?ニャルはこんぽこてきな問題を解決する手段を思いついたにゃ」


「そうか……良かったな」


 そしてもうどうでもいいかなと思い始めたセン。


「聞きたいにゃ?聞きたいかにゃ?聞きたいにゃろ?聞きたいって言えにゃ」


「……そろそろ戻るか」


「おい、セン。本当は聞きたいんにゃろ?特別に聞かせてやってもいいにゃ?今ならタダにゃ」


「……大分胃腸も回復してきているみたいだし、今日は野菜多めにするか」


「肉!肉がいいにゃ!肉をよーきゅーするにゃ!」


「……看病代とお前が壊した窓の弁償は請求するからな?」


「……い、いかほどにゃ?」


「看病代は大したことないな。ハーケル殿の往診料と薬代、後は食事の材料費だけで勘弁してやる。だが窓ガラスは結構高いぞ?金貨一枚くらいだな」


「……い、今は手持ちがないにゃ。ダンジョンに行けるようになるまで待ってもらってもいいかにゃ?」


(ふむ……俺の勝手にやったことだと踏み倒したりはしないか。まだ体調が完全ではないし、変なことを言ったら追い出されかねないしな。まぁ、コイツはそういう事に気が回るタイプじゃないか。だが、なんとなく……値切ってくるかと思っていたが……それも無しか。結構義理堅いのかもな)


「それまで面倒見ろと?」


 心の中ではそれなりに評価しながらも辛辣な台詞を吐くセン。


「う……て、手伝いとかするにゃ?」


「家の手伝いは子供達がしてくれている。わざわざやってもらうようなことはないな」


 ニャルサーナルの頭の上にある猫耳がペタンと萎れてしまう。その耳を見て先日トリスがニャルサーナルの耳を触っていたことをセンは思い出す。


(……トリスはえらく満足気だったな。ラーニャとニコルが若干羨ましそうにしていたが……まぁ、触ってみたい気持ちもわからないでもないが……)


 とはいえ、センがニャルサーナルに耳を触らせてくれとは言わないだろう。獣耳だろうが普通の耳だろうが、年頃の娘に耳を触らせてくれと言いだす成人男性は通報事案だ。


「じゃ、じゃぁ……護衛とかどうにゃ?ニャルはめっちゃ強いにゃ!悪い奴はぶっ飛ばすにゃ」


「いや、絶賛衰弱中だろうが。走ることが出来ない護衛なんか何の役にも立たないぞ?」


「……」


 歩くのがやっとと言った様子のニャルサーナルを見ながらセンが冷たく言い放つ。


「それに、ダンジョンに行けばと言っていたが、装備とかどうするんだ?武器は預かっているが……それ以外何も持っていないだろ?その準備にも金が必要なんじゃないか?」


「……世の中金ばっかりにゃ、せちがらいにゃ……ん?さちがらい?」


「金の話をしているのだから当然だろ?」


「……うー……頭使い過ぎて倒れそーにゃ……」


「……分かった。とりあえず、体調が戻るまでは面倒を見る。体調が戻った後は……護衛の件を考えてやろう」


 センがそう言うと、萎れていたニャルサーナルの耳が勢いよく立つ。


「にゃ!?本当かにゃ!?」


「まだ、考えるだけだ。護衛として役に立つかどうかも分からんだろ?今のお前なら俺でも制圧出来そうだしな」


(……多分……いや、無理だな)


 口にしておいてなんだが、センは今の状態のニャルサーナルに勝つ自信は無い。

 確かにまだふらついており、飛んだり跳ねたりすることはおろか、走ることもままならないニャルサーナルであったが、彼女のレベルは15とかなり高い物であった。


(まぁ、護衛としてはともかく……ダンジョンの話を聞いたり、身体能力を調べたりするのに一役買ってくれそうだしな。ルデルゼン殿は最近忙しいみたいだし、気軽に話の出来る探索者が増えるのは助かる。それに、子供達とも結構仲良くしているみたいだしな)


 数日の療養生活の中、センはしっかりとニャルサーナルの人となりを見てきたが、最初に感じた印象通り悪い奴ではない……寧ろいい奴だと言うのが結論である。

 調子に乗りやすく色々と抜けている所はあるが、明るく前向きな考え方は称賛に値するし、実力の程はまだ分からないが、護衛として雇うのも悪くはないと思っていた。


「……ニャルの体調が戻ったら、そこいらの奴なんかあっという間におねんねにゃ。センなんか一秒もいらないにゃ」


「雇おうと考えている相手をぶっ飛ばそうとする護衛は要らないな」


「雇い主であっても悪い事をやったら力ずくでも止める心意気にゃ」


「……ぶっ飛ばす前に事実確認はしっかりしろよ?」


 なんとなくその場の勢いで殴り掛かってきそうなイメージがあったので、先に釘を刺すセンだったが、ちゃんと通じているか怪しい。


(冗談でも殴られたら死にかねないからな……その辺は良く言い聞かせておこう……)


 家へと向かいながらセンは心に誓った。


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