第66話 オープン当日



 本日、エミリプロデュースのお店が遂にオープンを迎えるという事で、ラーニャ達三人は早朝から手伝いに出かけていた。

 センは朝食の後片付けをした後少しの間仕事部屋に籠ってから、準備を整え街へと向かう。

 勿論、行先はエミリの店だ。

 開店時間はとっくに過ぎているしセンは店の仕事を手伝うつもりはないが、陣中見舞いといった所だ。


(ラーニャ達はどんな手伝いをしているのだろうか?その辺の話は聞いていなかった……というか教えて貰えなかった。ニコルは荷物運びと言っていたが……何故かラーニャとトリスは秘密だと……)


 そんな事を考えながら歩くこと十数分、センはエミリの店の近くまできたのだが……。


「これは……予想を遥かに上回ったな」


 開店したばかりのエミリの店は、客が店の外にまで溢れている。


(この店はとりあえずレベルの店だったはずだが……大盛況じゃないか)


 センはこの店で取り扱っている商品のラインナップは知らなかったが、センが見たところ探索者もそうでない者も詰めかけているようだ。

 そして、有名デパートの福袋を求める人々のような熱気でごった返す場所に、センは足を踏み入れることが出来ない。

 もし足を踏み入れれば、数秒の間に比喩抜きでボロ雑巾になるだろう。

 流石にそんなリスクは冒せずセンは店の様子を遠巻きに見た後、その場を離れる。


(ラーニャ達には悪いが、流石にしばらく顔を出すのは難しいな。まぁ、急ぐ用事があるわけでもない、ある程度落ち着いてから顔を出せばいいだろう)


 そう思い踵を返そうとしたセンの耳に、どことなく聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ちっ、滅茶苦茶込んでるじゃねぇか!潜る前に覗いときたかったんだがな……」


 センが声の聞こえていた方を見ると、やはりなんとなく見え覚えのある人物が悪態をついていた


「まぁ、仕方ないでしょ。この状況じゃ。戻ってから来ればいいじゃない?」


 その人物を諫める様に、隣にいた女がため息をつきながら悪態をついている男に言う。


「くそっ!珍しいもんを売り出すって話だったからな、戻って来た頃には何も残ってねぇんじゃねぇか?」


「だからって蹴散らすわけにはいかないでしょ?探索者だけならともかく、一般人もいるみたいだし」


(いや、男の方を諫めているようで女の方も無茶苦茶言ってないか?探索者なら蹴散らしていいみたいな……)


 センは話している者達に背を向けて歩き出す。

 これ以上話を聞いても意味はないどころか、絡まれたりする危険の方が多いだろう。


「ラグ、今日は諦めましょう?一般人を怪我させたら色々と面倒だし、それにこれからダンジョンに潜るのに荷物増やしても仕方ないじゃない」


「そりゃそうだが……行けないとなると行きたくなるのが人情ってもんだろ?あの蜥蜴でも店に突っ込ませるか?」


 不穏な台詞が聞こえてきて、センは不自然にならない程度に足を止める。


「あのでかい図体なら邪魔なやつらを押しのけるのに最適だろ?ダンジョンじゃ荷物持ちしか出来ないんだ。せめて街でくらい先陣を切ってもいいだろ?」


 そう言って何かを馬鹿にするように笑うラグと呼ばれた男。


「ちょっとやめてよ、ラグ」


(先程もラグと呼ばれていたな……何か聞き覚えが……あぁ、思い出した。ルデルゼン殿と初めて会った時にルデルゼン殿を呼びつけていた男だ)


 センが男の事を思い出すと同時に、先程ラグを諫めていた女が呆れた様な表情を見せながら口を開く。


「確かに全然役に立たない蜥蜴だけど、あれでも私達『陽光』のメンバーとして認知されているのだから。変な真似をしたら傷がつくのは私達の名前よ」


(……蜥蜴というのは、ルデルゼン殿の事か。それにしてもラグとか言う奴もこの女もロクなことを言わないな。二人とも完全にルデルゼン殿の事を見下しているし……性格の悪さが透けて見えるな)


 センは振り返り、エミリの店に集まる人だかりを見て困っているような表情をしつつ、二人の会話に耳を傾ける。


「んなこと、一々言われなくても分かってんよ!」


 声を荒げるラグの腕を抱き着くように抱え込んだ女が、少しだけ声を落として話しかける。


「そろそろいきましょう?他の皆もそろそろ集まって来る頃でしょうし。新しい階層で楽しみましょう?」


「……そうだな。確かにお前の言う通りだ。ようやくたどり着いた新階層だ……こんな所で油を売っている場合じゃないな」


 先程までとは打って変わって獰猛な笑みを浮かべるラグに、センは背中に氷の棒でも入れられたように体を震わせる。


(これが荒事を生業としている奴の凄味って奴か……?はっきり言ってこの場から逃げ出したくて仕方ないんだが……)


 そんなセンの内心に気付かずラグと女はこの場から離れていく。

 その後ろ姿を見てほっと胸を撫で下ろすセンだったが、微妙にまだ足が強張っている。


(あの二人のレベルは16、ルデルゼン殿より低いが……口ぶりからルデルゼン殿より強いのか?まぁ今はそれはどうでもいい……それよりも、あれが探索者か。ナチュラルに他人を見下していたが……人格的には尊敬出来ないタイプだな。あれが探索者のスタンダードじゃなければいいが……)


 そんなことを考えながらセンはもう一度エミリの店の方を見る。

 勿論、こんな短時間で客がはけるはずもなく、人ゴミに隠れ店の様子は全く見えない。


(……どこかで時間を潰してまた来よう)


 そう思い歩き出したセンは、五分もせずに見覚えのある人物を見つけ足を止める。


「おや?セン殿、買い物ですか?」


「おはようございます、ルデルゼン殿。今日は随分と大荷物ですね?」


 センと和やかに挨拶を交わすルデルゼンは、その背中に大きなバックパックを担いでいた。


「これからダンジョンに行くので。しかも私達にとっては初めての階層、準備は出来る限り万全に整えておかなければならないのですよ」


「なるほど……初めての階層ですか……危険も多いでしょうし、気を付けて下さいね?」


「ありがとうございます」


 センの言葉にルデルゼンが凶悪な笑みを浮かべる。その表情に恐怖を感じなかったセンは、恐らくこの笑みは普通に笑っただけなのだろうなと思うことにした。


「また街に戻ってきたら色々とお話を聞かせて下さい」


「えぇ、お任せください。それではそろそろ失礼します」


「あ、そうだ、ルデルゼン殿、こちらを持って行ってください。邪魔にはならない筈です」


 センは急いでいつも腰に着けているポーチからポーションを一つ取り出し、ルデルゼンに渡す。


「これは……」


「中級ポーションです。持っておいて損をするものでは無いですし、持って行ってください」


「いや、こんな高価な品受け取れませんよ」


 そう言ってルデルゼンはポーションを返そうとしたが、センは受け取ろうとせずに言葉を続ける。


「持って行ってください。使用しなかった時は返してくれればいいので……お守りとでも思ってください」


 笑みを浮かべるセンを見て、困ったような雰囲気を出しながらルデルゼンは頬を掻く。


「……分かりました。お守りとして受け取らせて貰います。ありがとうございます、帰ったらお返しをさせて頂きます」


「えぇ、楽しみにしておきます」


 センに向かって頭を下げたルデルゼンは荷物を担ぎ直し、受け取ったポーションを大事にしまい込んだ後歩き出す。

 これからルデルゼンは、ダンジョンを知らないセンには想像も出来ないような過酷へと挑むだろう。

 せめて知人が無事に帰って来てほしい、そんな思いを込めて渡したポーションが、使われることなくルデルゼンが帰ってくればいいと、センは願わずにはいられなかった。


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