第60話 かかりつけ医



「こんにちは、ハーケル殿」


「セン殿、お待ちしておりましたよ」


 センはストリクの街に移動して、早速ハーケルの店にやって来た。

 シアレンの街の薬屋と違い、ハーケルの店は時間が止まっているかのような静けさが漂っている。


(だが、しっかりと稼げているようだし……雰囲気はハーケル殿の店の方がいいな)


 引っ切り無しに探索者が訪れるシアレンの街の薬屋は慌ただしく、落ち着いて店内で商品を見ることが出来ない為、買う物が決まっている状態で店に行かないと使いにくそうであった。

 とは言え、薬屋でじっくり商品を選ぶことはあまりないかもしれないが、センはハーケルとゆっくりと話が出来るこちらの店の静けさが好きだった。


「今日の分の納品ですが、今大丈夫ですか?」


「えぇ、勿論ですよ。見ての通り誰もいませんしね」


 いつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべながら冗談めかした口調でハーケルが言い、カウンターの裏にある部屋へとセンを案内する。

 センも慣れたもので、部屋に入るとすぐに脇に置かれていたテーブルを部屋の中央へと持って来る。


「では、召喚しますね。今回は少し多いので確認が大変かもしれませんが……」


「私が依頼した物ですから。私は気になりませんが、セン殿をお待たせして申し訳ありません」


「いえ、私も問題ありません。ですが、もしお邪魔でなければ、確認作業中に少し相談させて頂きたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 センがそう言うと勿論構いませんよとハーケルが頷き、それを確認したセンは召喚魔法を起動し自分の家に用意しておいた納品用素材を召喚していく。

 召喚は一瞬で終わり、テーブルの上には一抱え程の革袋が六個並べられている。


(召喚の速度もかなり早くなったが……まだまだ早くする必要がある。物資を運ぶ程度であれば今のままでも問題はないが……今後はもっと別の使い方が必要になるからな)


 センは召喚した革袋の中身を取り出しながら、召喚魔法の更なる改良を考える。


(構想はもう出来ている。後は……仕様書を纏めるか。出来れば開発は手伝いが欲しい所だが……そう言えばハーケル殿の弟子の話はどうなったのだろうか?)


 考え事をしながら素材を召喚終えたセンは、ハーケルの邪魔にならないようにテーブルから一歩離れる。


「最近忙しさはどうですか?」


「そうですな……セン殿に素材を納品してもらう回数は減りましたが、納品量自体は減っておりませんし、調合の方は相変わらず順調ですね。販売の方も作れば作っただけ売れると言った状態ですね」


「以前話していた弟子を取ると言う件はどうしたのですか?」


「あぁ、そちらはまだ……ライオネル殿から聞いているかもしれませんが、長い事仕事に誘われていまして……ですが、私はこの店を離れることが出来ないので、ライオネル殿の紹介される方を弟子に取る方向で話を進めているのですよ」


「そうだったのですか。これはタダの興味ですが……何故ライオネル殿の誘いを受けないのでしょうか?ライオネル殿の入れ込み具合からして、かなりいい条件を提示されていると思うのですが……」


 センが尋ねると、ハーケルは検品の手を止めてゆっくりと室内を見渡しながら口を開いた。


「この店は私の父が残してくれたものでして……せめて私が死ぬまでは残しておきたいのです。私には子供がいないので、次の世代まで残すことは出来ないと思いますが……ふふ、こういった時は親不孝をしている気になってしまいますね」


「私にも子供がいないので、まだ親の気持ちは分かりませんが……自分の息子が一生懸命自分の残した店を守ってくれているのは、きっと嬉しいと思いますよ」


「……そうですね。いつになるか分かりませんが、胸を張って報告したいと思います」


 ハーケルは作業を再開しながら満足気に語る。

 センには元の世界に肉親と呼べる者は残っていない。祖父母も両親も既に鬼籍に入っており墓の管理はセンがしていた。その墓の管理が出来なくなってしまった事だけはセンにとって心残りと言えた。

 どことなくしんみりした空気になってしまっていたが、その空気を破ったのはハーケルだった。


「そう言えば、セン殿。相談したい事があるとおっしゃっていませんでしたか?」


「あぁ、はい。実は、今私達はダンジョンの街シアレンに居を構えていまして」


「ほう。もう向かわれていたのですね。まぁ、そんな遠くにいる方が十日に一度顔を出してくれると言うのはとても不思議な感じがしますが……」


「意外と近いですよ?ハーケル殿も今度シアレンまで行ってみますか?」


 センが冗談めかして言うと、ハーケルは検品作業を再開しながら笑い声を上げる。


「ははっ。いいですね、珍しいポーションの素材もありそうですし、今度連れて行ってもらってもいいですか?」


「えぇ、お安い御用です」


 センが笑みを浮かべたまま頷くと、お礼を言ったハーケルが先を促す。


「話の腰を折ってすみません。続きをお聞かせください」


「ありがとうございます。今の所向こうでの生活に問題は無いのですが、今後の事を考えると腕の経つ薬師の方に往診をして貰いたいのです」


「ふむ、往診ですか」


「はい。勿論通常時はこちらに来て診てもらうつもりですが……問題は緊急時です。患者を動かせない、または一刻を争うと言った時にハーケル殿のお力を貸して頂きたいのです」


「なるほど……確かに、セン殿のお力であれば、緊急時は私が現地に行く方が早い事の方が多いでしょう。しかし、流石に緊急時に突然呼ばれてしまうと……私にも生活がありますからね……」


「はい。おっしゃる通りだと思います。なので、こちらを用意させていただきました」


 そう言ってセンは肩から下げていたカバンを開け、手のひらサイズの箱を取り出す。


「これはライオネル商会に依頼して作ってもらった呼出し鈴です。緊急時、私がこの鈴を自分の手元に呼び出し、鳴らしてからハーケル殿の所へと送り戻します」


 センは箱の中に入っていたゼンマイ仕掛けの鈴を鳴らす。

 鈴の音は、煩いと言った程ではないが、箱を閉めていても気づくレベルの物だった。


「鳴りだした鈴は、箱の中のボタンで止めることが出来ます。その際にこちらの緑色のボタンを押して頂いたら『緊急対応可能』こちらの赤いボタンを押して頂いたら『緊急対応不可能』どちらも押さずに五分放置されたら『不在』。そのようにこちらで判断出来る道具です」


「なるほど……少し触らせて貰ってもいいですか?」


 検品の手を止め、興味深そうにセンが持ってきた箱を見つめるハーケル。センが箱を手渡すとゼンマイを回して音を鳴らしたり、ボタンを押下して音を止めたりと少し楽しそうにしている。


「不躾なことを言っているのはよく理解しているつもりですが、ハーケル殿以上に信頼の置ける薬師がいないので……どうか、緊急時の往診を受け付けてもらえないでしょうか?


 センが深々とハーケルに頭を下げる。その様子を見たハーケルは手にしていた箱をテーブルの上に置き、センの頭を上げさせた後、普段通りの柔和な笑みを浮かべて頷く。


「えぇ。私で助けられることがあるのであればお力になります。勿論、私程度では救う事の出来ない命は沢山ありますが……全力は尽くします。お気軽に声をかけて下さい。セン殿の所以外にも往診はしていますし、それと同じですよ。行き方が特別なだけでね」


 そう言って笑みを深めるハーケルにセンは再び頭を下げる。


「ありがとうございます、ハーケル殿」


「お役に立てるようなら何よりです」


 そう言ってハーケルは素材のチェックを再開した。


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