第52話 日進月歩



「それでは、出店の許可はもう得られたのですね。おめでとうございます」


 シアレンの街に着いて二日目の昼。セン達は約束通りエミリ達の屋敷へと訪れていた。


「ありがとうございますわ。メインの大通りに小さめの店舗、大通りから少し離れた位置にかなり大きな土地を用意してもらえることになりました。大通りの方は既に店舗があるので少々の手直しをして、商品が揃い次第開こうと思っていますの」


 昨日のうちに領主への挨拶を済ませたエミリとサリエナは、早速営業許可を取り付け、更に大型店舗を構える為の土地まで用意してもらったようだ。


「なるほど。商品の方は既に準備されているのですよね?」


「えぇ、まずは王都で揃えられるものをお父様のお店から流してもらいますわ。今後はセン様の物流システムを駆使して各地からこの街では手に入れにくい物をどんどん仕入れるつもりですわ。それと同時に色々な物を買い取りたいとも考えているのですが……」


「今までは細々とした取引しかしていませんでしたからね……地元のお店との兼ね合いもありますし、その辺はもう少し折衝が必要でしょうね」


 エミリが顎に指を当てつつ言うと、サリエナがお茶を飲みながらすまし顔で続ける。


「この街には商人ギルドもありませんし……細かいことを決めるのが少し大変ですわ。それと探索者ギルドは……」


「探索者ギルドは気にしなくても大丈夫よ。面会予約はいれてあるけど……恐らく向こうから挨拶にくるはずよ。取引相手として、うちは最大規模になるのは間違いないでしょうからね」


「分かりましたわ。子供だからと舐められない程度にやらせて貰いますわ」


「それがいいでしょう。幸い、今のギルド長は手ごわい相手ではありませんからね」


 母娘がにやりとした笑みを浮かべる。


(これは……気づいたら探索者ギルドが乗っ取られていそうな雰囲気だな……)


 二人の様子を見ながらセンがそんな事を思っていると、エミリがセンの方を向いてにっこりと笑う。


「セン様、今日はラーニャさん達はお留守番ですか?」


「えぇ、まだ家の中の事を色々とやっているところなので。三人とも張り切って手伝ってくれていますよ」


「そうでしたか。色々と落ち着いたら遊びに伺っても良いでしょうか?」


「勿論です、あの子達も喜びます」


 センが答えるとエミリが嬉しそうに笑う。


「では、早く遊びに行けるように話を進めましょう。セン様への臨時便の依頼ですが……今日この後に一回、明日の夕刻頃に一回。どちらも私達の移動の為です。向こうでの物資の準備はどのくらいかかるか分かりませんが……恐らく物流サービスの運用開始時には間に合うはずです」


「承知いたしました。明日の夕刻につきましては、私がお迎えに上がると言う形でよろしいですね?」


 この世界にはまだ時計が無く、行政機関の鳴らす鐘で時間を判断するのだが……街ごとに金の鳴る間隔やタイミングはまちまちなので別の街にいる人間との約束には使えないのだ。

 そもそも別の街にいる人間と時間を合わせて行動する必要性が無いので、普通の人々にとっては大した問題ではないのだが、セン達にとってはこのずれは非常に由々しき問題だ。


「お手数おかけします」


「いえ、何かいい方法でもあればいいのですが……魔道具で遠方とやり取りをするような物等はないのでしょうか?」


「申し訳ありません、私は聞いたことがありませんわ。お母様はどうでしょうか?」


「心当たりはありますが……流石に手を出すのは難しいですね」


 その言葉と同じように難しい表情をしたサリエナが答える。


「その心当たりを伺っても良いでしょうか?」


「えぇ。私も噂を耳にした程度なので本当なのかどうか分かりませんが、帝国がそのような魔道具を保持していると聞いたことがあります」


「帝国ですか……」


 帝国とは大陸北部に存在する巨大国家で、ここ十数年で一気に領土を拡大した国だ。

 しかし、急速に領土を拡大した反動か、ここ二、三年程は内乱鎮圧が主な戦いで周辺国家への侵略は止まっているらしい。

 周辺国家との国力差は圧倒的なものらしく、周りの国々はいつ侵略が再開されるかと戦々恐々としていると言う話だが、センは帝国が侵略を再開することは当面はないと考えていた。

 因みに現在センのいるシアレンの街や魔法王国ハルキアは大陸の南方に位置する為、帝国は非常に遠方の国である。


「風の噂程度ですし、眉唾ではありますね。本当にそんなものがあるなら最重要機密でしょうから噂がここまで広まる事は無いでしょうし、逆に帝国では秘密にする程の技術でもないというのであれば、実物がここまで出回っていない筈がありませんもの」


「お母様、開発した魔道具なら機密として守られると思いますが……ダンジョンで誰かが手に入れた遺物と言う可能性もありますわ。その場合不特定多数の人が目にした可能性があり、噂が広がってもおかしくありませんわ」


 二人の会話を聞いていたセンだったが、気になる単語が出てきたので口を開く。


「話の腰を折ってすみません。エミリさん、遺物というのはなんでしょうか?」


「遺物と言うのは、ダンジョンで魔物を倒した際に極稀に手に入れることが出来る用途不明の物品の事ですわ。基本的に用途不明な遺物なのですが……研究の末、使用方法が分かることもあるのです……ほとんどが偶然分かったといった感じらしいのですが」


 エミリがニコニコとしながらセンの問いに答える。


「苦労の末使い方が分かっても、冗談みたいな効果だったりすることも少なくないみたいで、国として本格的に研究している所は多くない筈ですわ。同じものが発見されるという事も殆ど無いそうですし。物好きな好事家が趣味で集めたり研究したりする程度の物らしいです」


「……ですが、中にはとんでもない効果を発揮するものもあるのですわ。有名なのは帝国の浄水装置ですわね。なんでも帝都の生活用水はこの遺物によって綺麗にして使われているそうですわ。たった一つの遺物が帝都何十万人の生活用水を支えているのだから驚きですわ」


「それは……凄まじい効果がありますね。大国である帝国以外が手にしていたら戦争の火種になりかねない程に」


 センの感想を聞き年相応の笑顔を見せながら頷くエミリと、苦笑しながらそれを見るサリエナ。


(どうやらエミリさんは遺物が好きらしい。逆にサリエナ殿はギャンブル性が高すぎてあまり好きじゃない様だ)


 二人の反応を見ながらセンがそう推理していると、サリエナが話の方向を修正する。


「魔道具として遠距離のやり取りを可能にしたと言う話は聞いたことがありませんが、エミリの言う通り、遺物であれば或いは……といった所だと思いますわ。不確かとさえ言えない様な話で申し訳ありません」


「いえ、確立した技術として普及しているわけでは無いと分かっただけでも助かりました。今後、私の提供する物流システムを展開していくにあたって、この問題をどういう風に解決していくかと言うのは課題になりそうなので」


「今でさえとんでもないサービスですのに……その向上心、見習いたいですわ」


「人は堕落していくものですから。一つ便利になれば次の便利さを求める……この流れこそ技術を進める原動力だと私は考えています。私自身面倒くさがりなので、楽を目指すことに余念がないのですよ」


 センが肩をすくめながらそう言うと、エミリだけではなくサリエナも笑いながら口を開く。


「人を勤勉にさせる堕落ですか……面白い表現ですわ。しかも、セン様のおっしゃりようでは、永遠にセン様はご自身のサービスに満足出来ないという事になりますわ。とんでもない面倒くさがりがいたものですわね」


 ころころと笑うエミリとサリエナを見ながらセンは微笑を浮かべつつお茶を飲んだ。


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