第44話 シアレンの街



 センの物流システムをどういう風に活用するか等の話が終わった後、話はセンがこれからどうするのかという事に変わっていた。


「セン様はこのまま王都で仕事をするのですか?」


 サリエナが手に持っていたお茶をテーブルに置きながらセンに尋ねる。


「いえ、王都からは離れるつもりです。世界最大のダンジョンがある街、シアレンに暫く滞在する予定です」


「シアレン……ですか。それは面白いですね」


 センを見るサリエナの目がキラリと光る。

 その様子を見たライオネルが、やはり楽しそうにサリエナに話しかけた。


「実はセン殿がシアレンに行くに伴い、あそこでの商売を拡充しようと思っていてな」


「それは素晴らしい案ですが、最初の五拠点はもう埋まっているのでは?」


「セン殿が移動に使うという事で一拠点増やしてもらったのだ。向こうは扱う商品も特殊だし、他の五拠点とは別枠だな」


「どうして貴方はそうやって細々と隠し事をするのかしらね?」


 ライオネルを少し睨むように見たサリエナだったが、すぐにセンに向き直り笑みを浮かべる。


「それはともかく……センさんはシアレンからこちらの王都へ通うということですわね?うふふ、他国から通うというのは斬新ですわ」


 サリエナの言った通り、シアレンは魔法王国ハルキアの領土ではない。シアレンは魔法王国ハルキアと隣国であるラーリッシュ王国に挟まれて存在する。

 どちらの国にも属しておらず、小領地として存在しているが、峻険な山々に囲まれており、さらにシアレンの街そのものも、山の中腹程に存在していることで双方の国から何度も攻め込まれているものの、自らの街を守っている。

 といってもここ十数年は戦争に巻き込まれておらず、ハルキアともラーリッシュとも良好な関係を続けている……という事になっている。

 そしてシアレンの最大の特徴は街の中にあるダンジョンの存在だ。

 世界最大と言われているそのダンジョンから得られる豊富な資源が、二つの国に挟まれながらも独立を保てた所以である。


「月に二回の往復ですからね。大した手間ではありませんよ」


 センが笑顔を浮かべながら答えると、サリエナだけではなくライオネルやエミリも苦笑する。


「王都とシアレンを月に二往復するのは、精鋭の伝令でも相当厳しいでしょうな。不可能ではないでしょうが、毎月そんなことをしていれば遠からず死ぬでしょう」


 ライオネルの言葉にセンが笑みを浮かべると、サリエナが目を輝かせながら口を開いた。


「セン様の物流システムは本当に素晴らしいですわ。早くノウハウを構築して、規模を拡大していきたいですね」


(よく似た夫婦だ。ほぼ同じことを数日前にライオネル殿も言っていたな。まぁ……気持ちは分かるが)


 センは二人が興奮してしまうのも無理はないと思い、苦笑しているが……そんな両親の姿をみたエミリは何かを思いついたようににやりとした笑みを浮かべる。

 その含みのある笑みに気付いたのは、周囲をよく見ているトリスと、話は聞きながらもエミリに注意を向けるニコルの二人だけだったようだ。


「お父様、お母様。少しご相談があるのですが……」


「ん?なんだいエミリ?」


 エミリの言葉にいち早く反応したライオネルが問いかけると、非常に綺麗な笑みを浮かべながらエミリが口を開く。


「シアレンの商売の拡充についてですが、今シアレンではダンジョンから採れる素材の買い取りを少量行っているだけですよね?」


「あぁ、その通りだ。山をいくつも越えねば輸送出来ぬ以上、こちらから商品を持ち込んだり、大量に買い取りを行ってこちらに持ち込んだりと言うのはリスクが大きすぎる」


「そのリスクを無視できるセン様のお力で、外の商品を持ち込み販売、そしてダンジョンの素材を買い取り外へと運び出す」


「うむ。あの街はほぼ街の中だけで経済を回してしまっているが……それは偏にダンジョンと言う無限に素材の取れる特異点と、交通の便の悪さによる閉塞性のせいだ。我らがあの街に本格的に参入すれば、今までよりも大規模に外貨を得ることが出来るようになるシアレンの街は、今よりももっと発展するだろう」


(なるほど……そういう名目でシアレンの街と交渉するのか。まぁ、双方にとって悪い話ではないしな……ライオネル殿は商人同士のバランスを注意されているようだし、既存の店とも上手くやりつつ商売を拡大するプランがあるのだろう)


 エミリとライオネルの会話を聞きつつセンはお茶に口をつける。


(ライオネル殿は純粋にシアレンで行う商売の話をしているだけのようだが、エミリ殿には何か狙いがありそうだな。そしてサリエナ殿は……エミリ殿の狙いに気付いているような感じだ。口を挟むつもりはなさそうだが)


 センは三人の事をそんな風に分析する。

 そんな風に見られていることに気付いたらしいサリエナが、センの方をちらりと見て微笑んだ後、面白い物を見るような目でエミリを見る。


「そのシアレンでの事業展開ですが……私にやらせてもらえませんか?」


「……ふむ。エミリにはまだ早いな」


 エミリの提案をライオネルが一蹴する。


「そうね。シアレンでの商売は失敗してもいいから試しにやってみなさい、とはいかないわ。やるからには絶対に成功させる必要があります」


「はい。その通りだと思いますわ」


 両親に否定的な意見を言われたエミリは、何の痛痒も感じていない笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「教材としてはかなりの重量だと思います。そこで私から、お願いがあります。叶えて頂けるのであれば失敗は万に一つもありません」


「先程サリエナは絶対失敗できないといったが……商売に絶対の成功はないぞ?」


 ライオネルが眉をハの字にしながらエミリに言うが、それでも自信を湛えた笑みを浮かべているエミリ。

 そんな娘の様子を見たライオネルは嘆息してから口を開く。


「そういう自信満々な所はお母さんにそっくりだよ、エミリ」


「それはとても嬉しいですわ、お父様」


 エミリが偶に見せる年相応の笑顔で、母親にそっくりと言われたことを喜ぶ。

 その表情を見たサリエナが目じりを下げるが、会話に口は挟まず父娘の会話を横で聞いている。


「お願いとやらを聞かせてもらえるかな?」


「はい。一つは、私の補佐にお父様、もしくはお母様を付けて下さい」


 その願いを聞いた瞬間、ライオネルは目を丸くしてしまう。


「私はまだ子供ですし、新しく商売を始めた経験もありません。他の商人とのバランス感も危うい物です。以上の事を勘案するに経験豊富な補佐役が必須だと思います」


「……補佐役に経営者を選ぶと言うのは聞いたことがないのだがね?」


「何事にも初めては存在しますわ。それにお父様たち以上に頼りになる方を私は知りません」


 エミリにそう言われて一瞬、ほんの一瞬、破顔したライオネルだったがすぐに顔を引き締める口を開く。


「……それであれば、私達が主導してそれをエミリは横で見ている、と言う形で良いのではないかね?」


「実際に私が先頭に立つ事で学ぶのと、横で見学させてもらうのでは得られる経験が全く違いますわ。それに、今回の出店計画……最初のごたごたを乗り切ってしまえば、成功間違いなしですもの。初めての仕事として選ぶには美味しいですわ」


「……」


 確かにエミリの言う通り、出店までの根回しや折衷等……商売を始めるまでのアレコレを終えてしまえば成功は約束されたも同然だろう。

 何せライバルとなりうる存在がいないのだ。仮に同じことをしようとする者が現れたとしても、センと言う協力者がいない以上儲けを出すことは出来ない。


「それともう一つお願いしたいのは……現在セン様とライオネル商会との間で交わされている契約。これとは別に私とセン様の間にも契約を結んでいただきたいのです」


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