第29話 ライオネルの娘



「失礼します。お父様、来客中だったのでは?」


 小首を傾げながら部屋へと入ってくる少女がセン達に気付き慌てて頭を下げる。


「失礼いたしました。まだお話し中でしたか」


「エミリ、こちらはセン殿。これから先、私達の商会に決して欠かせないお方だ。失礼の無いようにな」


「セン様、初めまして。ライオネルの娘、エミリと申します」


 ライオネルに言われセンに挨拶をするエミリに、センは笑顔を見せて挨拶を返す。


「初めまして、エミリさん。センと申します」


 センは挨拶をしながら、頭を下げる少女を見て驚いていた。

 少女はライオネルの言う通り、ニコルやトリスと同じくらいの年齢だろう。しかしその受け答えや立ち居振る舞いが九歳の子供とは思えないものだ。

 ラーニャやニコルもそうだが、日本とは環境が違うせいかこの世界の子供は随分と早熟なようだ。


(しかし……ラーニャ達に比べてもこの子は凄い。背伸びした見せかけだけの物じゃない……しっかりと身についた物という感じがする)


「でもお父様?お話に聞いていた薬師様がこんなに若い方だとは知りませんでしたわ」


「あぁ、エミリ。セン殿は話していた薬師の方ではないよ」


「そうなのですか?今日のお客様とはとても重要な話をされるとのことでしたので、てっきり薬師様の勧誘に成功したものとばかり」


(半年かけて口説いていたハーケル殿と間違えられたのか……しかし、若返ったとはいえ、流石に十歳くらいの女の子に若い方と言われると凄まじく違和感があるな……)


 センはライオネルとエミリの会話を聞きながらこの状況に苦笑する。

 ハキハキと自分の意見をライオネルにぶつけるエミリは言葉だけを聞いていれば、とても子供の物とは思えないが……そのエミリと話すライオネルは、厳格な様子を見せているが目じりが垂れ下がっている。

 目の代わりに入れたい程可愛いという言に偽りは無さそうだ。


「どんな商談をされていたのかとても気になりますが……ひとまず、私をここに呼んだのは何故でしょうか?」


「うむ、王都の家ならともかく、エミリはこの街で同年代の知り合いがいないだろ?セン殿の所に丁度同じ年ごろの子達がいたので、良ければ話をしてみるのはどうかと思ってな?」


「そう言う事でしたか。お気遣いありがとうございます、お父様」


(返事が子供のそれじゃないな……しかし、ラーニャ達で話が合うのだろうか?)


 エミリの精神年齢の高さに不安を覚えたセンだったが、ライオネルの傍から離れたエミリがこちらに近づいて来たので、隣に座っているラーニャの肩を軽く叩く。


「ふぁ!?」


 変な声を上げながらラーニャが背筋をのけぞらせる。

 その姿をみたエミリは一瞬目を丸くした後笑みを浮かべながら口を開く。


「こんにちは、私はエミリって言います。良かったら私とお話をしてくれませんか?」


 先程までとは違い、丁寧ではある物の、若干子供らしさを見せながらエミリがラーニャ達に話しかける。


「は、はい!……初めまして、私はラーニャです」


 ここまで緊張し通しだったラーニャだが、話しかけられたことでちゃんと挨拶しなければいけないという使命感が緊張を上回ったらしく、丁寧に挨拶をしている。


「……トリス、です」


「は、初めまして。ニコルと申します。よろしくお願いします」


(ん?珍しいな、ニコルが少し緊張しているか?あぁ、なるほど……ニコルも男の子ってわけだな。エミリは中々可愛らしいからな)


 表には出さないが、センは可愛らしい女の子相手に緊張しているニコルを見て、微笑ましい気持ちになる。


「ラーニャさん、トリスさん、ニコルさん。先程お父様に言われてしまいましたが……私、この街に来てまだ日が浅くて、お友達がいないのです。もし良かったら仲良くしてくださいね」


「は、はい。喜んで!」


 エミリの言葉に真っ先に反応したのは……ニコルだった。


(……思っていたよりもニコルは積極的だな。まだまだ幼い子だと思っていたが……そっち方面でもこの世界は早熟なのか?)


 意外なニコルの一面に驚いたセンだったが、勿論彼の事を揶揄ったりはしない。当然、エミリの事を溺愛しているライオネルも、子供のそういった感情に目くじらを立てることなくニコニコとしながら四人を見守っている。


(……いや、若干口元がひくひく動いているし、こめかみにも力が入っているように見える……お父さんは大変だな)


「皆さん、良かったら私の部屋に行ってお話をしませんか?ここで騒いではセン様やお父様の話の邪魔になってしまいますし……お父様、構わないですよね?」


「あぁ、私は構わないよ。でも食事の用意を進めているしそこまで時間はないから注意なさい」


 エミリの提案にライオネルがにこやかに頷く。


「……えっと、ですが……」


 ラーニャが困ったような表情でセンの方を見る。

 センの用事について来たのに、勝手に離れるわけにはいかないと口には出せない物の目で語っている。

 そんなラーニャにセンは微笑みかけて言う。


「よかったらエミリさんと話してくると良い。まだ知り合ったばかりだけど、エミリさんがとても凄い女性なのは分かるだろう?仲良くなって、色々なことを勉強させてもらうと良いよ」


 元々ライオネルに言われて三人を連れてきたセンに断る理由はない。

 勿論エミリがラーニャ達を害するようなタイプだったら適当に断ったが、今までのやり取りを見る限り問題はないだろう。


「あら、過分な評価痛み入りますわ。それではセン様、ラーニャさん達をお借りしますね」


「えぇ。この子達の事、よろしくお願いします」


「ふふっ、承知いたしましたわ。それでは、ラーニャさん、トリスさん、ニコルさん、行きましょう」


 エミリに促されて三人は一瞬センの方を見たが、センが笑顔で小さく頷くとエミリに従って部屋を出ていった。


(なんとなく、頭の中でドナドナが流れている気がしたが……別に売り渡したわけじゃないぞ?)


 三人に心の中で言い訳しながら部屋の扉が閉まるまで見送ったセンは、ライオネルへと向き直る。


「凄いお嬢さんですね。あの年頃の子とは思えない方でした」


「はっはっは、自慢の娘ですよ。どうも私や妻の影響を随分と受けてしまっていて、商売に強い興味があるようでしてな。流石にまだ仕事を任せたりはしていませぬが、そう遠くない内に一つ店を任せてみようと思っている所です」


「それは凄いですね……奥様も商売をなさっているのですか?」


「えぇ、今妻は王都の方に居ますが、彼女は元々ライバル商人でしてな。何度もぶつかり合った物です」


 そう言って遠い目をするライオネル。


「元ライバル同士の結婚ですか……それは中々のロマンスがありそうですね」


 センがそう言って微笑むと、ライオネルは照れたように大きく笑う。

 二メートルを超す筋骨隆々な中年が、頬を染めながら照れ笑いをしている様は中々迫力があるが、妙に愛嬌もあるのが不思議である。


「妻と競い合っている日々も刺激的な物でしたが……一緒になって商会を大きくして……エミリが生まれ……これほど幸福を噛み締める日々は私の人生で初めてです」


「日々更新されていく幸せな日々ですか……本当に羨ましい限りです」


 心の底から幸せそうな笑みを浮かべるライオネルを見ながら、やはり心の底から羨ましそうにセンが言う。


「セン殿には奥方はおられないのですかな?」


「えぇ。そういった物とは縁遠くて……」


 センは元の世界でも恋人はいなかった。

 過去には何度か居た事もあるが……三十代に入ってからは一切恋人が出来なかった。出来なかったというか、女性に縁が全くなかったと言える。


「セン殿はお年頃ですし、甲斐性もかなりおありだ。女性が放っておくような人材ではないと思いますがな」


「そうでしょうか?」


(そもそもこの世界に来てから女性と関わったことがないからな……いや、あの女だけは論外だ)


 センは最初に出会った女性を思い出してライオネルに気付かれない程度に眉を顰めた。


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