第26話 輸送案
「先日実践させてもらった通り、私は特定の物を呼び寄せることが出来ます」
センは柔らかいソファに浅く腰を掛けながら、対面に座っているライオネルへと語り掛ける。
この部屋にいるのはセン達四人を除けばライオネルのみで、ここまでセン達を案内して来た執事のハウエンは飲み物の用意をした後退室している。
「そして、呼び寄せると言う言葉通り、私自身のすぐ傍にしか呼び出すことは出来ません。離れた位置には無理という事です」
センの説明にライオネルは頷く。
センの召喚魔法によって召喚した物を出現させる位置は自在にコントロール出来るのだが、その距離だけは制限があった。
センを中心におよそ四メートル。
この距離を伸ばす為にセンは召喚魔法の改良を進めているのだが、今の所目途さえ立っていない状況であった。
「つまり……遠くの街に物を運ぶ場合、セン殿がその街に行く必要があると言う訳ですな」
「はい。呼び出すだけであればそうなります」
笑みを浮かべながら頷くセンを見て、ライオネルが言葉の意図に気付き顎に手を当てる。
(ライオネル殿は、何かを考えたりする時に顎を撫でる癖があるみたいだな)
ライオネルの様子を見ながらセンがそんなことを考えていると、顎から手を外したライオネルが口を開いた。
「呼び出す以外、他にも出来ることがあるということですな?」
「はい。呼び出したものを元の場所に送り返すことが出来ます」
「送り返す……?送り返してしまっては意味がないのでは?」
センの言葉が予想外だったのか、キョトンとした表情で聞き返すライオネル。
そんなライオネルの様子に笑みを浮かべたセンは説明を続ける。
「はい、ただ送り返してしまってはその通りですが……先日のハーケル殿への納品を思い出していただけますか?あの時私は一抱え程の革袋を呼び出しました。中身はハーケル殿に確認して頂きましたが、その袋は返して頂いております。そして袋は邪魔になるので元のあった場所へ送り返しておきました」
「……なるほど、そういうことですか。袋を中身ごと呼び出し、中身を取り出せば袋だけを元の場所に送り返せる、と……因みにその袋に別の物を入れて送り返すことは可能なのですかな?」
ライオネルの質問にセンは笑みを深める。
「えぇ、可能です」
「つまり二拠点間の物のやり取りをセン殿一人で可能……いや、入れ物となる物を用意すれば、全ての輸送をセン殿一人で担う事が可能という事ですね?」
「極論を言ってしまえばそうなりますが……流石に私一人では限度があります。大手商会であるライオネル商会の輸送を全て担うと言うのは不可能です」
鼻息荒く言うライオネルに対し、苦笑しながらセンが答える。
「はっはっは!大きく言い過ぎましたかな?なんとなくセン殿ならやってしまえそうですがねぇ」
(ライオネル商会の拠点数がいくつあるか分からないが、毎日全拠点とやり取りをするわけではないだろうし……無理をすれば全てを担うことは出来るかもしれないが……流石にそこまでやるつもりはない。職を失う連中が出そうだしな)
「やり取りをする場所や数の話はひとまず置いておいて、先に呼び出すための条件をお話しさせてください」
「そうですな。確かにそれは大事です」
センの言葉に頷いたライオネルは前のめりになっていた体勢を戻し、ソファの背もたれにもたれかかる。
「私が呼び寄せることが出来る物は、私がその物自体を良く知っている必要があります。なので……こちらをご覧ください」
そう言ってセンは、持って来ていたバッグの中から紙を取り出しテーブルに広げた。
「これは……箱ですか?」
「えぇ、寸法はそこに書いてある通り一辺が三メートルの立方体です。木材で作っていただいて構いませんが外側を塗料で一色に塗っておいて欲しいのです。色は何色でも構いませんが全ての拠点で色を統一しておいてください」
「ふむ……その色をセン殿に伝えればいいのですな?」
「はい。そして箱の内側、四方と底面の中央に刻印をしてください。刻印はこちらでお願いします」
そう言ってセンは紙に書いてある一つの絵を示す。
それはピクトグラムで描かれた馬車の絵だった。
「刻印はそう複雑な物ではありませんし、箱を作るのは問題無さそうですな。しかし一辺が三メートルとはかなり大きいですな」
「それが私の呼び寄せることが出来る最大の大きさです。これに入りきらない様な大きさの物は私の方では取り扱い出来かねます」
「逆に言えば、これに入りきれば、どんなに大量に荷物があっても一回で呼び寄せることが出来るという事ですね。重さの制限はないのですか?」
「重さは大丈夫です。色と大きさ、そして形とこの刻印があれば呼び寄せることが出来ます」
「素晴らしい。重量を考えなくていいとなれば、馬車数台分の荷物を一気に運ぶことが出来ますね」
再び顎を撫でながらライオネルが嬉しそうに言う。
恐らく色々と夢が広がっているのだろう。
箱の大きさもさることながら重量制限がないというのがライオネルにとっては望外の喜びだろう。
この世界の主な輸送手段である馬車は、当然馬が引ける重さ、そして馬車が壊れない重さでなくてはならない。余程軽い荷物でもない限り、馬車の中をぎゅうぎゅうに荷物で詰める事は出来ないのだ。
「そうなりますが……問題は勿論あります。私のこの能力の事はライオネル殿、そしてこの子達しか知りません。能力自体を知っている人はハーケル殿も含めて幾人か居ますが、条件についてまで詳しく知っているのはこの場にいる人だけです」
「……なるほど。セン殿の秘密を漏らすことが出来ないという事は、大量の荷物を呼び寄せたとしても、その姿を見せることが出来ない。つまり、荷物を箱から運び出す要員がいないという事ですね」
「はい。なので、ライオネル殿には倉庫を用意して頂きたいのです。そして、私が作業をする時は誰も近づかせないようにしてもらい、私は呼び出し分を全て倉庫に置いておきます。翌日箱の中身を全て入れ替えてもらい、更にその翌日私が元の場所に贈り戻す……大雑把ではありますがこういう形で作業をさせて貰いたいのです」
「セン殿の事を秘匿するにはその手順が良さそうですね。問題はその倉庫にセン殿が出入りしている所を見られないようにする必要があるという事ですが……商品を保管する以上、警備を置かない訳にはいきませんし……かなり工夫が必要ですね」
顎を撫でながら眉をハの字にするライオネル。
「申し訳ありません。本来は私の方で解決するべき問題なのですが……ライオネル殿にお力をお借りしたいのです。ライオネル殿が信頼できる人物で馬車の御者を出来る人物がいれば送迎をして貰いたいのです」
「そういうことでしたら……先程ここまで案内して来たハウエンに送迎させましょう。あの者以上に信頼できるものはいません。ハウエンに馬車ごと倉庫内に入れさせれば、セン殿の姿を誰かに見られることもないでしょう」
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします。」
「いえいえ、協力できる部分は協力させていただきたいものです。値切れそうなポイントがどこにもありませんからな!」
そう言って豪快に笑うライオネル。
「金額についてはなるべく勉強させていただきますよ」
「はっはっは!冗談ですよ!セン殿の提案、輸送にかかる時間と安全の保障は……普通金銭でどうこう出来る問題ではありませんからな。それを多少の設備投資と金銭でどうにかしてくれると言うのですから、素晴らしいの一言では済まないですよ」
笑みを絶やすことなく言うライオネルにセンも笑顔で頷く。
「あの契約を結んだことを後悔させない様に全力を尽くします」
「期待させていただきますよ。ところで契約を交わす前に何度か実践してもらっても良いでしょうか?無論セン殿を信じていない訳ではありませんが、実際の所を確認しておきたいのです」
「えぇ、勿論構いません。契約上ライオネル殿にしか実践するところをお見せ出来ませんが、申し訳ありません」
「これだけの能力ですからね……秘匿するのは当然の事です。ひとまず細かい内容は実践して貰ってから決めるとして……参考までに、何カ所程度の拠点をセン殿の力で繋げることが出来ますか?」
「まずは試しとして五カ所程でどうでしょうか?問題が無ければ徐々に増やしていくということで」
「ふむ……承知致しました。では早々に候補地の選出もしなくてはいけませんな。いや、いそがしくなりそうですな!」
嬉しそうにしながら顎をさするライオネルにセンは笑い返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます