召喚魔法の正しいつかいかた
一片
序章 とある暗闇
第1話 世界を救って
暗闇の中、二人の人物が向かい合っている。
二人以外には誰もおらず照明も一切ない。
それにもかかわらず二人はお互いの姿をしっかりと認識していた。
一人は女性。
白い髪を腰まで伸ばし、薄手のドレスのような物を着ているが、どこか超然とした立ち姿はおよそ唯人のそれとは異なる雰囲気を湛えている。
もう一人は男性。
年の頃は三十代半ば、黒目黒髪で中肉中背……ラフな服装ではあるがどこにでもいる会社勤めといった雰囲気の人物で、敢えて特徴を上げるなら目つきが少し悪い。
しかし今は目つきの悪さを感じさせることもなく、人の良さそうな笑みを浮かべている。
暗闇の中で向かい合う二人としては非常にアンバランスな印象を受けるが、当の本人達にそんなことを気にする様子はない。
「お分かりいただけましたか?
「えぇ。納得し難くはありますが、お話は理解しました。私は今まさに交通事故により死する直前、貴方の持っている能力によりこの場に呼び出された。確かについ先ほどまで私は帰宅途中で車を運転していました。」
「私はこれから起こる事故を避ける手立てを教えることが出来ます。難しくはありません、車線を変更するだけで大丈夫です。」
一瞬訝し気な顔をした男、薦だったがすぐに先程までの笑みを浮かべる。
「そうですか。ありがとうございます。元の場所に戻して頂けたら、早速車線変更を試みようと思います。」
「はい。ですが、申し訳ありません。貴方の危機を救う代わりに私の頼みを聞いてはいただけないでしょうか?」
「拒否権はあるのでしょうか?」
間髪入れずに薦がそう言うと、若干たじろいだ女性だったが、すぐに姿勢を正し言葉を続ける。
「申し訳ありません。この場に来ている時点で、お願いではなく強制……となってしまいますね。」
「そうですか。申し訳ありません、ただの確認で困らせるつもりはありませんでした。ではお話を聞かせてください。私に出来る事でしたら善処いたします」
「ありがとうございます。曲解を生まない様に端的に言わせていただきますと、貴方のいた世界とは別の……世界を救って頂きたいのです」
「それは私の手に余ります。とても相応しい人材とは言えないと思います」
きっぱりと告げる薦の言葉を受け、女性が態度を一変させて慌てたように言葉を紡ぐ。
「勿論!今のあなたのまま世界を救えと放り出したりはしません!あなたの望む才能を一つだけあなたに授けることが出来ます!」
女性の言葉を聞いた薦が眉を顰める。
「才能というのはどういう事でしょうか?」
「ありとあらゆる才能の中から一つだけ、どのような才能でも構いません!そしてその才能はこの世界で随一、他の追従を許さない程の才能です!」
「それは、料理の才能であれば、その世界で誰よりも料理を上手く作ることが出来る可能性があるという事でしょうか?」
一瞬考えるそぶりを見せた薦が確かめる様に女性に尋ねる。
「はい。おっしゃる通りです。あくまで世界最高の才能です。自らを育てることをしなければ宝の持ち腐れになります」
「頂ける才能というものについてはまた後で聞かせていただきたいのですが、世界を救うという依頼についてお聞かせください。具体的に、どういう風に救えばいいのでしょうか?例えば、小惑星が衝突すると言われてもどうすることも出来ないと思いますが」
「申し訳ありません。世界の危機について、現時点では分かっていないのです」
女性の台詞を聞いた薦の表情は一瞬だけ引き攣ったが、それは向かいにいる女性にも分からない程の小さなものだ。
口元を隠す様に手を当てた薦が、眉をハの字に下げながら言葉を発する。
「それは困りましたね。世界の危機を救う為に適切な才能を選びたかったのですが、何か参考になる様なものは無いのでしょうか?」
「申し訳ありません。ただ、その時が来るまでにその世界の力を束ねておかなければ、世界の危機が来た時に対抗することが出来ないとだけ……。」
「力を束ねるというのは?」
「今世界は群雄割拠の体を成しています。戦う理由は様々ですが、各勢力が覇権を取らんと争いを繰り返している。それらの勢力を束ねることが出来なければ、いずれ訪れる世界の危機には対抗できません。」
「群雄割拠ですか。ちなみに文明レベルはどの程度でしょうか?特に兵器、銃器や航空戦力、核については世界全体でどの程度保有されていますか?」
「地球とは違う技術体系なのでどの程度と言うのは難しいですが……まだまだ発展途上の世界、生活水準も経済も軍事も、貴方のいた世界とは比べ物にならない程未熟と言えます。機械、科学については分野と呼べるほどの物はまだ無く、貴方の知識にあるような銃器や航空戦力等を保有している勢力はありません。」
「科学技術については承知いたしました。しかし、地球とは違う技術体系と言うのはどういったものでしょうか?」
「魔法技術です。」
きっぱりと告げられた言葉に、一瞬絶句したように動きを止める薦。
今まで間髪入れずにやり取りを続けていた薦であっても、流石に許容量を超えたようだ。
しばらく考え込むように目を瞑り、ゆっくりと呼吸をしていた薦が目を開けて質問を再開する。
「魔法というと……火を出したりとかそういう物ですか?」
「魔法については資料を纏めてあるので……こちらをご覧ください。」
そう言って何処からともなく取り出した冊子を薦に渡す女性。
「少し、確認の時間をいただいてもいいですか?」
「えぇ、勿論です」
一言断りを入れてから受け取った冊子に目を通していく薦。
紙をめくる音だけが暗闇に響いていたが、さして時間もかからずにその音は止む。
「この魔法というものは、私が魔法の才能を選ばなかった場合、使うことは出来ないのですか?」
「いえ、努力次第で使うことは出来ますが……私の授ける才能には遠く及ばない成果しか出せません。まぁ、奇跡的に魔法の才能にあふれるということもあると思いますが、それでも世界随一の才能には及びません」
「魔法自体は使うことが出来るものの、才能次第。下手をすれば一切使う事は出来ないということですね」
「余程才能がないという事でもなければ、きちんと学べばある程度は使えるようになると思います」
「どこまで出来るかは努力と才能次第という事ですね」
「はい、そうなります。ですが、魔法に興味を示されているようですので謝らなければならないことがあります。申し訳ありませんが、魔法の才能は選ぶことが出来ません」
「何故でしょうか?」
「既に私から魔法の才能を与えられた人物がいます」
「それはつまり、私以外にも同じ立場の人間がいるという事ですか?」
「はい。貴方を含めて六名、こちらの世界に連れてこさせていただいています」
「なるほど、協力して事に当たれということですね?」
「はい」
「では、他の五人と話をさせてもらえますか?どの才能を得るか相談すればより効率よく事に当たれると思います」
薦の言葉を聞いてバツが悪そうな表情に変わる女性。
その表情を見た薦が常に浮かべていた笑みを消し、キョトンとした表情に変わる。
「申し訳ありません、他の五人は既にここでの会話を終え既に移動してしまっています」
「私が最後という事ですか……他の方々を呼び戻せないのでしょうか?才能の事は仕方ないにしても相談は必要だと思います」
「あ、その点については安心してください。移動は既にしてしまっていますが、目的地への到着は同じタイミングになります。そちらで話し合いをしていただければ」
既に移動をしているにも拘らず、同じタイミングで目的地に到着すると言った女性の台詞に薦は少し疑問に思ったものの、会話を続けることを優先したようだ。
「なるほど……分かりました。相談して才能を決められないのは残念ですが……仕方ありません。他の方々に与えた才能を教えて頂いてもいいでしょうか?」
「申し訳ありません。才能は各々から確認して頂けますか?そういう意図はないとは思うのですが、他の人の才能を知った上で優位に立とうとする人がいないとも限りません。なので公平にこの時点ではお互いの才能を明かさない様にしているのです」
「……そうでしたか。確かにそれは必要な措置かもしれません」
口元に拳を当てて少し考えるそぶりを見せた薦が、少し微笑みながら女性に言葉を返す。
「では、才能を選ぶ前に今から行く世界の情勢や勢力、それと常識を教えて頂けますか?それによって選ぶ才能を厳選したいと思うので」
「情勢や勢力については大まかなものになりますが、こちらの冊子をご覧ください。常識についてはこちらの冊子を」
そう言って新たに二つの冊子を取り出して手渡す女性。
受け取った冊子を薦はすばやく確認していく。
再び静寂の中に紙をめくる音だけが響く。
やがて顔をあげた薦が意を決したように宣言する。
「ありがとうございます。才能を決めさせていただきました。私が望むのは、魔法開発の才能です」
そう言って薦が手にしていた冊子を閉じる。
しかし薦の言葉を聞いた女性は再びバツが悪そうな表情に変わる。
「申し訳ありません、上代薦さん。その才能も既に先に行かれた方に与えてしまっています。」
「そうでしたか。少し残念ですが、この才能を選ばれた方がいたのはとても助かりますね。しかしそうなると、もう少し考える必要がありますね……」
再び冊子を開き、得る才能に付いて考えだそうとする薦。
その姿を見て女性が切り出す。
「でしたら先に他の能力を付与させていただこうと思います。」
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