第8話 友

 「……うみゅ?」

 ボクのベッドでシーツに包まるように眠っていたナギちゃんが、奇妙な言語を吐きながら上半身を起こす。




 朝の9時……夜が明けて、陽が登った。

 それでも、昨夜から振り続ける雨は降る止むことがなく、

 うっすらと照らす外からの明かりだけで……

 屋敷はまだ真っ暗だった。


 ボクは自分の手のひらサイズくらいのペンライトを頼りに、

 未だ真っ暗な廊下に出た。

 屋敷の主はいない。

 この屋敷の関係者は失踪した。


 部屋のモノ以外の使用は許可されていなかったが……

 いつ、迎え……助けが来るかわからない中、

 食料は必要だ。


 ボクとナギちゃんは1階へ降りると、うろうろして食料のありそうな場所を探した。

 大きなキッチンのような部屋。


 そこには数人の先客がすでに居た。



 「あれ……とーた君じゃん」

 この屋敷にあったランプの一つを手に鳴響 リンネがボクに言う。

 考えることは一緒なのだろう……


 水之 シラベ、紫索 キッカイ、空伊芦 アオの4名


 それとは、別行動を取っているように、荒川 アラシと分限 ネイネの2名が調理無しで食せるものを探しているようだ。


 「何か、食べられるようなものはあったかな?」

 ボクがリンネちゃんにそう尋ねる。


 「飲料水と……お酒……あと密封されたパンとか、缶詰はいくつか……」

 数日は全員で生きられそうだとリンネちゃんは返す。


 「それよりも……トウタ」

 キッカイがそうボクに近寄ると……


 「やはり、この屋敷には俺たち以外にもう一人誰か潜んでいるのかもしれない」

 そうボクに告げる。


 「……どういう意味?」

 ボクは昨日のゴーグルのへんた……自称、調律者が頭をよぎる。


 「俺たちがここにくるより先に誰かが、ここで食べ物を荒らした人物が居るみたいよ」

 ……何者かが昨日……ここに身を潜めていた?


 「……おっ、いたいた、先に何処か行くなよトウタ」

 ボクとナギちゃんより遅れて入ってきた人物、公明 ヒイラギ……


 思わず、あらぬ疑いを含めた視線がヒイラギに注がれるが……


 「……な、なんだよ」

 その意味がわらからないというように、ヒイラギが返す。

 どうやら、その犯人はヒイラギではないようだ。


 ボクは再び周囲を見渡す。


 事件の被害……失踪した者を含めるとこの屋敷に居るのは10名。

 今、この場に居るのは9名だ。



 「部屋を出るとき、リンネと、もちろんナエも呼んだんだけどさ……まだ、いろいろと受け入れられないみたいでさ」

 そうアオちゃんがボクの言いたいことを先読みしたように言った。


 「……無理もないよ、この中で一番仲が良かったもんね」

 月鏡 ウミ……姉妹のように仲が良かった二人……



 「ねぇ、あなたたち、ちょっといい?」

 なんとなく、グループ的に交えることがなかった二人。


 分限 ネイネが何やら一枚の紙を手にこちらに話しかけている。



 「これ、何かわかる?」

 差し出された紙……


 処分リストと書かれている。



 夜空を映す大きな鏡


 無駄に災害をもたらす雨雲


 育つことなく事なく枯れた苗


 偽りの世界を見続ける社会不適合者



 その紙を見て、水之 シラベがカタカタとPCのキーボードを叩いている。

 その情報をデータとして残しているのだろう。



 ……客間、この屋敷の電力が消える前……

 誕生会が開かれていたあの場所で……至念 マキが夕陽 アケミに何やら紙を渡していた。

 丁度、あれくらいの紙だったであろう。


 

 至念 マキが……この誕生日会を通じ、自分が不要としたその4つを処分しようとしたというのなら……


 その一人はすでに処分され……


 残す3名には、ありがたくもボクも含まれていたということだ。



 「何かの暗号か?」

 ヒイラギがランプで照らされるその紙を見ながら言う。


 「ねぇ、トウタ君なら何かわかるんじゃないの?」

 そう、シラベ君がボクに言う。


 「そうだよ、トウタ、謎解きとか得意だもんね」

 アオちゃんもそう賛同してくるが……



 「……可能性としてなら、殺害の対象とした者のリストじゃないかな」

 ボクはそう答える。


 「処分を殺害と入れ替えるとして……」

 ボクは落ち着いた様子で続ける。


 「夜空を映す鏡……月を写す鏡、月鏡……」

 「災害をもたらす雨雲……嵐……」

 「樹として育つことの無い……苗……」

 「偽りを見続け痴れ言を唄う社会不適合者……逸見」


 ボクは4名の名前をあげた。



 「なぁっ……って、トウタお前も入ってるのかよ」

 ヒイラギが少し驚いたように言う。


 この紙がここにある……


 夕陽 アケミは昨日、至念 マキから紙を受け取った後……

 此処に来たということだろう……



 「なぁっ!ふざけるなよっ……その嵐って俺のことかよっ」

 荒川 アラシ……素行の悪そうなもう一人の人物。

 

 「ざけんなっ、てめーらの誰か何だろっ!」

 そう叫び……

 「かかって来いよ、俺が先にぶっ殺してやる」

 調理場にあった刃物を一つ抜き取ると、こちらに向けている。


 「だっさ……」

 自分が対象とわかった途端、凶器を突きつけてきた相手に、

 分限 ネイネは思わずそう言葉を漏らす。


 「いたっ、何すんだよっ」

 アラシはアオちゃんを乱暴に引き寄せると、首元に手にした刃物ををつきつける。


 「動くなっ……殺人鬼はんにんを知っている奴が居るなら差し出せっでなければ……一人ずつ殺していく、まずはこの女だ」

 冷静さを失った人間はこうも脆い……


 「殺人鬼はてめぇじゃねぇか」

 どういう関係性の間柄だったかはわからないが……

 心底愛想をつかしたかのようにネイネがアラシに向かって言う。


 「……だったら、最初にボクを殺しなよ」

 ボクはその男に言う。


 「あぁ……?」

 アオちゃんに包丁を向けた男の視線がボクに向く。


 「人を殺す度胸があるって言うのなら、ボクから殺してみろと言ってるんだよ」

 ボクのその台詞に完全に頭に血がのぼった様子だ。


 最悪、本気でアイツが一人の人間を殺すくらいイカレテいたとしても、

 ボクに刺さった刃物をボクが身体から放さなければ、隙が生じる。

 これだけの人間がいるんだ、この場から皆逃げる時間も、この男の動きを封じる時間を稼ぐことはできる。



 ボクが男に歩み寄る。

 男が警戒するように、逆に人質であるアオちゃんをつかむ手が強くなる。


 

 「どうして……?」

 ナギちゃんがボクに言う。


 言葉足らずだが……なぜ君がわざわざ犠牲になるのか?と聞いているのだろう。


 「……それが、もっとも効率的だからだよ、もっとも被害の少ない……」

 悲しむ人が少ない……安い命があるというのなら……粗末なものがあるというのなら……痴れ事があるというのなら……


 そんな俺の肩に手を置いて、ボクの前を陣取る……


 「ヒイラギ……?」

 実につまらなそうな顔でヒイラギがボクの前に立つ。


 「俺さ……こんな苗字のせいで、結構頭良いとか思われちゃうんだけどさ、勉強とかお前の言う痴れ言?の意味とかさっぱりわかんねーんだけどさ」

 そう唐突にヒイラギは言いながら……


 「その……なんだ……正義と悪が居て口が悪いからそっちが悪者とか……モザイクという言葉だけ聞いてその絵が卑猥だとか……その……上手くいえねーけどさ、そのなんちゅーかなぁー……今の俺の話……くだらねぇだろ?そういうこと」

 彼なりのボクを真似て痴れ言を言ったつもりなのだろうか……

 全く話が見えないままヒイラギは一人話をまとめる。


 「自分、一人で勝手に自分の価値を決めるなよ、トウタ……お前一人の命で救われる者も居れば、そうじゃねー奴も居るんだ」

 そうヒイラギがボクに言った。


 「ちょっとだからってあんたが……」

 犠牲になったら同じこと……ネイネがそうヒイラギに言葉をかけるが……



 「……大丈夫、俺、けっこう強いんだ」

 そう言って、ヒイラギは右足を自分の頭より上まで振り上げると、

 そのまま勢いよく足を振り下げ、アラシの刃物を持った手をとらえる。


 刃物が床に突き刺さり……同時にヒイラギの右足が床につくと、

 今度は、床についた右足で身体を支え、あいた左足を床から浮かせると身体を旋回させるようにアラシの即頭部を左足がとらえた。


 近くにあったロープで近くの柱にアラシを縛り付ける。


 「ねぇ……彼の名前、ヒイラギだっけ?」

 ……突如、そう鳴響リンネは尋ねられ……


 「あ、うん……公明 ヒイラギ……」

 そうフルネームを伝える。



 「……へぇ、いいじゃん」

 分限 ネイネの目線はまるで他の誰も映さないかのように……

 その男だけを目で追っていた。




・・・




 客間に集まっていた。

 アオちゃんとリンネちゃんが、食べ物をナエちゃんの部屋に届け戻ってきた。

 やはり、ナエちゃんは一緒ではなく、部屋でじっとしているようだ。



 「ねぇ、ヒイラギ、これ凄くねぇ」

 あれから、ネイネちゃんは何かにつけてヒイラギにべったりだった。

 何やら私物を自慢しては……

 「……ね!あげようか?」

 必死でヒイラギの気を引こうとしている様子は少し可愛らしかったが……

 悪い男に捕まると、大変なタイプなのかもしれない。

 まぁ……ボクが言うのもあれだけど、その辺はヒイラギなら心配なさそうだけど。




 和んでいる場合じゃない……それは理解している。


 事件はまだ終わっていない……のだろう。


 ボクはを見ている。


 だけどボクはまだを見ていない。



 記憶をどこまで巻き戻せばいい……


 その言葉が指すものはボクはどこで見てどこで錯覚した……



 ボクは殺人鬼の顔を何処で見た。


 変わらぬ顔で今も……笑う。


 それは此処に居る8名の誰かなのか……


 拘束される者……引き篭もる者……失踪する者……


 それとも……その誰でもない……15人目の誰かが存在しているのか。



 難しい顔で考えていたのだろう。


 ナギちゃんはボクの顔をやさしく下から覗き込んでいた。



 「……大丈夫、とーたちゃんだけは僕が護るからね」

 ナギちゃんはいつものように、あははと笑った。


 

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