自由で不自由な殺人鬼
Mです。
第1話 自由と不自由の出会い
「何故、人は人を殺してはいけないの?」
自称、自由を生きる彼女はボクにそう言った。
ボクが彼女と出会ったその夜……
常識的なそんな質問を実に不思議そうに尋ねられた。
法律?人が共同するための最低限のルール?
「でもそれって……不自由だよね?」
彼女は得意なその台詞でボクに答えるだろう。
自由を名乗る彼女と……
彼女いわく、不自由なボク……
だが、殺しが自由となった世界でボクは自由でいられる自信なんてない。
その言葉に彼女はケタケタと笑い、「そうかもね」と答えた。
確かに彼女はとても自由な考え方をしているのかもしれない。
ボクたちの考えはとても相違していて……
そして、多分……相似していたのだろう……
だからボクたちは、まるで惹かれ会うように出会ったのだろう……
自由を名乗った…… 不羈乃 ナギ(ふきの なぎ)と
不自由なボク…… 逸見 トウタ(いつみ とうた)は
その夜……とても自由に……運命に縛られるように不自由に……
二人は出会った。
そして、物語の始まりはそんな二人の出会いから少しだけ遡る。
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「とーた、俺はなぁ……そいつのことぶっ殺してやりたいよ」
今日という1日が始まり、学校へ向かう。
4時限目の授業を終え、食堂で菓子パンとコーヒー牛乳を買って、
自分の席に座りそれを食し始めると、その男はボクの前の席の椅子を奪い取ると、
椅子の向きと逆に跨りボクに向かい合った。
彼も買ってきたであろう菓子パンを不機嫌そうにムシャムシャと食べながらボクにそう言った。
「……なんの話?」
ボクは目の前の男にそう返す。
「お前も知ってるだろ、ここ最近の殺人鬼の話」
政治やニュースなどには興味がない。
それでも、やはり身近で起きている事件くらいは嫌でも耳にしていた。
「簡単に人を殺すとか……そういった考えにいきつくことがまずあり得ないと俺は思うんだ」
そう男が言った。
「……冒頭の自分の台詞、振り返った方がいいよ」
ぼそりとボクはその質問に答える。
公明 ヒイラギ(こうめい ひいらぎ)
ボクのようなつまらない人間と馴れ合う変わり者。
自分の感情に正直で、思ったことを言葉にするより身体が動くタイプ。
「それでよぉ……
そう、何かを続けて話そうとしたヒイラギの姿がボクの視界から消えた。
「ねぇ……とーた君、あの……」
そして、ヒイラギの居た視界の場所に別の女性が現れる。
緑色の短髪の女性。
緑木 ナエ(みどりき なえ)
今さっき、ヒイラギを蹴っ飛ばしその場所を占拠したとは思えないほど、おしとやかに話しかけてくる。
もしよかったら……と一つ深呼吸してボクに話しかけてくる。
「今度ね、マキちゃんの誕生日会があるんだけどね……」
キョトンとしているボクをよそに彼女は続ける。
「とーた君も一緒に参加してくれないかな?」
そんなお誘いに戸惑いながらも……
「……参加も何も、ボクはマキちゃんとはまともに会話したことすらない仲だけど……」
彼女の言うマキちゃんとは、この学園の中でも上位を争うご令嬢……
一種の天才などが集められるような島で、それでいてどこぞの金持ちのお嬢様……
ボクのような凡人がお近づきになれる筈もない。
「僕からの、紹介といえばね……問題ないから……だからね……?」
ナエちゃんはもちろん女性だが、自分の一人称を僕とよんでいる。
まぁ……そういう問題でもないのだが……
どう断ったものかと悩んでいると……
「しょうがない、参加してやろうぜ、トウタ」
横で懇親の蹴りから復活したヒイラギがのそりとボクの机に手を突き起き上がる。
「……きみは、誘ってないんだけど」
口を尖らせ、ナエちゃんがヒイラギに吐き捨てる。
「冷静に柔軟にだ……」
不適にヒイラギが笑う。
「俺が、とーたを説得する、とーたと一緒に俺がその誕生日会とやらに参加する、とーたと楽しく誕生日会を過ごす、俺はご令嬢とお近づきになる……WINWINの関係だとは思わないか」
そうナエちゃんに何やらよからぬ説得をしている。
そんな、意味のわからない説得にナエちゃんは押し黙ってしまい。
「わかった……話をつけておくから、任せるよ」
そうナエちゃんは、少し顔を赤らめその場を立ち去った。
何やら、そのやり取りの意味がわからなかったが……
ボクは勝手に参加させられることが決定したようでもあった。
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学校の帰り道……
ボクは待っていたバスが止まったがそれに乗らずに見送った。
一つため息をついて……
「さすがに手ぶらって訳にはいかないよな……」
そう呟いて、バスを待っていたベンチから腰を上げると、
近くのデパートに足を運んだ。
「痴れ事だよな……」
ボクはそう呟いてデパートの中に入ると、適当に雑貨屋を周っていた。
今時の女性が喜びそうなもに、全くセンスのないボクは、悩んでいると……
「……あれ、珍しい場所に随分と珍しい人物がいるじゃない」
いきなり険悪な口調を向けられる。
青い長い髪の女性……
流れる海の水を連想させるように髪をなびかせて現れた女性。
「……やぁ、ウミちゃん」
ボクがそう呼んだ女性。
月鏡 ウミ(つきかがみ うみ)
どこの部活にも所属していないが、なんでもこなせるスーパースター。
いろんな部活動に一時的に助っ人で入部しては、優勝、準優勝へとチームを導いていると聞く。
ボクのような協調性の無い人間をもっとも嫌う人間だろう。
「ねぇ、ウミちゃんなら、誕生日プレゼントどんなものもらったら嬉しい?」
その言葉にウミちゃんは、さらに険悪な顔をする。
「少なくと、私なら他人から言いなりで選んだ物を貰うプレゼントに嬉しいと思わないけど」
そう返される。
「まぁ……別にその相手の好感度を上げたい訳じゃないからね、ボクは単純に少しでも喜んで役にたつものをあげられたらいい」
そう返すが……
「なるほどね、とても捻くれたあなたらしい言葉だけどさ……矛盾した事言ってるよ」
不適に笑いながら睨み付けるようにウミちゃんがボクを見る。
「相手に好意を持たれたくないなら、なおさら何を渡してもいいじゃない……だったら私に、何を渡せばマキに嫌われることができるのかを尋ねたら?」
ボクがどうしてここに来て、何を目的にしているのかを理解している。
「……痴れ言だけど、ボクは周りに恥じないプレゼントを選びたいだけだ」
ボクは面倒くさそうにそう答える。
「ねぇ……だったら、私もあなたに一つ聞きたい事があるの」
交換条件のようにウミちゃんが切り出す。
「トウタ君、あなたの
不適な笑みで睨み付けられる。
「興味あるのよ、あなたのような人間がいったい何を大事に日々を生きるのか……」
ぞくりとする。
何かを見透かそうとするような目……
「何もない……あえて言うなら、どうやったら毎日をだらだらと過ごせるかを考えている……痴れ言だけどね」
ボクはそう返す。
「もしも……目の前にあなたの大切な友達の首筋にナイフをつけつけられていて……もしも、貴方の命を引き換えにその友達の命を助けられるなら、トウタ君、あなたは自分と友達、どちらの命を選択する?」
そう、ウミちゃんがなぞの質問を続ける。
「……自分を選ぶよ、ボクはボク以上に興味の無い人間もいなければ、興味のある人間もいない」
そう、友達なんていない……そう痴れ言を返す。
「嘘ね……」
ぞくりとする……目の奥を覗き込むように、ウミちゃんの瞳がボクの瞳を映し出している。
「……まぁ、そうだね……それ以上にボクはボクの生命に興味が無い……だからそこに色々なしがらみが残るというのなら、ボクは他の誰かを選ぶよ」
別に友達とか家族とか……そんなものは関係がない。
「……本当かしら……?」
ぞくりとする。
「……本当は、あなた……誰よりも友人、自分に好意を持つ人間を大切にするんじゃないの?」
そうボクに返す。
「……ボクがそんな人間に見える?」
ウミちゃんは首を横にふるが……
「でも……そういう感情を抱くのが怖いから、あなたは他人を突き放しているんじゃないのかな」
そう鋭い目をボクに向ける。
「そんなのは、痴れ言だ……ボクはもっと自己否定でいてそして、他者拒絶で自分本位な人間なんだ」
そんなボクの台詞にウミちゃんは苦笑して……
本当に痴れ言だねと笑った。
「……目覚まし時計」
ウミちゃんが唐突にそう言った。
「……マキが最近、調子悪いってぼやいてた……あなたくらいの財力でたいして好感度をあげたくないなら、それくらいのものが丁度いいんじゃない?」
そうウミちゃんが笑いながら言った。
「それじゃぁ」
そう言いたい事を言うだけ言って、ウミちゃんは立ち去った。
そして、一瞬ぴたりと足を止め、振り返ることなく……
「あなたの
そう……捨て台詞を置いて再び足を動かしボクの前から姿を消した。
ボクはその後、近くの本屋で立ち読みをして暇を潰した……
が……再びバス停に戻ったときには日が暮れていた。
時計の針は夜の7時をさしていた。
「痴れ事だろ……」
ボクはそう呟いて、歩いて家路を辿った。
20分近く家路を正確に辿っていたが……
10分ほど前からその異変には気がついていた。
真っ暗な夜道……頼りない一本の街灯がボクを照らしている。
ボクは自分は帰宅ルートから外れ、左の道に曲がった。
しばらく歩いた場所を再び左に曲がる。
そして、しばらく歩いてボクは道を左に曲がる。
ぶるりと身震いする。
そして、ボクは再び道を左に曲がり……暫く歩くと、
先ほどの街灯を再び通り過ぎる。
そして……それがその街灯の光に収まるとボクは足を止めた。
間違いない。
そう確信する。
ボクは天を仰ぎ……ふぅと息を吐く。
白い吐息が上空を舞った。
通りで寒い訳だ。
「ボクに何かよう?」
ボクは振り向かずその街灯の光に収まった何者かに尋ねる。
「あははっ」
その人物は実に楽しそうに笑った。
ボクは振り返る。
気配を消してボクの後ろをずっと着けて来た人物……
そいつは、街灯の光から身を隠すこともなくどうどうと姿を晒した。
「……えっ?」
少しだけ驚く……小柄な茶色の短髪の女の子……
不気味に、それでいて可愛らしく……笑っている。
「君を殺しに」
実に楽しげに女の子は言う……
ボクと同じ学園の制服……
小さな島だ……学園なんてものは、一つしかない。
近い年の人間なら当然だろう。
「こんな物騒な島で……こんな時間に一人で出歩くなんて、君は死にたいのかな?」
女の子はボクにそう告げる。
「……帰りのバスを逃したんだ……できれば君みたいな可愛い子に殺されるのは勘弁願いたいけど」
ボクはそう彼女に返した。
もちろん、汚いおっさんなら殺されていいわけでもないが……
あははっ……と彼女は笑って。
「でも……それって不自由だよね」
彼女は謎の返答をする。
「不自由……?」
その表現に……何の意味があるのか?
「ねぇ……どうして人は自由を縛るの?」
女の子は本当に誰か人を平気で殺すような冷たい目でボクを見た。
「……ごめん、質問の意図が読めない」
ボクのそんな返しに……
「殺したい人間がそこに居る……なぜその人を殺してはいけないの?」
そんな誰もが口にすることのない質問を彼女は平気でボクに向ける。
「……人が共存していく上での……最低限の法律みたいなものだろ」
ボクは適当にそう返す。
「……
彼女は右の人差し指を唇に添えてそう告げる。
「……それが自由とか不自由とか……ボクは考えたこと無いけどさ」
ボクはそう前置きを置いて……
「人が自由に誰かを殺せる世界……そんな世界でボクは自由を名乗って生きる自信は無いけどね」
そう彼女に返した。
確かに……そうかもねと彼女は笑った。
確かにそんな彼女は自由なのかもしれない。
この島では……ボクの言う法律なんて何の役にも立たない。
もちろん、許される行為、許されない行為……そういったものはきちんと形作っている。
でも……それを正確に裁くシステムは成立していない。
天才でいて……狂人な人間が追いやられた島。
そんな場所で……
「逸見 トウタ……」
ボクはそう彼女に名乗る。
「不羈乃 ナギ……」
彼女はボクにそう名乗る。
彼女いわく不自由なボク……と、
自由を名乗る……彼女。
月明かりがうっすら照らす夜に……
そんな自由な夜に……ボクらはとても不自由な
でも、そんな自由で、不自由なボクたちの運命的な出会いも……
これから起こる惨劇のほんの序章にしか過ぎない出来事だった。
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