第71話 黒崎と橋本2


「とにかく、自殺なんて馬鹿なことは、止めなさい!

 生きていれば、いいこともあるわよ」

「あんた綺麗だから、彼氏なんか、またすぐ出来るわよ。

 前より良いの見つけなさい!」


「え~、もう無理です!彼以上の相手は見つかりっこありません。

 親友にも裏切られてしまって、もうどうして良いのか…」


「まだグダグダ言う気? 私たちが、折角助けてやったのに……」


 橋本がにらみつける。河童の妾にまでなって必死で生きてきた二人とって、簡単に死のうとするのは許せない。

 黒崎も同じ思いだ。女子大生の尻をバシッと叩いた。


「ひい~! 痛いです!」


 体を捩って上目遣いで抗議する女子大生…。

 見た目も悪くないというか、どちらかといえば美人の範疇に入るだろう。男であればコロッと言ってしまいそうなポーズだが、黒崎は、女性。そんなことでは動じない。


「そんなに死にたいなら、私たちが殺してあげるわよ。

 知ってる? 河童が尻子玉を抜くって…」


 黒崎は、今さっき叩いたばかりの女子大生の引き締まった尻を、スリスリと優しく撫でる。

 水でグッショリ濡れているので、下着まで完全に透けている。濡れたスカートを捲って手を入れ、ショーツの上から尻の割れ目に指を添わせて、排泄の為の穴辺りをツンツンとつつく。

 女子大生は、ビクッと体を硬直させた。


「ここよ、ここ! この、お尻の穴……。

 この中にね、ズブッて手を突っ込んでね、中の直腸をビリッと破いてね、そんでもって、その先を掴んで、一気にズリズリズリーッて引きずり出すのよ。

 大腸から順番に小腸まで、お腹の中身が綺麗に一本になって出て来るんだって…。

 そしてね、その出したてホヤホヤをチュルチュル~ッって食べるの。

 私はまだ食べたことないけど、美味しいらしいのよね。

 貴女あなたの、このお腹の中の臓物。きっと軟らかで、とっても美味でしょうね…」


 黒崎は、舌なめずりしながら、女子大生の腹をクニュクニュ揉んでやった。

 もちろん、本気で女子大生のハラワタを引き出して食べる気なんて無い。単なる脅しだ。が…。


「ひ、ひ~!人殺し~!!

 い、嫌だ!ごめんなさい!許して!殺さないで!助けて!!」


 大いに取り乱す女子大生の反応は、予想以上のモノだった。


「呆れた…。だから、最初から助けてるでしょうが……」

「死にたいって言っていたのは、貴女あなたよ」


「は、はい。そうですけど……。

 内臓を抜かれて食べられるなんて御免です!」


「何よ、溺死はいいの? みっともないよ、水死は。

 お腹の中が腐ってガスが出て、ブクブクに膨らんで浮かび上がってくるのよ。

 想像してごらんなさい。自分のそんな姿…」


「ひ、ひい~」


「嫌でしょう?」


「はい。嫌です……」


「だから~。やっぱ、尻子玉を抜こうよ~!

 いいわよ。綺麗に死ねるから。血も出ないよ。内臓が無くなるだけ。

 痛くないように、速攻で終わらせてあげるから」


 黒崎は、再度、女子大生の尻の穴辺りをつついてやる。


「ひい~!い、嫌ですって!

 生きたまま内臓を抜かれるなんて、痛くないわけ無いでしょう!

 それに、死んだら、どっちみち腐って蛆が湧いて、見られたもんじゃなくなっちゃう。

 そんな姿、曝したくないです!」


「何よ、分かってるじゃない。死んだら誰でもそうなるよ。当り前のこと!」

「それが嫌なら、死なないことね」


「は、はい……。分かりました…。死ぬのは、止めます。

 だから、私を食べないでください!!」


「バカね。本気で食べるつもりなら、説明なんかせずに速攻でやっちゃってるわよ」

「で、あんた、一人で帰れるの?」


「大丈夫です。車で来てますから」


「そう……」


 女子大生は頭を下げて、直ぐ近くにあった、上へ登るための金属製の梯子はしごに手を掛けた。

 が、それを橋本が留めた。


「ちょっと待って!

 あ、あのさあ。助けてあげた御礼を要求するって訳でもないんだけどさ…。

 百円くれないかな……」


「え? 百円?」


「いや、ちょっと、あの公衆電話で、電話をしたくてね…」


「河童さんが、電話ですか?」


「こっちも、いろいろ事情があってね…。

 この場所まで行きたいのだけど、移動手段が無くてね。

 知り合いに送ってもらえるように頼もうかと…」


 橋本が、河童に貰ってビニール袋に厳重に入れて濡れないように持ってきた雑誌を開いて見せた。


「え、岐阜県の、その場所って…。ここ長野ですよ。隣の県といっても、かなりの距離じゃないですか。

 あ、電話なら、私のスマホ使ってください」


 取り敢えず三人は、女子大生の車に移動することにした。スマホは車内にあるというし、その内、人が来てしまうかもしれないからだ。


 梯子を順番に登って、物陰に隠れながら展望場横の駐車場を目指す。

 先に女子大生が車へ行き、人が居ないのを確認して、手招きした。

 黒崎と橋本は急いで後部座席に駆け込む。

 車内でスマホを借りた黒崎、さあ、北野へ架けようとして、指を止めた。


「ハッシー、番号知ってる?」


「え?クーちゃんが知ってるんじゃないの? 私、分かんない…」


 そう、北野へ電話するにしても、番号はスマホに登録して架けていたので、覚えていないのだ。二人とも…。


「どうしよう…」


 運転席で車の周りに人がいないのを再度確認し、びしょ濡れの服を脱いで、車にあったジャージに着替えていた女子大生…。着替え終わって、困っている二河童の様子に気が付いた。


「どうしたんですか? 番号が分かんないんですか?

 あ、さっきの雑誌、高橋舞衣さんの記事ですよね。

 舞衣さんの番号なら、お姉ちゃんに訊けば分かるかもしれませんよ?」


「えっ?」

「なんで、貴女あなたのお姉ちゃんが知ってるの?」


「私のお姉ちゃん、隅田川乙女組のメンバーだったんです。北野照子って言います」


「「はあ!?」」


 黒崎と橋本は、仰け反った。

 この女子大生は、なんと、電話をしようとしていた相手である北野の、妹だったのだ…。


「申し遅れました。私は北野遥香といいます。照子の妹です。

 あ、あれ?ちょっと待って…。お二人の顔…、どっかで見た……」


 北野妹=遥香は、助けては貰ったが、やはり怖くもあり、河童モドキの二人をよく見ていなかった。

 上半身裸だから、直視しにくいということもあったし、緑色をした肌の河童に知り合いなどいるはずもないという先入観もある。だから、気付いていなかったのだが…。


「あ、あ~!! 黒崎さんと、橋本さん!

 なんで? なんで、そんな姿に?」


 遥香も、当然、この二人が舞衣に酷いことしてグループが解散になったことは知っている。

 だけれども自分にとっては、たった今、助けてもらった恩人だ。それに、河童ではなく、知っている人間なのだと分かれば、気味が悪いには違いないが、まだ安心も出来る。

 更に、この二人は姉とも仲が良かったはずだし…。


「じ、事情は訊かないで…。悪いことしちゃった報いといったところかな…。元の姿に戻りたくてね…」

「それより、私たちが連絡したかったのは、あなたの姉さんよ」


 そうと分かれば話は早い。早速、遥香は姉に電話をした。自殺しようとして二人に助けられたことを話し、二人も大変な状態になっているから、手助けしてあげて欲しいと…。

 具体的に何が大変かは、二人の希望で伏せて置いた。改心して、元に戻りたいというのなら、遥香としては是非とも力になってあげたい。


 今、この三人が居るのは長野県。北野照子は今、静岡県で暮している。

 だから、遥香が自分の車で、岐阜県の舞衣の所まで二人を運ぶことになった。

 照子は個別に岐阜県へ向かい、目的地で合流することにした。




 遥香の車の後部座席に落ち着いた河童モドキ二人…。協力者が現れ、希望が見えて来た。

 だが、この移動は、なかなか大変だった。

 なにしろ、遠いのだ。隣の県といっても、山があるので真っ直ぐ行くことが出来ない。車は曲がりくねった山道をゆっくりと下ってゆく。

 そして、河童肌は乾くとカサカサして、ひび割れて痛い…。車内に水を持ち込んで、タオルで濡らしながらの移動であった。

 高速道路に入れば、順調に進む。しかし、目的地近くに来た頃には、肌の乾燥がもう、どうにも我慢ならなくなっていた。


 各務原インターを出て岐阜市内を通過し、堤防道…。

 清らかな流れの長良川が見える。

 丁度、堤防から河原への降り口を発見。運転している遥香に頼み、河原へ下りてもらった。

 堪らず、川へ飛び込む。


 水の中が気持ち良い。もう、暫く出たくない…。


 舞衣の神社は、このすぐ近くのはずだ。ここで照子と落ち合うことにした。


 その場所から少し行った所には、竹薮があった。

 鬼のクイが隠れ家にした場所だが、当然、彼女らはそんなことは知らないし、年数が経って、その痕跡も無くなっている。

 黒崎・橋本は、河童の隠れ里で、河童に竹細工を習っていた。他にやることも無かったので、かなりの腕前になっている。遥香に頼み、のこぎりなたを持ってくるように照子に電話して貰った。道具さえあれば、簡単な隠れ家も出来るからだ。


 なんといっても、この醜い緑の河童肌。

 人目につかないように隠れる必要があった……。

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