第37話 治太夫と死神1

 河童と鬼は、同じ「妖界」の住人である。

 だが、別々の島に住み、両者の間に交流は全く無い。

 互いの存在も、よく知らないのだ。


 島全体で一つの村を形成し、リーダーを中心に纏まって暮らしてきたというのは、河童も鬼も同じようなもの。

 河童の社会が鬼と違うのは、トップの「村主すぐり」が世襲だということ。

 村主一族は特権階級で、上級村役の多くも、村主一族が占める。

 能力さえあれば村長むらおさにもなれ、万事会議で事を決める民主的な鬼の月影村とは全く違う。村主が支配する封建的な社会なのである。


 あと、違うと言えば、規模か…。

 河童の童島は、鬼ヶ島の三倍ほどの広さがある。鬼の現在の人口は二十人ほど。疫病前であっても百人程度だった。

 対して、河童は約八百人。これが、いくつかの部落に分かれて生活している。

 各部落は村役が監督し、村主が統治する。河童の言う「部落」は、人の世の近世の村に当たる規模だ。

 そして、それら全てを支配する領主が、村主ということになる。



 その村主すぐり御曹司おんぞうし。つまり、現村主の一人息子「治太夫じだゆう」は、兄弟がいないこともあり、かなり甘やかされて育った。

 下の者に対して威張り散らすようなことはしないが、負けん気が強くプライドが高い。そして、融通の利かない性格であった。

 だからといって、単なるバカ息子でもなかった。

 真剣に河童の村の将来を考え、村を豊かにし、もっと発展させたいと考えていた。

 そのためには、村の歴史や地理、噂にある鬼が住むという別の島のこと。さらには、異界である「人界」のことも調べていた。


 しかし、中途半端に頭が回るというのも、困りものだ。さらに、彼は妥協できない、融通性の無い性格…。考えが極端に走り過ぎる傾向にあった。

 興奮してくると歯止めが利かなくなるのだ。


 治太夫には、一つの大きな憤りがあった。それは人魚に対するモノ…。

 河童は、人魚に隷属していた。

 河童の長である村主すぐりの、上位の存在が居るのである。それが人魚達だ。


 元々河童は、この異界の住人ではなく、人魚に救われて住まわせてもらっている存在だ。

 さらには子を産むために人界へ戻る必要があり、その移送も人魚の能力を借りなければならない。

 人魚無くしては命を繋ぐことが出来なく、人魚に隷属するのは当然といえば当然である。だから、今までそれに対して誰も疑問にも思っていなかった。


 この、「人魚無くして生存出来ない立場」という事は治太夫も理解している。

 だが…。

 その対価としての、「税」の負担があまりに大き過ぎると感じていた。いや、実際に、そうなのである。

 人魚の食料は全て河童が調達し、献上している。かなり贅沢なものばかりである。

 食材を調達するだけでなく、調理も給仕も河童の役目。

 人魚の着る衣類も全て河童が献上する。

 豪華な御殿等の設備も、河童が資材を調達して、労役を出して建設している。


 十二人しかいない人魚のために、童島と変わらない広大な面積の島があり、その設備を河童たちが全て建設・メンテナンスし、かしずき奉ってお世話しているのだ。


 ……この負担から逃れたい。何とか人魚のしがらみから脱することは出来ないか。

 人魚と同じ能力さえ手に入れられれば、それが可能になる。

 そうすれば、河童はずっと楽に暮らせる。

 威張り腐った、憎き人魚を駆逐出来る……


 そう、彼は、人魚対する反乱を企てていた。



 実は、この「税」であるが、最初、河童側から進んで申し出て、人魚に対する「御礼」として始めたモノだ。人魚側から強制されたものでは無い。

 が、時代が下るにつれて、人魚から要望が出されるようになり、河童側から断らないので、積み重なって徐々に今のような重負担となっていたのだ。

 人魚の方も、奉仕を受けるのが当然のようになってしまい、今では贅沢三昧を全く気にしていない。

 しかし、きちんと事情を説明して話し合えば、解決出来るかもしれないことだ。

 歴代村主は「人魚様のお陰で生きて行けるのだから奉仕は当然」と、人魚の要望には否を唱えなかった。

 河童の方の負担が大きすぎて困難になってくれば、素直に事情を説明して話し合えば良い事であり、まずそれをすべきだ。

 だが、プライドが高く融通の利かない治太夫には、そんな考えは無かった。

 単に、人魚は搾取者としか認識できず、一方的に憎悪していたのだ。





 隠れ里からの定期報告の日。番役の助吉が、治太夫のもとへ面白いモノを持ってきた。

 治太夫が異界のことを調べているというのは周知のこと。だから、皆、それぞれの立場で入手した資料を届けてきてくれるのだ。

 治太夫が何故そんなことを調べているのか理解している者は居ない。「御曹司の道楽のお手伝い」くらいのつもりだろう。見返りを期待してというのもある。

 が、届けてくれる者の動機など、治太夫にとってはどうでも良い。資料が集まってくるのは有難いことだ。


 今回届けられた資料。それは、ヒトと彼ら河童との隠れ里契約のことが記された書付だった。

 この契約と、そのきっかけになった大昔のヒトとの争い事は、治太夫も承知している。

 だが、内容はそれだけで終わっていない。鬼に関しての記述があった。

 鬼も、この妖界に住んでいて、彼らとは別の島に暮らしているのだ。

 その鬼の記述…。

 鬼も、元々人界に暮らしていたという。


 ……この妖界に移り住んで寿命が延び、異能力と持つようになって、鬼になったとは……


 彼ら河童は元来寿命の短い種族故、この妖界でも百年と少ししか生きられない。

 だが、ヒトは妖界では二百歳以上生きることもあるという。さすれば、異能力を持つこともあるのかもしれない。

 彼の父親。つまり、現村主すぐりの奴隷に、年老いたヒトの老婆が居る。

 その者は死を予告する「死神」と不吉がられて閉じ込められているが、あれもその力の一つと考えてよいのだろう。


 さらに書付によると、鬼は神鏡を使って自ら人界と妖界を行き来しているという。


 ……我らは、人魚の手助け無しでは人界へ行けない。こちらで子が産めないので、どうしても人界へは行かなければならないが、自らその手段を持たない為、人魚に従わざるを得ない。

 人魚は毎日遊び暮らし、我らは奴隷同様だ。人界へ行く手段さえあれば、人魚に従う必要などない。

 さらに、人魚の住む神島は童島とほぼ同じ面積。そこに、たった十二人の人魚が住んでいるのみ。

 そこも我らの物に出来れば、わが種族の未来は明るい……


 治太夫は、鬼が住むという島の調査を開始した。

 同じ妖界にあるらしいが、童島からは見えない島。そういう島があるらしいという噂はあったのだが、方角も距離も定かではない。

 広い、広い、海。探すと言っても容易なことではない。

 河童族は泳ぐのは得意であったが、だからといって、どこにあるか分からない島に向かって泳いで探しに行くわけにゆかない。

 また、泳ぎが得意な為に、船のような物を作る必要性が無く、神島へ荷物を運搬するための小舟やいかだしか無い。

 大船を建造する能力も、操舵の技術も無いので、船で航海に出て探すということも出来なかったのだ。


 結局、その鬼の島の場所を特定するのに六年近く要した。

 それは、調査開始して六年後に誰かが見つけてきたというのではない。

 場所を教えてくれたのは、「死神」だった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る