第35話 河童の助吉1

 河童は、人界とは異なる異界、「妖界」の住人だ。

 だが、元々は人界で生まれた種族であった。


 …ヒトとは違う、別種族。

 緑色のカサカサ固い肌は、見ようによっては鱗にも見える。

 手足に水掻きがあり、歯は小さく鋭い。

 平均身長は一五〇センチメートル程度。

 水中の動きは素早いが、陸上では、ヒトと変わらない。但し、力は強い。

 そして、人界での平均寿命は四十年。


 寿命が短いことから、繁殖力の面でヒトに敵わなかった。

 この為、徐々に押しやられ、絶滅寸前であったのを、憐れに思った同じ水生種族の人魚に救われた。妖界へ救い出され、そこの「童島」で生きることを許されたのだ。


 人魚も妖界の住人。人魚の住む神島は、童島の隣だ。人魚は河童の守護者となった。

 河童たちは人魚を神の如く崇め、与えられた童島で平穏に暮らしてきた。



 この童島、河童たちの暮らしには非常に適した島であった。

 但し、この妖界での暮らしには、一つ大きな問題があった。


 それは、子が産めないこと…。


 なぜか、ここでは妊娠しても子が産まれず、流産してしまう…。

 人魚に相談した結果、十年に一度、妊娠した女河童を人界に送り、子を産ませることになった。そのための隠れ里が人界に作られ、そこで子を産んで戻るということに…。


 後に、隠れ里はもう一か所作られ、一つの隠れ里については十年毎であるが、実質五年毎に子を産むことが出来るようになった。

 これは、人に隠れ里が見つかって襲われるリスクを考慮しての処置でもあったのだが、これまでに、どちらの里も襲撃を受けたという例は無い。


 一つの隠れ里について十年に一度、一年弱だけの利用。だが、使用しない九年間、そこを放置しておくというのも問題がある。

 いくら今まで襲撃を受けたことが無いと言っても、やはり、その間のメンテナンスも兼ね、番人を置く必要があった。

 が、ヒトとの接触の可能性があり、危険も伴う仕事。更に、異界出入りには人魚の力が必要な為、気軽に行き来は出来無い。途中交代も不可能では無いのだが、基本、九年もの間を一人で人界にて過ごすこととなる。

 当然、やりたがる者などいない…。

 だから、懲罰的な意味で、この役を押し付けるという例が多々見受けられた。


 助吉…。彼も、御多分に漏れず、この一人であった。

 彼は、村役人の妻に横恋慕してしまった。相手も自分を好いていると勘違いして体の関係を迫り、押し倒したところで発覚…。大騒動となった。

 結果、妻と子からも見放されて独り身となり、その上、隠れ里番にされてしまったのだ。

 懲罰で来ているのだから、途中交代は期待できない。女たちが来るまでの九年もの間、誰もいない隠れ里で一人過ごさなければならない。

 勿論、その間に数回、報告で帰ることは出来るのであるが、それはあくまで報告の為であり、数時間で戻らなければならない。

 何故、あんなことをしてしまったのか…。悔いるが、それも、今更詮無きことだ。

 薄暗い隠れ里で牢獄生活のような、寂しい暮らしに耐えていた…。


 助吉が番人に就任して一年と少し経ち、隠れ里にパンパンパンパンと鋭い音が響き渡った。

 これは、ヒトよりの生贄いけにえ進呈の合図。このお役目の、唯一の役得とされるモノだ。

 彼にとっては、就任以来二度目のこと。この頃は滅多に無いと聞いていたが、任期中に二度もあるとは、幸運だ。普段は魚と藻しか食えないが、新鮮なヒトの肉を食うことが出来るのだ。

 一度目は一年前で就任間もない時だった。あの時は若いオスであったが今回はどうか…。喜び勇んで、隠し水路を泳ぎ抜ける。

 二回目の拍手が響き渡り、作法通り、水面に波紋を作ってやった。

 すぐに、生贄が投げ込まれる。

 嬉々として引きずり込み、水路を泳ぎ切って、隠れ里内へ引き上げた。

 獲物を確認しようとしたら、再度の鋭い音。追加があるようだ。

 同じように戻り、もう一つ確保した。

 二度あることは三度ある。もしかすると、まだ追加が来るかもしれない。

 再度水路を抜けて渕の底で待ったが、少ししてから変な書付が落ちて来ただけで、それ以上は無かった…。


 だが、これは、本当についている。

 ヒトの生贄が二匹。尻から生きたままのハラワタをつかみだしてすすると、これが最高の味なのだ。その後、生き血を吸い尽くし、腹を割って肝を喰う。腹周りや尻や脚の肉も美味い。目玉や脳味噌も珍味だ。

 一匹を喰いつくしてから、もう一匹…。一匹で、数日ご馳走にありつける。二匹もあるなど、至極幸運だ。

 獲物は簀巻きになっているが、活きが良い。良く動いている。

 オスよりはメス。更に若い方が美味いと言うが、今回はどうであろうか…。

 期待に胸を膨らませ、一つ目のむしろを解いた。噛ませられている猿轡も外してやる。


「キャー!バケモノ~!」


 中から出て来たのは、若いメス。大当たりだ!

 痩せ過ぎず、太り過ぎず、丁度良い状態の、上級品。

 衣服は着けていなくて、素っ裸。我とは違い、白く滑らかな肌…。見るからに美味そうで、よだれが出る。

 しかし、我の食料の分際で、我のことをバケモノとは失敬な奴だ!


「い、イヤだー! 助けて。ヒ、ヒイ―!!」


 逃げ出そうとするも腰が抜け、尻餅をついたような格好で震えながら小便をチョロチョロと垂らしている。情けない奴…。

 放っておいても、ここに逃げ場などない。外界からは完全に隔絶されていて、長く細い水路を泳いで一気に通らなければ外に出られないのだ。取り敢えず、小便垂れは放置し、もう一匹を確認してみる。

 莚を解くと、こちらも若いメス。


 そして、ナント!!

 その顔は、あの方にそっくり…。


 我が恋しく思い、ここに流されてしまった原因となったあの方に、瓜二つの顔…。

 これは、天からの授かりものに違いない!


 その者は、案外肝が据わっている。おびえながらも、ジッとこちらを見据えている。名を聞くと、橋本と名乗った。

 小便を垂らしている奴は黒崎というらしい。

 黒崎は橋本にすがり付いてゆき、二匹で揃って我に助けてくれと乞い願う。

 我は、喰うのをやめることにした。そして、二匹に提案した。我の妾となるなら、悪いようにはしないと。

 黒崎の方は喰ってもよかったが、喰ってしまえば橋本が怖がる。それに、よく見ると、黒崎もナカナカの美形だ。

 承諾を得て、我は二匹を妾とした。


 それから毎日、我は二匹を抱いた。

 奴らは嫌がる様子もなく、我に抱かれた。…抱かれ慣れているのだろうか。まあ、それは、どうでもよい。

 二匹の抱き心地は最高だった。奴らの肌は温かく、柔らかくて、心地よい。ただ、柔らかすぎて、あまり強く触ると破れて血が出てきてしまう。慎重に扱ってやらなければならない。

 また、ホトの具合も格別だ。程よく我のマラを締め付けてくる。同族を相手にするより良いかもしれない。それに、何と言っても喘ぎ声が堪らない。二匹とも、気持ちよさそうに良い声で鳴くのだ。


 我は二匹とも一日それぞれ二度ずつ、奴らの体内なかに精を注ぎ込み続けてやった。

 この二匹、何度交わっても、妊娠はしなかった。これは、種族が違うからだろう。ただ、我の精を毎日受けるせいか、白かった体が、徐々に緑がかってきた。

 喰うのではなく妾とする分には、この方が我にとっては好みである。全く、問題は無い。



 生贄は、基本、喰うことになっている。だが、必ずしも喰わなければならないということも無い。メスに限っては、この二匹のように妾にすることも可能だし、若くて力のあるオスは奴隷として力仕事をさせることもある。

 もっとも、それが許されるのは上流階級のみのこと。我が連れ帰っても取り上げられてしまうのが落ちだ。特に、我は懲罰として来ているのであるから、これは間違いない。

 だから、この二匹を飼っていることは、絶対の秘密である。

 任期の最終年には女河童たちが、この里に子を産みに来る。それまでのお楽しみ。

 その前に…。


 喰えばよい。

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