第17話 ジュンの肩


★ ジュンの肩



だが、幸せも長くは続かなかった、

何かうまく行くと、何かが崩れる。


僕の人生はいつもそんなだ。


それから一年が過ぎた頃、

ジュンの様子が少し

おかしい事に気づいた。

彼氏の休みの日にも

ジュン自身が休みの日にも

下北邸から出なくなった。


彼氏に会って帰ってきても、

瞳の奥は暗く、

表面上の笑顔しか見せなくなり、

あまり喋らなくなった。

それはナオトも龍斗も感じていた。


あの日、あの朝、それは起こった。


龍斗もナオトもまだ寝ていた。

僕は稼ぎ時の土曜日、

一人早起きをし、

いつもの仕度を

しながらジャミーに

ごはんをあげていた。

久しぶりに彼氏の家に

外泊すると言って、

ジュンは帰って来なかった。



歯を磨こうと洗面台に

向かおうとした時、

玄関の方で鍵を開ける音と

ジャミーの嬉しそうな

ウネリ声が聞こえた。


ジュンが帰ってきたらしい。


僕は歯を磨くのを後回しにし、

玄関に行きブーツを脱ぐ

ジュンの後ろ姿に、おかえりといった。


ジュンは背を向けたまま

僕に力無い声で

ただいまと言った。


しばらくしてもこちらを向かない

ジュンにどうした?

と声をかけた。


そのうちジュンの背中が

小刻みに震えて


泣いているのがわかった。


ジュン?ジュン?

僕は名前を呼びながら

ジュンの手前に周り込み

顔を覗き込んだ。


ギョッとした。


嘘だろ。。


目を疑った、

ジュンの白い顔に

無数の青いアザができていた。

目の周りはうっ血して

紫色で痛々しかった。


ジュンが始めて

僕の肩に顔を埋め、

大声を出して泣いたのだ。


その声にそれぞれの部屋から

ナオトと龍斗が驚きながら顔を出し、

状況を把握したのか

二人はジュンの顔を見て

立ち尽くしていた。


僕は震えた。



ジュンの手には

口の中から出たであろう、

血の付いたティシュが

握りしめられていた。


僕は赤が嫌いだ。


怒りを通り越し殺意に近かった。


彼か?


最初ジュンは黙っていたが、

黙ってることが

逆に答えになっていた。


文也に電話をし、

事情を説明しジュンの彼氏の

家に乗りこもうとした。


文也は落ち着いてと

僕の事を促したが、

僕はひたすら電話越しで

文也に謝り、なだめようとする

文也の言う事を聞かないまま、

電話を切った。


三カ月ほど前から、

ジュンの彼氏は

手を挙げるようになり、

最初のうちは仕事での

ストレスが原因だと、

我慢すればいいと思っていたらしいが、

ここ最近では暴力に変わり、

ジュン自身も恐怖になりはじめ、

会うのを避けていた。


それでも愛してる人だからと、

今日はきっと優しい彼であると、

優しかった頃の笑顔であろうと、

信じて一人耐えていた。


その結果が、

この顔のアザだ。


ジュンの彼氏は僕等には

優しい温厚な大きい人だっただけに、

ジュンをこんなに苦しめていたのが

心底許せなかった。


下北沢の駅近くにある

奴の住むアパートに走った。

記憶がない。

ただ怒りで殺してしまいそうだった。


アパートに着くと

一○二号室のドアに立ち

ドアホンを鳴らす。

鳴らすと共に奴がドアを開ける。


出てきた瞬間、

奴は笑って僕に何かを言ったが、

覚えてない。


顔にヘッドバッドをかました、

鼻に直撃した奴は

後ずさりしながら悶えていた。


ジュンがオマエん事、

どれだけ愛してたか分からんか!

どれだけ痛い思いしてまで

信じてたか!

俺はオマエん許さんからな!


胸倉掴み、連打で殴った。

僕は人を殴ったのは

人生でこいつとヨシキだけだった。


ヨシキにはまだ少しの愛があったが、

こいつにはもう憎しみしかなかった。



後から来た、

龍斗とナオトに腕と胴体を

押さえつけられるまで

僕は完全にイッテいた。


裸足のまま家を出たのも忘れていた。



奴は鼻血を出して

腫れた顔で号泣してた。


ジュンの殴られた痛み、

心の痛み、

今のお前の顔の痛みの

何倍も苦しかったんだからな。


なぜか僕も大声で泣いていた。




こんな事で解決する訳ないのに、

つくづく僕はバカだと実感した。


その場にいたみんなが涙を流していた。





二度とジュンには会わせない。



と一言残して、

その場を去った。

龍斗とナオトも後ろから付いてきた。


ドアを閉めた時、

部屋の中から叫びに近い

泣き声が聞こえてきた。


家に着くまでの間、

3人とも涙が止まらなかった。


この状況を見た、

道行く人達は

驚いただろうな。。



家に着くと、

ジュンの部屋に

真っ先に向かった。

ジュンの顔は

痛々しい跡を残してたが、

子供のように安心しきった顔で

スヤスヤ眠っていた。


僕はジュンの髪に指を通しながら、

気付いてやれなくてごめんねと呟いた。








それから一週間、

ジュンは仕事を休み

顔の傷の治療にあてた。

僕も火曜日の休みはゆっくり過ごし、

ジュンの側に居てやりたかった。



ジュン、携帯貸し!



少し強い口調で言ってしまった。


ジュン、奴のデータ消すからな!



ジュンは一瞬躊躇ったが

リビングの壁にかかってる

鏡の中に自分の顔が映り

痛々しいアザを見て、

震えた手で僕に携帯を渡した。


僕は奴の写真、SNS、

電話番号、メルアド、全て消した。



その後は、

僕の方に顔を埋め、

ジュンは気が済むまで号泣した。


とても長い時間に感じた。


彼と過ごした時間、

ひとつひとつを涙で流し切ったのだろう。



そして土曜日がまた訪れ、

仕事から帰宅すると、

龍斗が嬉しそうな顔で

駆け寄って来た。


千尋!

ジュンがカラオケ行きたいって

言ってるよ(笑)

行こうよ!


その龍斗の笑顔と

カラオケに行きたいと

言い出したジュンに嬉しくて、


マジか!

すぐ準備するな。


と、仕事着から

楽なスエットに履き替え、

飲んで歌う気まんまんの

スタイルに変身した。



その日、

久しぶりに高円寺の時のように、

みんなで集まっていた頃のように笑った。


ジュンも顔の傷跡と共に

辛かった記憶を消し去ろうとしていた。


ナオトが、泣き出してしまった

ジュンに的はずれな慰め方をした。


一瞬四人共にキョトンとしてしまったが、

次の瞬間それが大爆笑に変わり、

ジュンの腹から笑う声を

本当に久しぶりに聞くことが出来た。



ジュンは僕らに向き直り、


千尋、龍斗、ナオト、


本当にありがとう。

あんた達が居てくれて、本当に良かった。


千尋はやり過ぎだけど(笑)


みんな愛してるよ。


と僕にだけ少し睨みを利かしながら

暖かい口調で言った。


僕も愛してるよと

口にできなかったけど、

ジュンの肩に顔を埋め、

止まらない涙を全部

出し切った。



その日のジュンの肩は

いつもの何倍も大きく

暖かかった。

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