第22話 分断

「…………ぅ……」


不快な夢から覚醒した様に、頭痛と言い知れない胸の重みを伴って意識を取り戻す。


開けた視界には……無数のコンピュータと乱雑に置かれたデスク、そして床一面を覆い尽くすほどの……論文だろうか、兎に角書類等が広がっていた。



「どこだ……ここ……。研究……室……?」


「おはよう、富和哉太」


「………うわああぁっ!!!」



突然、視界の上から誰かが覗き込んできた。死角を突かれた事による驚愕で体を仰け反らせるが……どうやら身体を座った状態で椅子に縛り付けられているらしく、四肢が全く動かせない。


そしてその顔は、先程契約式に於いて現れた謎の少年のものだった。



「人間を眠らせるのなんて久々だから、調整間違えて死んでしまわないかヒヤヒヤしたよ」


「……お前……!!な、何だよこの場所!!?キャンパスの中か!!?」


「そんなわけないじゃないか。君が眠ってる数分間で、何十キロも離れた場所まで移動したんだよ」


「ば……っ馬鹿言うな!!そんな事出来る訳ねぇだろうが!!」


「おや、そう思うかい?………君のにも一人、出来そうな子がいると思うけど」


「っ………」



至って淡々と、ただ潜在的に俺を……いや、生物全てを嘲笑するかのようなニヤけ顔のみを張り付けて彼は話す。成す術無く縛られる俺の眼前へと歩み、そのまましゃがみ込んだ。



「永遠の命とホムンクルス。……この論文について知っているね?」


「…………だったら何だよ」


「恐らくあの学園内で論文の存在を知っているのは……君と、樋口埜乃華と、そしてあのホムンクルスの三人だ。まぁもっといるかもしれないけどね。どういう経緯で漏れたかは見当つかないが……これは結構マズイ状況でね」



何故急にあの論文の話を……。そ、そもそも俺だっていつどういう経緯で閲覧したのかまるで記憶に無いし、少なくとも能動的に探した訳じゃない。恐らく埜乃華も。……那奈美は分からないが……。



「何よりもマズイのは、あのホムンクルスに存在を知られ……そして彼女がそれを実行しようとしていることだ」


「な、何でそんな事知ってんだよ……。お前、何者なんだ!?」


「だから言ったじゃないか、原初の末裔だって。まぁ今はそんな事どうでもいい。とにかく僕は彼女が死ぬほど邪魔なんだ。……さっきも邪魔されたしね。だから君を、こうして攫ってきた」


「………さっきはその場で”死のうか”とか言ってただろ。今殺さねぇのかよ……」


「意味が無いからさ。ただ君を殺すのは容易いけど……やっぱり彼女の”目の前”で殺さなきゃ意味がない」


「何だよそれ……訳分かんねぇよさっきから!!アイツとお前に何の関係があんだよ!!」


「関係なんて無いよ。……ただ、彼女は唯一の細胞から造られていない。だから僕の力じゃ制御できない。それだけで厄介だけど……彼女は更に、僕らの細胞を勝手に集めて、くだらない願いの為に全て使い果たしてしまおうと目論んでる」



……あの時講堂で言っていた、コアを全て集めて俺に永遠の命を与える……とかいう事か。あの発言だって討究学部の人間達しか聞いていなかった筈だ。こんな異常にまで目を引く容姿をあの壇上で見た記憶など無い。




「それを阻止したいけど彼女の力は異常だ。多分僕でも手を焼くか最悪殺される。だから、彼女の願いをにすればいいと考えた。……君を目の前で、確証を以って殺してしまえば流石の彼女も止まるだろう」


「………」


「本当はあの場で盛大にやりたかったけどすぐ邪魔されたんで、プランを変えて……入念に準備をしてから君の殺戮ショーをお披露目する事にしたよ」


「………何だよ、それ」



彼は懐から、小型のトランシーバーの様な物を取り出していた。



「ショーの準備が整ったら……これを使って僕の知らせ、その時にここの場所も伝えて貰うのさ。向こうは君の行方など知る術が無いからね」


「…………は……?お、おい!!それってつまり……お前の仲間が楼ヶ峰に……那奈美の近くにいるって事か!!?」


「そうだよ?うーん……まぁ、僕からしたら一時的には仲間だけど……」



人差し指を口に当て、わざとらしく首をひねる。……そして一つ不気味に笑い、どこまでも嘲笑するかのような声色で言った。



「君らからすれば、かもね」




◇◆◇




「…………消えた……」


意識を失った哉太と共に、一瞬にして会場から姿を消した少年。未だ混沌と化す空間の中で那奈美は暫し呆然と立ち尽くしていた。


「キャー――!!ちょっと何するんですの!!お、落ち着いて下さいまし!!!追いかけて来ないでええぇえ!!!」


「約定環は何処に行ったんですか!!?あれが無いと……簡易制御すら出来ない……!!」



竜前、東雲らも含めて……突然暴走し襲い掛かるホムンクルスから逃れるので手一杯であった。この混乱が隠れ蓑となり、あの少年と哉太の失踪にステージ上の者達は一様に気が付いてすらいない。



「那奈美!!」



突然後方から声がする。……ハッとした彼女が振り返ると、軽く息を切らした埜乃華が立っていた。観客席から檀上まで、駆け上がって来たのだろう。



「埜乃華……」


「………哉太は……?暴走が始まってから保護班呼んで、目を離したら急にいなくなってた……!どこに行ったの!?」


「分からない……。い、いきなり知らない男が哉太の後ろに居て、そのまま消えるみたいに二人共何処かに……」


「消える……!?」


「少なくとも人間じゃない。………そ、そんな事より!!……あいつ、哉太の事……”殺す”つもりだって言ってた!!!は、早く追わないと哉太が……!!」


「え……!?じ、じゃあその男が哉太を……攫った……って事なの!?」


「そうだって!!ねぇ埜乃華、どうすればいい!?哉太の居場所分からないと何もできない……!」



頭を抱え、縋るように埜乃華に問い詰める。



「………約定環も……無くなってる……」



ステージ上に立つ杯状のテーブルに、先程まで確かにあった黒い箱が全て消え去っていた。


まだ契約者とホムンクルス間での授与が終わっていないまま。



「哉太と一緒に約定環も……って事は、アレの機能も全部知って……?」



哉太を攫い、その上でホムンクルス全てを残した状態で約定環も共に奪っていった理由。


約定環に備わる機能は、契約者とホムンクルスとで環を交換して初めて起動する。もしそれすらも知っていたのなら、授与の前に奪っていった事も計画の内かもしれない。


「約定環が無いと位置なんて……!!」



恐らくスマホの類も全て処理されているに違いない。そうなると哉太の居場所を知る術など無いに等しい。


………その時、



「………ん?」



那奈美のに……何かを見つける埜乃華。


それは、銀色に輝く指輪。


会場に入る前、竜前が彼らに見せていたあの指輪と全く同じものだった。



「そ、それ……!!」


「え………こ、これ……?これは私と哉太の……約定環だけど」


「もしかして、テーブルへ出す前に……竜前さんの鞄から抜き出したの!?」


「う、うん……我慢……出来なくて。哉太にも嵌めたの」


「哉太にも!?哉太もその指輪……」



そこで、何かを感じた埜乃華は急に声を潜め、那奈美の耳元で引き続き質問を続けた。



「哉太もその指輪、してるって事……!?」


「そう、だけど。な、何で急に小声に……」


「………約定環には、互いの位置を知るためのGPSがついてる。もし哉太が今も指輪をはめてるなら、こっちから居場所を割り出せる筈」


「えっ!!?ほ、本当!?」


「しっ……、一応声潜めて。私は今から研究所に行って固定端末からGPSで居場所を探る。場所が分かったら連絡するから……那奈美は保護班が到着するまで、暴走してるあの子達を抑えておいてほしい。……くれぐれも絶対に怪我させないで」


「それは保証できないけど早く連絡してよ……!?」


「早くするから保証して」



……数回の問答を繰り広げ、漸く言質を取った埜乃華は、ステージから再び降り全速力で会場を駆け出ていくのだった。

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